第9話 晩餐会④

――難易度が高すぎるっっっ!!


 カイルは心の中で叫んだ。

 シルビアの忠告を思いだした時には遅かった。その状況に陥ったのは自業自得とも言えた。進行方向に築かれる女性の壁は、カイルの想像以上に厚かったのだ。


 断っても、断っても、別の女性から申し込みが入る。

 社交の一環なので無下にはできない。かと言って、長々と相手をしている時間はない。

 ファーレンシアが倒れる演技をする前に、彼女に辿り着かなければ意味はないのだ。


「先約がありますので」

「次回の機会がありましたら、ぜひ」

「私よりふさわしい初代エトゥール王のような方とご縁があると思います」

「私には身に余る光栄ですので」

「青い衣を身にまとう今、ご縁はないようで残念です」

「四曲目がないことを残念に思います」


 申し込んできた女性に断りをいれ、数歩進むとほかの女性に捕まる。これが無限地獄というものではないだろうか。


「カイル様」

「ミナリオ!」


 断る定型文句のストックがつきようとしている頃に、専属護衛のミナリオが女性の波をかきわけたどりついてくれた。ミナリオと合流できてからは、事態はやや好転した。

 ミナリオが護衛を口実に、女性をやや遠ざけ、そこにできた隙間にカイルは身体をすべりこませ、包囲網を突破した。


 なんと、恐ろしい戦場だろうか。

 カイルはげんなりした。シルビアが伝えたメレ・エトゥールの感想は正しかった。戦争で殿しんがりをつとめる方がはるかに楽に違いない。



 前方では、次の問題が発生していた。

 本日の主役の人気は凄まじかった。社交会に天使が舞い降りたのだ。多数の男性に囲まれているファーレンシアがようやく視界にはいった。

 彼女は根気よく断り続けている。

 カイルは自分の遮蔽しゃへいをといてみた。

 ファーレンシアを囲む人物達の中に、不埒な目的で近づいている者が複数存在することがわかった。社交経験のないファーレンシアなら簡単に騙して連れ出せると勘違いしているやからだ。


 カイルはそんな存在に怒りを覚えた。


 彼女の出会いを邪魔しない云々以前の問題だった。もしかして、メレ・エトゥールはこれを心配していたのだろうか?


「どうされますか?」


 ミナリオが尋ねた。


「奥の手を使う」

「奥の手?」




 カイルは同調能力を使った。

 ファーレンシアの周辺に群がるよこしまな考えを持つ男性陣に威圧いあつをかけたのだ。




 水が引くように、左右に人の波が分断された。


 ファーレンシアが驚いたように、正面に現れたメレ・アイフェスの青年を見つめた。傍らにいたミナリオも驚いたようにカイルを見ている。

 ミナリオはカイルが変貌したと感じたかもしれない。それはあとで彼に説明するしかない、とカイルは割り切った。


 カイルは通路のように開かれた場所を堂々と歩いて、ファーレンシアに近づき、穏やかな笑顔で話しかけた。


「ファーレンシア・エル・エトゥール」


 カイルはファーレンシアに深く一礼をした。


「異国の出身ゆえに、無礼をお許しいただきたい。三番目に踊る栄誉を得るために参上しました。踊っていただけますか?」


 ファーレンシアは思いがけない救世主を見つめ、ほっとしたように、頬をそめ頷いた。


「はい」





 会場がざわめいた。

 が、そんなことは無視して、カイルはファーレンシアをそのままエスコートをし、無事に中央に連れ出した。


「あの……今のはどんな魔法ですか?」

裏技うらわざ

裏技うらわざ……ですか?」

「同調能力で威圧いあつしたんだ」

「……威圧いあつ……」

「怒ったセオディア・メレ・エトゥールの波動を真似たんだ。君に対して不埒ふらちな考えを持っていた奴ほど、びびったと思うよ」

「――」


 ファーレンシアは笑いだした。


「確かに、怒り狂った兄が様子を見にきたかと思いました」

「似てた?」

「とても似てました」

「妹である君が言うなら間違いないね」

 カイルは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。





 少し離れた場所で、カイル達を見ていたセオディア・メレ・エトゥールは、顳顬こめかみに手をあて、深いため息をついた。


「本当に、メレ・アイフェスは想像の斜め上を突き進むのだな。……あれは、私の模倣もほうか?」

「……あ……気づいてしまわれましたか……」


 姿形はカイルのままだったが、雰囲気の違う人物が出現したことは、セオディアもその瞬間に感じとっていた。


「カイルも詰めが甘いですね。周辺を遮蔽しゃへいして、威圧すれば貴方にバレることがなかったのに……」

「……」


 シルビアの現状分析もどこかずれている、とセオディアは思った。メレ・エトゥールにばれないようにすべき、という結論を本人の前で披露するのだから。


「シルビア嬢、そういう問題でもなかろう? カイル殿はこんなことまで、できるのか?」

「みたいですね」

「彼の前で激怒した記憶はないぞ? どうやって私を模倣もほうできたのだ?」

「多分、西の民の話し合いの場ではないかと思いますが。あの時、冷静に対応されていましたが、本当は身内の裏切りに激怒していらしたのでしょ?」

「――」

「カイルは、表面ではなく、心の奥底に隠された感情を感じ取ります。あの時、西の民の代表者の感情を言い当てたように。今はファーレンシア様によこしまなことを考えていた男性達がいたのではないですかね。彼も貴方も激怒する事柄には、それぐらいしか心当たりはありません」

「――」


 メレ・アイフェス達の特殊な能力を理解していたつもりだが、自分がネタとして使われるのは想定外だった。セオディアはいくつか考えを改める必要性を感じた。


「これについて後日、カイル殿と話し合ってもいいか?」

「どうぞ。説教も加えていただけると助かります」


 シルビアはカイルを売った。




 三曲目の長い前奏が始まった。

 何事か話し合っていたセオディア・メレ・エトゥールとシルビアも踊るために、中央にでてきた。


「カイル殿、後日、話し合いたい」


 すれ違い様にぼそりと言われたメレ・エトゥールの低い声にカイルは肝を冷やした。同調能力で模倣したとしても、どうやら本家本元の威圧には及ばないようだ。


「……ばれてる」

「……ですね」


 二人は顔を見合わせてから笑った。

 カイルはファーレンシアの手をとり、左手を彼女の腰にまわした。三曲目の主旋律は竪琴ライアーだった。カイル達は踊り出した。



「そういえば、ファーレンシアは竪琴ライアーが得意なんだって?」

「え?」

「以前、メレ・エトゥールが言っていた」

「……得意というか、人並み程度ですよ」

「聞いてみたい。今度、弾いてくれないかな?」

「……」

「ファーレンシア?」


 ファーレンシアは耳まで赤かった。


「わかりました。今度、弾きますわ」


 ファーレンシアは承諾した。


「ただし、他の女性にはそんなそんなことをおっしゃらないでくださいね?」

「他の女性?」

「……絶対絶対絶対約束ですよ?」

「わ、わかった」


 何か鬼気迫るものがある。何か、やらかしたらしい。


「そういえば、約束で思い出しました」


 ファーレンシアが話題をかえた。


「うん?」

「すてーしょんの絵について、まだ教えてもらっていません」

「――!」


 カイルは不意打ちにステップを間違えそうになった。


「どんな絵なのですか?」

「……踊りを間違えそうになるから、その話題はあとで」

「間違えてもいいですよ?」

「ファーレンシア」

「知りたいです」

「あとで」


 ファーレンシアは不満そうに頬をぷくりとふくらませる。大人びた初社交デビュタントの衣装と、その子供っぽい表情のギャップにカイルは笑った。


「なんですか?」

「なんでもない」

 

 それは楽しいひとときだった。たとえステーションに帰還しても、このことは忘れないだろう、とカイルは思った。

 あっという間に時間が過ぎ去り、曲が余韻よいんを残して終わりをむかえる。


「カイル様、今日はありがとうございました」


 幸せそうな笑みとともにファーレンシアが正規の礼をする。カイルも微笑して一礼して答える。会場に初社交デビュタントのファーレンシアを祝福する拍手がおき、二人は観衆に向かい、一礼をした。




 カイルはセオディア・メレ・エトゥールとシルビアが待つ場所にファーレンシアをエスコートした。保護者に引き渡せば、カイルの役目は終わりだ。


「カイル殿、ご苦労」

「メレ・エトゥール。後日、この離宮の出入りの許可が欲しい」

「かまわないが、理由は?」


 カイルは天井画を指で示した。


「この絵を模写したいんだ。他にもいろいろと初代エトゥール王にまつわるものがあれば、絵に写したい」

「山ほどあるが、全部か?」

「できれば――」


 ふと、あたりを見回したカイルは凍りついた。

 あれだけ華やかだった舞踏会場が色あせたモノクロの世界になっている。無論、錯覚であった。


 これはどういう感覚だ?


「カイル様?」

 ファーレンシアが怪訝けげんそうにカイルを見つめる。

 ファーレンシアでさえ、この違和感に気づいていない。


――僕は何を見ているんだ


 カイルは完全に遮蔽しゃへいを解いて、自分の感覚の元凶を探った。モノクロの世界をゆっくりと慎重に探知していく。


 不意に背筋がぞくりとした。


 どこか西の民と初めて出会った地下牢に似ている。あの時は、ハーレイから猛獣のような凄まじい殺気を受けた。

 今度のは違った。

 明確な殺意というより、悪意の集中であった。赤黒い薄汚れた想念が存在していた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る