第12話 対話③

 正常に戻ったカイルの精神領域でディムは空を仰ぎ、カイルは床に手をつき脱力した。強大なプレッシャーは、領域とともに消失している。


「あれは……何?」

「精霊です。『世界の番人』とも言われてます」

「ファーレンシアが聞く声と同一?」


 ファーレンシアは頷いたが、戸惑ってもいた。


「こんなにはっきりと言葉が聞こえて、会話を交わしたのは初めてです」

「多分ディムが居たからだ。あの中で自我を保つのは難しいと思う」


 姿形がない存在――確かにその通りだ。今までファーレンシアが説明しようとしていた事柄ことがらをはっきりとカイルは理解した。あれほど忌避していた精霊鷹が可愛く思える。


「大災厄については?」とディムが問う。

「大災厄がきてエトゥールが滅びると言われてました」


 ファーレンシアが淡々と告げる。


「事実なのか」


 少女は頷いた。カイルは驚いたようにファーレンシアを見つめた。


「滅びの前兆の夢を見たって、このこと?」


 またもや、ファーレンシアはこくりと頷いた。

 国の滅亡など、少女が背負うには重すぎる未来ではないだろうか。カイルは決心した。


「番人がどうして僕を指名したのか、わからないけど、やってみるよ。大災厄を止める」

「カイル!安請け合いをするなっ!」

「安請け合いじゃない。ディム、協力してくれるだろう?」

「俺は協力するなんて一言も言ってないぞ」

「言ったよ」

「言ってない」

「僕が帰るまで支援追跡バックアップをするって言ったよ」


 カイルはディムを見上げた。


「僕が帰れないから、支援追跡バックアップは続行だよね」

「――」


 ディムはまじまじとカイルを見つめた。


「……………………お前は悪魔か?」

「たまに言われる」


 ディムは大きなため息をついた。


「姫を連れて、とっとと現実世界に戻れ。今後についての話はそれからだ」

「わかった」


 カイルは立ち上がって、ファーレンシアを見つめる。


「ファーレンシア、来てくれてありがとう。いつも助けられる」

「……いえ」


 カイルは辺りを見回した。それから首を傾げる。

 

「どうした?」

「……起き方がわからない」


 いつも同調する側だったので、対象の精神領域から離脱することばかりだった。番人の同調が長かったせいもある。自分の精神領域からどうやって離脱すればいいんだろう。

 ディム・トゥーラは、呆れたようにカイルを見つめた。


「……世話がやける。俺が弾き飛ばすか」


 同調を解消するには本人の意思か、感情の乱れだ。

 カイルに強い衝撃を与えるものは何か。

 ディム・トゥーラはちらりとファーレンシアを見つめてからカイルに笑った。こういうことは不意打ちに限る。


「……よし、わかった。一応、お前に選択権を与えよう」


 ディムはカイルの両肩をぽんと叩いた。いつもと違い、やけにその叩き方が優しく、カイルは警戒した。


「どんな?」

「提案は二つだ」

「うん?」

「ステーションにある絵を姫に見せるのと、燃やすのとどっちがいい?」

「ちょっと待ったああああああ!!!」





「――!」


 部屋の天井が目に入る。今度は夢か現実か?

 ファーレンシアが覗きこむようにカイルを見つめていた。カイルが目覚めたことにほっとした表情を見せ、それからポロポロと泣き出した。


「目覚めました」とシルビアが告げる。


『これで起きないなら俺は引退する』


 ディム・トゥーラの声が聞こえる。無事に同調から解放され現実に戻ることができたのだ。


「ディム」

 カイルは寝たまま呼びかけた。

「ありがとう」


『ウールヴェの件は許したわけじゃないからな。疲れた。寝る。全員一日騒ぎを起こすな』


「……うわ、不機嫌」

「当たり前です。誰のせいだと思っているんですか。あなたも安静ですよ」


 カイルの生体反応バイタルを追いかけながら、シルビアも冷淡に告げる。既視感のある光景だ。


「ファーレンシア様もお疲れでしょう。ご協力ありがとうございました。ゆっくりおやすみください」

「あ、はい……あの……カイル様に一つ質問が……」

「?」

「すてーしょんの絵とは、何ですか?」


 しっかり聞かれているっ!!!


 ディム・トゥーラはウールヴェの名付に怒っていた。これは彼のささやかな復讐なのだ。なんたる罰ゲームだ、とカイルは嘆いた。


「……今度、話すよ」

「約束ですよ?」


 カイルが頷くと、少女は涙をぬぐい微笑んで立ち上がった。


「おやすみなさいませ」

「おやすみ、ファーレンシア」


 少女が立ち去ると彼女のそばにいた白い大きな獣が寝台にあがりこんできた。


「?」


 純白の狼もどきが、我が物顔でカイルの枕元を陣取る。


「……何これ」

「貴方のウールヴェです」

「はい?」


 いやいや、僕のウールヴェは手のひらに乗るよく惰眠をむさぼる可愛い奴で……


――――ヒドイ あいり ノ オ菓子 追加



 間違いなくウールヴェのトゥーラだった。






 世界の番人との対話から一夜明けたあと、カイルの部屋にシルビアとサイラスは再び集まった。

 専属護衛達には席をはずしてもらう。

 番人の領域であったやり取りの「大災厄」を簡単に漏らすことはできないからだ。


「ふーん」


 関心がなさそうにサイラス・リーは聞いていた。が、違った。


「その番人とやらを殴るにはどうしたらいい?」


 かえってきた台詞が物騒すぎて、カイルは内心、冷や汗をかいた。



「サイラス、ここの会話も筒抜けだと思うから物騒な発言はやめて」

「世界の番人にこっちの感情も筒抜けかね?」

「サイラスの感情は?」

「『とりあえず一発殴らせろ。話はそれからだ』」

「……師匠の影響を受けすぎだよ……」


『さすが、わが弟子』


「イーレもあおらないで」


『俺の分も追加で』


「ディムがブチ切れたことはよく理解しているから、元に戻って」


 カイルは頭が痛くなった。誰も世界の番人に協力的ではない。

 当たり前だと言えば、当たり前だ。世界の番人は、絶対者であるかのように――事実、絶対者なのだろうが――カイル達に大災厄に対峙するように強要してきた。

 だが、カイル以外は地上に無関心であることに気づいていない。いや、気づいているかもしれない。

 だから、ディム・トゥーラと『子供』の関わりを突いて、結果、彼を激怒させたのだ。


 前途多難な幕開けだった。しかし、カイル自身が精霊に強い拒否感があるから、人のことはあまり言えなかった。


「シルビア達は早く地上を離れた方がいい。大災厄がどういうものかわからないから、危険だと思う。今なら戻れることができる」

「私は地上に残りますよ」


 シルビアがあっさりと告げる。


「シルビア」

「カイルは残るのでしょう?」

「僕は取引をしてしまった身だからね」

「浅はかです」


『全くだ』


「自覚はあるから、責めないでよ。シルビア、重要な問題だからそんなにすぐ結論を出さなくても」

「結論はでているから、時間の無駄です」

「サイラスは?」

「残るよ。ただしリルのそばにいることが条件だねぇ。止められず大災厄になれば、リルと上に転移する」


『腹が立つな。あの腹黒番人は二人に帰還の意思がないことを見抜いていたんじゃないか?』


「ありうるかもね。『本人の望む帰還なら』という条件付きだったから。そういう存在なのかなあ」


『今、クトリに地上の観測データをまとめさせている。大災厄が地震か噴火かはたまた津波なのか、可能性は一つずつつぶす予定だ。中央セントラルの量子コンピューターにかければ自然災害は予測できる』


「あとの可能性は戦争かそのサイラスが遭遇した魔獣がらみとかかな?」

「疫病かもしれません」

「戦争なんてこの世界日常茶飯事じゃないのかい?」

「それを私達に止めろとは違和感がありますね。多分違うでしょう」


『それから、中央セントラルが取締りにでてきた場合、ステーションからの援助ができなくなる可能性があることを留意してくれ。そこで先手をうってイーレを地上にろす』


 え?と地上組が驚く。イーレの地上嫌いは研究都市でも有名だったからだ。


「いいんですか?イーレ」


『しょうがないでしょ。指揮系統がなくなるのは困るでしょ?それにね、私、世界の番人が気になっているのよね』


「何が気になるの?」


『彼、誓約があるから語れないって言ったんでしょ?誰とどういう誓約をしたのかしら』


「……考えてみなかった」


『確定座標を必要な場所に飛ばすというなら、それは大災厄の回避のヒントでもあると思うのよ。私が降りるのが王都の確定座標か、どこに飛ばされるか楽しみね』


「危険な場所だったらどうするのさ」


『え?私になんか心配な要素あるの?』


「ない……の……かな?」

「なぜ、疑問形」とサイラスが突っ込む。


『私がおりるまでに番人の伝承でも集めておいてちょうだい』


「やってみる。明日、セオディア・メレ・エトゥールと話す予定だから、その時間だけあけておいて」


『わかった。口を出す気はないからそのつもりで』


「了解」


『あ、そうそう。ディムが貴方の絵を地上に持っていけとしつこいんだけど、本当にいるの?』


「僕が悪うございました。許してください」


カイルは全力で謝った。







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