第10話 対話

――起キナイ

――起キナイ

――皆ガ 困ッテ イル


 気持ちよく寝ているのに何かが邪魔をしていた。ザワザワしていて安眠妨害これ極まりだった。


――頑固ダ

――スゴク 頑固ダ

――ヨク 似テイル


――本当ニ ヨク 似テイル

――彼モ 頑固 ダッタ


 彼って誰だ?と、いうか五月蝿うるさい。眠りたい。もう少し眠りたい。邪魔をしないでくれ。


――姫ガ 泣イテ イル

――ズット 泣イテ イル


 ああ、ファーレンシアが泣いている。それはとても不本意だ。困る。一番困る。


――泣カセテ イルノハ オ前ダ

――オ前ガ 悪イ

――オ前ガ 悪イ


 責めるくらいならどうすればいいのか教えてくれ。彼女を泣かしたくない。彼女は笑顔がいい。いつだって彼女の笑顔に癒された。


――起キロ

――起キロ


 不意にカイルは目が覚めた。

 覚めたと思ったが、そこは現実ではなかった。白い空間で何もない。まるで別世界に迷い込んだようだった。


 なんだろう。ここは。


 カイルはあたりを見回した。手がかりらしい物は何もない。

 夢の中だろうか?

 起き上がり、歩き出してみたが、際限がなくカイルは歩くことを諦め、その場に腰を下ろした。


 さて、困った。

 こんな経験は初めてだった。明晰夢めいせきむかと思ったが違うようだ。さっきのザワザワうるさかった集団はなんだったのだろう。


――ウルサク ナイ

――ウルサク ナイ 

――失礼ダ 

――失礼ダ

――彼モ 失礼 ダッタ 

――ソックリ

――彼ニ ソックリダ


 うるさかった集団が戻ってきてしまった。

 カイルは顳顬こめかみをおさえ、息をついた。これが唯一の情報源っぽいが、子供がわいわい取り囲んでいるイメージだ。

 思念がすごく幼いのだ。


「うるさいから、代表が喋って」


 ザワザワとする。それはまるで話し合っているかのようだった。

 代表が喋れとは難易度が高い要求だったのだろうか?


――ウルサク ナイ


 おっ、ザワザワしているが声は単発になった。

「よくできました。そのまま代表だけ喋って」


――ヨク デキル 代表


 この意識は幼く、語彙ごいが少ない。

 うわー、情報を引き出すのにどのくらいかかるんだろう。カイルは気が遠くなった。とりあえず質問をしてみることにした。


「ここはどこ?」


――番人 ノ 領域


 意外なことに答えが返ってきた。本当によくできる代表かもしれない。


「番人って何?」


――番人 ハ 番人


 前言撤回。

「なんで僕はここにいるのかな?」

 期待しないで質問を投げる。


――番人 ガ 捕マエタ


 なんですと?

「何で番人が僕を捕まえたの?」


 今度は沈黙が長かった。

――…………餌?


 回答内容も酷かったが、なぜ疑問形なんだろうか?番人が餌のために捕まえた。ちょっと救いのない内容だった。


「番人が僕を食べるのかな?」


――番人 ハ 食ベナイ


「じゃあ誰が食べる予定なの?」


――でぃむ・とぅーら


「はあ?!」

 まさかの固有名詞がふってきた。

「ディム・トゥーラが僕を食べるのか?」


――食ベル? 食ベナイ? しるびあ ノ あいり ノ オ菓子?


 意味が不明すぎる。カイルは考えこんだ。アイリのお菓子とシルビア。アイリのお菓子――シルビアが喜ぶもの。シルビアの袖の下――

「釣り餌か?!」


――釣ル 釣ル 絶対 食ライツク 大漁 大漁 絶対釣レル。


 大漁なんて言葉をどこで覚えたんだ。そもそも観測ステーションにいるディム・トゥーラをなぜ釣るのか。

「なぜディムを釣るの?」


――でぃむ・とぅーら 強イ


 ディム・トゥーラが強いのは精神感応テレパスだ。精神感応テレパスが強いから釣るらしい。

「まあ、中央セントラルのエリートだからね。でも強いならファーレンシアだってそうでしょう」


――姫 ダメ 姫 ダイジ


「ファーレンシアは大事で僕達は?」


――大事 ダケド 大事 ジャナイ


「……ひどい扱いだ」

 カイルは脱力した。


「で、君たちは何かな?」

 今度は沈黙が恐ろしく長かった。


――ヒドイ


 すごく責められている。正体がわからないことを本気で悲しんでいる想念だ。


――ヒドイ


――頑固ダ

――ヒドイ

――しるびあ ノ方ガ 優シイ

――ヒドイ

――無関心

――頑固

――彼ハ ヒドクナカッタ


 非難の嵐である。シルビアやアイリやディム・トゥーラをなぜか知っている存在だ。


――ヒドイ

――鬼 ダ

――鬼畜 ダ


「鬼だの、鬼畜だの、大漁とかいったいどこで語彙ごいを仕入れて……ウールヴェか!」


――ヒドイ


「お前はトゥーラだな。ごめんごめん。悪かった」


――ヒドイ


「戻ったらアイリのお菓子をあげるから」


――許ス


アイリのお菓子は無敵だった。

「番人の領域から出たいんだけど?」


――ムリ


「そこをなんとか」


――餌 ダカラ ムリ


「ディム・トゥーラを釣るのは無理だ。彼はエトゥールにはいない」


――イル


「はい?」


――怒ッテイル 殴ル 絶対 殴ル 殴ラレル


「え?何その不吉な予言」



 唐突にウールヴェ達の気配が消えた。


「トゥーラ?」


 カイルは自分のウールヴェに呼びかけたが、完全に気配は消失していた。あたりは静まりかえっている。出られない空間にカイルは一人取り残された状態だった。

 カイルは諦めの吐息をつくと、今入手した情報の吟味を始めた。


 番人の領域――『番人』とは何だろう?


 どうやって自分を捕まえたのか。

 多分、西の民との同調酔いで防御が落ちた時だな、とカイルは推測した。


 番人はなぜか自分を餌にディムに接触しようとしている。


 これが、わからない。彼は精神感応力は中央トップレベルの実力だ。だが、ファーレンシアも似たようなものだ。

 ファーレンシアは大事だからダメというウールヴェの見解は、何か危険なリスクのある行動をとらせたいようにも思える。と、同時に『番人』はエトゥールの妹姫を気遣い、エトゥールの敵ではないことになる。


 あの悪意があり、エトゥールを戦乱に追い詰めようと巧妙な策を弄す存在ではないようだ。


 そもそも現実ではどのくらい時間がたっているのだろうか。考えたが答えはでなかった。

 ウールヴェが多少会話ができ、この領域に出入りできるのなら、シルビアかファーレンシアと連絡を取ることはできるかもしれない。そう考えたが、ウールヴェとの経路は完全に遮断されていた。

 ウールヴェとの交流が『番人』とやらにバレたのだろうか。


「――っ!」


 いきなりの激痛とともに大量の映像が意識に流れ込んできた。それは明らかに時系列がめちゃくちゃだった。


 エトゥールの街が作られていくかと思えば、次にはエトゥールの周辺の豊かな田園地帯が砂漠に近い荒野になっていた。


 知らない男女が言い争いをしていた。


 次にはウールヴェを肩に乗せた子供が砂漠を歩いている。


 場面が次々とめまぐるしく変わっていく。カイルは目眩を感じた。周辺が暑くなり、急に冷えたりもしていく。


 王都は消滅していた。


 大地は凍りついていた。


 飢えていく人々がいた。


 疫病の蔓延で死を待つのみの人々がいた。


 食糧をめぐり醜い争いが起きていた。


 ファーレンシアもセオディアもアイリもミナリオも皆死んでしまった。


「――違うっ!」

 ファーレンシアやセオディアは生きている。


 サイラス・リーがなぜか地上にいた。森で不気味な生き物と戦っている。


 クトリ・ロダスが山を指差し何かを言っていた。


 イーレが血まみれで倒れている。


 森が燃えていた。


 感情をあまり表さないシルビアが泣いている。


 人も場面も時代も無秩序だった。


「僕に干渉するなっ!」


 これは同調だ。強制的に他人が持っている膨大な情報が流れ込んでくる。カイルは身を守るため、遮断しようとしたが妨害された。

 他人の記憶に侵食され、自我が犯されていく。


――このままだとまずいっ!

 

 強烈な吐き気と頭痛が限界を示していた。先に待つのは自我の崩壊による発狂だ。

 永遠に続くかと思われた映像はいきなり途切れた。




 いないはずのディム・トゥーラが立っていた。




 ディム・トゥーラが同調を遮断してくれたことは、間違いない。彼はゆっくりとカイルに近づいてきた。夢でも幻でもいい。それが信頼しているディム・トゥーラであることに、カイルはほっと息をついた。


「……ディム?」


 ディム・トゥーラは座り込んでいるカイルの目の前まで来た。彼の姿は、夢とは思えないリアルさがあった。




 次の瞬間殴られ、ウールヴェの予言は成就した。

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