第11話 対話②

 殴った本人の方も驚いていた。手をみつめ、感心するかのようにつぶやいた。


「すごいな、この空間領域では実体化しているようだ。どういう仕組みになんだか……」

「……僕を殴って確かめないで」


 手加減がまったくなく、精神だけのはずなのに、肉体を伴っているかのように痛みがあった。

 カイルの抗議は藪蛇やぶへびになった。怒りの波動をまとってディム・トゥーラに見下ろされ、にらまれた。


「……あ?ウールヴェにふざけた名前をつけやがって、足りないくらいだぞ?」

「なんで知ってるのっ!」

「なるほど、バレなきゃいいと思っていた確信犯か?」

「ごめんなさいごめんなさい」


 会話を交わしてカイルは事態に気づいた。目の前に立つ人物を凝視する。


「え?本物のディム?」

「何を今更……」

「餌に釣られちゃダメでしょう!」

「何の話だ?」


 ディムはあらためて辺りを見まわした。


「で、ここは何だ?何と同調した?」

「よくわからない。ウールヴェは『番人の領域』と言っていた」

「番人?」


――――ようやくそろった


 唐突に声が響き、二人は身構えた。声は空間全体に響いていた。

そろっただと?」


――――この者が囚われなければお前はこなかった。


「は?」

「だから言ったでしょ。僕はディムを引きずり出すらしいよ」

「こんな不味まずえさなんかいらん」

「……言い方……」


――――事実、きただろう


きだ」


――――まいた種は刈り取れ

――――お前達のせき


「まいた種とはなんだ?カイルが地上におりたことか?」


――――違う


「じゃあ、なんだ?」


――――お前たちが狂わせたすべてだ


「狂わせた?」


 カイルは呆然とした。心当たりはない。だが見えない圧が押し潰そうとするかのように、じわじわと増える。やがて圧が止まった。ディム・トゥーラがひそかに周囲の遮蔽しゃへいを強化したようだった。


「カイルを地上に転移させたのはお前か?」


――――そうだ


 カイルは背筋が凍った。衛星軌道から自分を転移した驚異的な力をもつ存在がここにいる。すべてがここから始まっているのだ。


「目的はなんだ?」


――――大災厄だいさいやくを止めろ


「……大災厄って何?」とカイルが問う。


――――お前達は知っている

――――知っているのに止めなかった大罪たいざい

――――許されない


 知っているか、とディムが目線でカイルに問い、カイルは首をふった。が、カイルは思い出した。


「初めてあったときにファーレンシアが滅びの前兆の夢を見ると言ってた」


 心当たりはそれしかない。


「サイラスの確定座標への着地を妨害したのもお前か」

「は?」


 確定座標への着地を妨害?カイルは知らない間に起きている事件に耳を疑った。それはありえないことだった。


――――必要だから飛ばした


「必要だと?」


――――お前は地上にしばる存在がなかった

――――大災厄を止めねば、あの子供も死ぬ 


「子供?」


 カイルは訳がわからずディムを見たが、ぞっとした。彼は怒っていた。間違いなく彼の逆鱗げきりんにふれたのだ。


「地上への干渉は禁じられている」


 低い声でディム・トゥーラは応じた。


――――それはお前達の世界の法だ。関係ない。

――――大災厄は迫っている


「止める義理はない」


――――子供が死んでもか?


「くどい!」


 冷淡に言い切る彼の心情は真逆であることをカイルは気づいていた。

 カイルの脳裏に先ほどの映像が蘇った。ファーレンシアもセオディアもミナリオもアイリも死んだ世界。あれは大災厄後の世界なのか?未来の世界なのか?


「まってくれ、あれはエトゥールの未来なのか?僕に見せた映像はそうなのか?」


――――そうだ


「何をみた?」

「エトゥールが消滅していた。人が飢えて死んでいく。あれを回避するには何をしたらいい?」

「カイル!」


――――大災厄を止めろ


「拒否したら?」


――――永遠にこの場にとどまるといい。滅亡の日まで



 ディム・トゥーラが激怒しているのはわかった。だが次の一言はカイルの予想を越えていた。彼はにやりと嗤って言った。


「エトゥールの姫君も一緒にか?」

「え?ファーレンシア?」


 カイルの方が激しく動揺した。


「なんでファーレンシアがいるんだ?巻き込んだのか?」

「お前、この修羅場しゅらばの最中にどっちの味方をしているんだ?」


 呆れたようにディムが言う。


「当事者なんだから巻き込むのは当然だろう?」

「それとこれは話が別だろう。この腹黒番人をやり込めるのに、ファーレンシアを巻き込むのは間違っている」

「腹黒番人とはなかなかいいネーミングだ。おい、腹黒番人、エトゥールの姫君にお前との会話は筒抜けだ。俺と姫君は繋がっているからな」


 いきなり風が吹き抜けたような印象があった。


ちっ、とディム・トゥーラは舌打ちをする。


「――この野郎。姫をはじきき飛ばしやがった」

「なんだって⁈」





「ファーレンシア様!」


 のけぞって意識を戻した自分をシルビアはしっかりと支えてくれた。ファーレンシアは息をついた。


「……カイル様が同調しているのは精霊です」

「え?」

「私は跳ね飛ばされました。もう一度戻ります。シルビア様、先ほどと同じようにお願いします」

「大丈夫ですか?」

「ディム様の見様見真似みようみまねですが、いきます」


 この対立は絶対に止めなければならない。ファーレンシアはカイルとディム・トゥーラの痕跡をたどるために目を閉じた。





「姫に聞かせるには後ろめたい、ってか。子供を盾にする卑怯な行為は」

「ディム、ファーレンシアは?」

「問題ない。遮蔽しゃへいはかけてある」


 カイルはほっとしたが、彼の精神感応能力に舌をまいた。彼は自身とカイル、ファーレンシアに遮蔽をほどこし、かつ番人の領域で自我を保つ安全地帯を作り出している。しかも彼はブチ切れという言葉がふさわしいほどの精神状態だ。それでもカイルとファーレンシアに対する繋がりは維持されている。

――イーレ並みに最凶すぎるだろう


「やかましい」


 筒抜けだった。


 ディムは見えない番人に言い放つ。

「人をこまのように操れるとは思うな。人を利用するな。思い通りにするには選択を誤ったな」


 カイルは彼の言葉に何かが引っかかった。駒――盤上遊戯ばんじょうゆうぎ。だがこの存在からは悪意は感じない。やり方が強引なだけだ。強引すぎてディムの怒りを買った。

 ディム・トゥーラは何かに気づき笑い出した。


「弾き飛ばした姫は、自力で戻ってきたぞ。しかも同調をマスターしてだ。聞かれたくなかったようだが、無駄だ」


 カイルはギョッとした。こんな短時間で能力が開花するなど異常すぎる。場の影響なのかカイルにはわからなかった。


「なんでそんなに冷静なの⁈ あきらかにおかしいだろ⁈」

「規格外はお前で慣れている」

「いや、全然違うでしょ⁈」

「姫は何度でもくるだろう。俺の遮蔽しゃへいはやがて切れ、本人の身体に負荷がかかる」


 ディムは番人がエトゥールの姫に手を出せないのを正確に見抜いていた。


「俺達を足止めするなら、大災厄だいさいやくより先に姫は死ぬな。子供と等価交換だ」

「彼女を巻き込まないでくれっ!腹黒すぎるだろ!」

「最高の褒め言葉だ」

「ちーがーうー!」

「ほら、来たぞ」


 いつのまにかファーレンシアが立っていた。


「彼等を巻き込んだのは、兄と私ファーレンシア・エル・エトゥールの責です」


 静かにファーレンシアは訴えた。


「大災厄が己の力で回避できない時は、滅びを受け入れる覚悟はできています。ですからメレ・アイフェス達に強制させることは、本意ではありません。どうかご理解を」


――――彼等がいなければ大災厄は回避できぬ


「ならば、滅びは運命です。自然のあるべき姿ではありませんか?」


「僕達がいれば回避できるのか?」


 カイルが割り込んだ。


――――できる


「どうやって?」


――――隠された痕跡を探せ。


「もっと具体的に」


――――誓約により言えぬ。大災厄を止めるか?


 誓約?誓約って何だ?

 カイルは交渉の糸口を手放すつもりはなかった。


「止めてもいいが、こちらも条件がある。地上に降りたシルビアの帰還は邪魔しないでくれ」

「サイラスも降りている」とディムが囁く。

「僕以外の人間の帰還を邪魔しないなら協力する」

「お前を含めないでどうする!」

「この番人は僕を返す気はさらさらないよ。この条件がのめないなら僕はこの空間を出ない。滅亡は止められない。さあ、どうする?」


――――本人が望む帰還なら邪魔はしない


「確定座標に干渉するな」とディム。


――――それはわからない。必要な場所に飛ばす


「必要だと?」


――――お前が子供と縁を結んだように全ては必然だ


カイルは問いただす。

「もう一つ聞きたい。エトゥールを滅ぼそうとしている存在だ」


――――については関知していない。あれはあれの思惑で動いている


「同族じゃないのか?」


――――違う


「敵対してもいいんだね?」


――――エトゥールを守れば、自然と対峙する。気をつけるといい


 最後の奇妙な忠告の言葉とともに番人の領域は消失し、あとには静寂が残った。

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