第11話 閑話:晩餐会前

 二週間後に迫った晩餐会に、街も賑やかになってきた。国中の貴族が集まり、街に金を落としていく。商人にとっては稼ぎどきだ。


 臨時のいちもたち、外国の商人が多数出入りするようになった。

 さらに最近、エトゥールは魔獣討伐が盛んで、四つ目の高級素材が市場を賑やかなものにしている。人が集まり、数年前まで様々な理由で停滞気味だったエトゥールの経済は、まわり始めていた。


 今回の行事では、リルの店もそこそこに恩恵を被っている。

 貴族は来なくても、おつきの侍女や使用人が土産を求めてやってくるからだ。リルは他領の侍女達に受けそうな、エトゥールの精霊獣の刺繍図案の布地を売っていた。作ったのは、マリカ達で、売り上げはリルの手数料をひいたものが、侍女達の臨時のお小遣いになるといった按配あんばいだった。

 売上は大好調だ。


 そのためリルは店番に忙しく、買出しはサイラスの仕事だった。街で様々な噂の入手ついでに、ともいえる。

 最近のもっぱらの噂は初社交デビュタントのエトゥールの妹姫と、金と銀の髪のメレ・アイフェスの男女のことだった。

 そのメレ・アイフェス達が社交マナーの学習に四苦八苦しているとは誰も思うまい。地上に降りてから、本当に退屈しない。面白いことばかりだ、とサイラスは思った。

 帰宅したサイラスに、接客中のリルが声をかけた。



「サイラス、おかえり。2階にお客さんが来ているから――」


 リルに了解の印に軽く手をあげ、荷物を置き、階段を駆け上がる。リルが何か言いかけた気がするが、まあいい。ここにくるサイラスの客と言えば、渦中の二人しかいないのだから。


「今日はどういった愚痴――」


 サイラスの軽口は凍り付いた。青い髪のエトゥールの領主がくつろいでお茶を飲んでいたからだ。





 セオディア・メレ・エトゥールが軽く右手をふると、彼の背後に控えていた専属護衛達が軽く一礼をして、サイラスがまだ呆然と立っている戸口を抜けて階段を降りていく。

 完全なる奇襲攻撃だ。はあ、とサイラスは深いため息をついた。なぜ高貴なお方が、わざわざこんな商人の滞在先に顔をだすのか――やっかいごとであることは、間違いない。


「……護衛をはずすとは不用心では?」

「その方が話が早いからだ。天上のメレ・アイフェスと情報を共有した方が、そちらも手間がはぶけるだろう」


 やりにくい相手だな、と思う。上にいるディム・トゥーラ達の存在を受け入れている。

 サイラスは逃げることを諦めて、視覚リンクと通信機を起動させる。まだ昼間だから、どちらかはいるだろう。

 イヤリングを卓の上に置いた。



「ディム、高貴なお方がご指名だ」




 地上からの音声に、過去の惑星探索報告書を読んでいたディムは顔をあげた。

 サイラスの視覚リンクによるスクリーン画像にはセオディア・メレ・エトゥールの姿がある。ディムは端末を操作した。


「イーレ、サイラスがらみだ。来てくれるか?」





「本日はサイラス殿に追加の契約交渉にきた」

「晩餐会の参加ならお断りだ」

「討伐依頼だ」


 サイラスは内心ほっとした。踊るよりマシだった。


「討伐対象は?」

「晩餐会で襲撃があると予想される。狩ってもらいたいのはその襲撃者達だ」

「――」




 予想外の言葉にサイラスの思考は停止してしまった。

 ディムもイーレも口をはさまないということは、判断はサイラスにゆだねられているということだった。


「……晩餐会が襲撃される、って誰に」

「エトゥール国内の反乱分子、とでもしておこうか」

「……その予想はどうして?」

「噂のメレ・アイフェスを見ようといつもより多数の招待客がくる。私ならこの機会を逃さない。連中は第一兵団は魔獣討伐で不在と思い込んでいる」

「実際は違う、と」

「もちろんだ」

「二人をえさにするのか?」

えさは四名だ。メレ・アイフェス二名と妹と私自身が該当する」

「……大胆不敵過ぎない?」

「だから敵も油断する。晩餐会の成否よりも反乱分子の排除を主目標にするとは、誰も思わないだろう。討伐対象として数も十分だと思われる」

「……そういうのは得意じゃないんだけどさ」

「盗賊団を半殺しにした人物としては、説得が薄いのではなかろうか」

「……あれ、バレてる……」

「保護している子供の名前からすぐわかる」

「あー、初日にリルが街に届けたヤツか。用意周到な調査だねぇ」


 サイラスは敗北感に髪をかきむしった。


「襲撃犯の生死は?」

「問わない。ただし、カイル殿とシルビア嬢には内密がよい」

「なぜ口止めするのかな?」

「あの二人に腹芸ができるとは思えないのだが?」

「……いや……まあ、正しい判断だけどさ……」

「あとはせめてことが起こるまでは、妹を楽しませたい。台無しにするとはいえ、初社交デビュタントだ。甘い親心と思っていただいていい」


 冷酷一辺倒れいこくいっぺんとうかと思えば、人間臭いところもあるとは――サイラスは笑った。


「損な役目だね」

「慣れている」


『サイラス、少しエトゥール王と話しをしてもいいかしら』


 女性の声が響く。イーレだった。


「これが噂の『天からの声』か。女性のメレ・アイフェスがシルビア嬢以外にいるとは驚きだ」


『はじめまして、イーレと申します』


「セオディア・メレ・エトゥールだ」


『よく存じております。カイルとシルビアの庇護には感謝しております。今回の件は、大災厄までエトゥールに手をださないように釘をさしたいという意図で間違いはありませんか?』


「その通りだ」


『晩餐会を襲撃されたという風評の損失はありませんの?』


「それも考慮の上だ。大災厄が避けられなければ、風評など全く無意味ではないか?」


『聡明なご判断です。では、サイラスをお貸ししましょう』


「……人を物のように貸し出すって、どうよ」

 サイラスはぼやく。


『ついでに提案ですが、妹姫様の初社交デビュタントというおめでたい席だとシルビアから伺っております。流血が少ないコースなどいかがでしょう』


 エトゥール王は眉をひそめた。


『風評被害をなるべく小さくして、妹様の心の傷を少なくすることを、今なら無料で奉仕させていただきますよ』


「ほう」


『ただし、奉仕は保障されたものではございません。精霊の気まぐれで東西南北500キロほど飛ばされる前例がありますので』


「どうせ、精霊はこの会話を聴いている。その時は、今代のエトゥール王に、価値がないという意だろう」


『言葉とは裏腹に、自信のほどが見えますが?」


「死んでもおかしくない経験を幾度かしている。だが、私はまだ生きている。それが証明だ」


『いずれ機会があればそのお話を詳しくききたいものですわ。ではサイラスと詳細をつめてください』


「君のおさの許可が下りたようだな。では、サイラス殿、追加契約をしようか?」

 セオディア・メレ・エトゥールが唇の端をあげ、サイラスを振り返った。





 サイラスはセオディア・メレ・エトゥールから逃げきれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る