第10話 晩餐会⑤ 

 それはセオディア・メレ・エトゥールに向けられていた。


 カイルはとっさに床に膝をつくと同時に、衣嚢ポケットに持ち込んでいた金属球を取り出し起動させた。


 複数の弓音とともに、セオディア・メレ・エトゥールに向かって放たれた数十本の矢の半数は、カイルが張った障壁シールドで遮られた。

 激しい火花と、矢を弾く甲高い金属音が響いた。

 ファーレンシアとシルビアが悲鳴をあげる。


 残りを食い止めたのは、どこからか現れたカイルの白い獣ウールヴェと、かばうように前に飛び込んできた近衛兵の振り払った剣だった。

 黒髪の近衛兵はよく知った顔だった。髪が短く切られているが間違いない。


「サイラス⁉︎」

「上出来だっ!もう一撃だけ耐えろっ!」


 カイルはサイラスの警告に次の障壁シールドを張った。

 そこへ第二撃がきた。

 さらに放たれた矢は増えたが、味方も増えた。思わぬ奇襲から立ち直った専属護衛達が、メレ・エトゥール達を護るように剣を構え、矢を薙ぎ払った。

 ファーレンシアとシルビアの無事を確認し、狙われたメレ・エトゥールの顔を下から見上げたとき、カイルは愕然とした。




 セオディア・メレ・エトゥールはわらっていた。




 その時、天井から光が走った。

 襲撃で混乱の舞踏会場に、大音響とともに金色に光り輝く柱が立ったのだ。


 剣を持ち、走りよろうとした襲撃者達は一瞬、鼓膜を破るような音と光に、その場に立ち尽くした。だが、カイルはその見慣れた現象をよく理解していた。


 移動装置ポータルの起動――!


 光の柱から現れた小柄な金髪の女性には見覚えがあった。


「イーレ!」


 まばゆい光の柱から出現した子供の容姿の女性は、自分の身長以上の長い2本の棒を持っていた。彼女はそのうちの1本をサイラスに軽々と投げた。

 サイラスは左手で受け取ると、剣を捨て、襲撃者に対して長棍を構えた。


 始まりはイーレだった。彼女は長棍を振り回して、無粋な襲撃者を薙ぎ倒した。演舞と言われれば大半がだまされるほど優雅な所作の棒術だった。

 次にまた一振り。

 敵の剣先を身体を柔らかくそらして避けると、次の瞬間には身体を回転させ、武器をはじき飛ばす。

 もう一回転で急所である喉に直撃させ、相手を失神させた。


 その美しさにカイルは一瞬見とれた。

 それはその場を目撃した全員もそうだったかもしれない。光の柱と、そこから現れた子供のような人物が、踊りのような軽やかさで、場を支配しているのだ。


 彼女は次に自分に向かって乱れ飛んできた矢をすべて叩き落した。曲芸の演目に等しい技だった。

 逃げようとしていた貴族も、主を守るべき専属護衛達も、舞に似た動きに目を奪われていた。

 サイラスもそれに続く。彼はイーレより荒々しい勢いでセオディア・メレ・エトゥールに近づく者を跳ね除けていく。



 セオディア・メレ・エトゥールは、号令も何も言葉を発さない。だが、狼狽えてもいなかった。目の前の演舞を楽しんでいるようにも見えた。



 サイラスの死角をイーレが補い、イーレの死角をサイラスが受け持った。二人の攻撃と防御に隙はなく、襲撃者達は一人、また一人と昏倒して数を減らしていく。有利な長剣を持つ者が、華麗な棒術に負けていくのだ。



 目の前で行われる防衛戦にカイルは呆然としながら、障壁を維持していた。

 なぜ、この舞踏会場に移動装置ポータルを定着できたのか。

 数日前のサイラスとの再会をカイルは思い出した。あの時、彼はこの部屋で天井画を見ていたのではない。観測ステーションへ確定座標を送信していたのだ!

 セオディア・メレ・エトゥールの不敵な笑みも、サイラスの近衛服も、イーレの降臨も全て繋がった。

 彼らはこの襲撃を知っていた。カイルは頭に血がのぼった。




――この腹黒領主は、妹の初社交デビュタントの舞台を利用して敵に罠をしかけやがったっっっ!




 カイルは、視線の片隅で近くにいたアドリー辺境伯がイーレの演舞を凝視し、何事かつぶやいているのをみた。「……アストライアー……」


 階上にいた射者たちがすべて捕らえられた頃には、階下も決着していた。血がほとんど流れずに、制圧されたのだった。


 子供姿の精霊の御使いは、エトゥールの王であるセオディア・メレ・エトゥールに優雅に一礼をした。メレ・エトゥールも頷いてみせる。知らない者が見れば、古くからの知己だと思うであろう。


 イーレは光の柱に向かい姿を消した。


 やがて光の柱は、徐々に輝きを失い、何事もなかったかのように、もとの舞踏会場に戻った。あたりは静寂につつまれた。

 静寂のあとに、大騒ぎになる。襲撃についてではなく、目の前で起こった奇跡について、である。



 セオディア・メレ・エトゥールの危機を救った精霊の守護者の存在を誰もが疑わなかった。

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