第2話 魔の森②
街の警護隊は、リルが連れてきた盗賊団に大騒ぎになった。最近、隊商の被害が多く、手配書が出ていた連中だったからだ。
リルが捕まえたというのには無理があるので、通りすがりの凄腕の
「とても怖かったですぅ」
警護隊員はリルに同情し、簡単な調書を取るだけにしてくれた。最近、この地方で子供が誘拐される事件が多発しているので気を付けるようにと言われ、短時間で解放される。
子供なのに報奨金を半額も出してくれた。涙の効果らしい。
リルは報奨金を受け取るとすぐに街からひき返した。
――まだいるかな?いてくれるかな?
自分が襲われた現場に戻るとリルは荷馬車をとめた。
魔の森から、あの謎の男が顔を出した。
リルは手をふる。急いで
「助けてくれてありがとうね。警護隊に引き渡してきたよ。これ、報酬金。半額でごめんね。でも子供相手に出してくれるのは、珍しいんだよ」
男はリルの言葉を黙ってきいていた。
皮袋を渡すと男は中身を見て、リルに押し返してきた。
「イラナイ」
「え」
予想外の反応にリルは
「イラナイ。気ヲツケテ帰レ」
男はリルの
「――っ!」
痛みが一瞬で消えた。自分の頬を触れると腫れは完全に引いていた。
精霊使いの魔法だっ!
興奮したリルは、立ち去りそうな男の腕を思わずつかんで引き留めた。男が
「あ、あたしはリル。おじさんは?」
『――お、おじさん……』
衛星軌道の二人が笑いで
やかましいなぁ、そっちのほうが実年齢上だろうが、とサイラスは、むっとした。
「……サイラス」
「もう日が暮れるから、今日はあたしんちで泊まってよ。簡単なご飯なら作れるよ。ちゃんとお礼したい」
「……」
男はしばし考え込んだ。それから頷いた。彼は盗賊団の武器や鎧とかを素早く荷台に放り込んだ。
「あたしんち、わりと近いよ」
リルは
「ちょっと待っててね」
リルは慣れた様子で荷馬車から二頭の馬を外すと、馬小屋に繋ぎ、水と
それから家の鍵をあけて、サイラスを手招きする。
サイラスは家の中に入った。家の中は整っていた。炉には鍋がかかっている。
「……家族ハ?」
「いないよー、父ちゃんは2年前に死んだ」
「……リル、何歳?」
「もうすぐ11」
「……」
リルはテーブルの椅子をすすめた。
男が腰をおろすと、朝から煮込んでいたシチューとパンを用意する。
「お貴族様の口にあわないと思うけどさ、どうぞ」
男はしばらくシチューを見つめていたが、おそるおそるスプーンで一口のんだ。
「……美味シイ」
リルはぱっと顔を輝かせた。誰かにシチューの味を褒めてもらうのは久しぶりだ。男の向かいに腰をおろし、自分の分を食べ始める。
それから一番知りたかった質問をした。
「おじさん、どうしてあそこにいたの?」
ガチャンと男はスプーンを取り落とす。
「?」
男はこめかみをおさえ、声をしぼりだす。
「オジサン、ダメ、名前デヨンデ」
「……だめなの?父ちゃんぐらいの年齢かと……」
「ダメ、絶対ダメ」
それから彼は異国の言葉で小さくつぶやいたがリルにはわからなかった。
「笑い転げるなら通信切るよ」
笑い声はぴたりとやんだ。
「えっと……サイラス?」
うんうんと男は頷く。
「サイラスはどこから来たの?」
「遠イトコロ」
「なんで魔の森にいたの?」
「……魔ノ森ッテナニ?」
「魔の森は魔の森だよ。魔獣がいっぱいいる危ないところだよ」
『まずいところに定着したな』
――全くだ。やはり情報収集は必要なようだ。
「ココカラ、エトゥール、ドノクライ?」
「エトゥール?
『まあ、そんなものだな』
馬で十日。直線距離で500kmを1日50km走破しての計算だ。村や街に泊まれないとなると、さらに走破距離は落ちる。しかも馬などない。走るにしても、街道では目立つ。森の中を直線で北上するしかないかもしれない、とサイラスは思考を巡らせた。
「魔獣ハ、街道ニモ、デル?」
「出るよ、夜は特に危ないよ。ここの領主様は全然討伐してくれないんだ。最近、すごく増えている」
あの黒豹に似た生物は魔獣だったのか。夜に遭遇すると、手こずるかもしれない。
武器をどこかで調達する必要がある。盗賊達の武器は粗悪品だった。
「サイラス、エトゥールに行きたいの?」
リルの問いに、サイラスは頷いた。
「あたし、エトゥールまで送ってあげるよ」
「――」
「エトゥールなら父ちゃんと何回かいったから、道もわかるよ。サイラス、この国のこと知らなすぎて、すごく心配」
わずか10歳の子供に知識不足を心配されてしまった……。事実とは言え、サイラスは遠い目をした。
「……子供を巻き込むのかぁ」
ディム・トゥーラは悩んだ。
「悩ましいけど、悪くない話よね。案内人は欲しいところよ。この子の安全を守れるなら、私は推奨するわ」
イーレは意見を述べる。
サイラスは黙り込んでしまった。
即座に拒否されなかったということは、彼の方でも思うところがあるのだろう。リルはドキドキしながら彼の反応を待った。
「……武器ガ欲シイ」
「あ、そうか。昼間素手で戦ってたもんね」
盗賊団の武器と鎧を回収してたのはそのためだったのか、とリルは納得したが、彼らの残した武器はそれほどいいものではなかった。それはサイラスも気づいているらしい。
うーん、とリルは考え込み「サイラスならいいか」とつぶやいた。食事を終えているサイラスをちょいちょいと手招きをする。
リルは隣の部屋に招きいれると、壁の板を軽く押した。カタっと小さな音がして隠し扉があく。扉の中には地下に通じる階段があった。リルは灯を用意し、階段を降りていく。
地下室はかなり広く、棚がたくさんあった。保存食らしき袋や衣服や日用の雑貨まで山積みされている。壁にはいくつかの武器がかかっている。
「――」
「うちの父ちゃん、商人だったの。在庫があるから、今も食うには困らないんだ。これを少しずつ売って暮らしているわけ」
リルは
「父ちゃんが仕入れてたヤツ。結構、いいでしょ?好きなの持っていっていいよ」
リルは得意気に言った。
リルの言葉にサイラスはそこにある武器の吟味を始めた。
「使える?」
「……サア」
なんとも頼りない返事がきたが、お貴族様はそんなものかもしれない、とリルは納得した。結局、彼は剣と弓の一式、数本の槍を選んだ。
武器を選んだサイラスの手に、リルは彼の着替えを積んでいく。サイラスの服が変だから、とフード付
「皮鎧は?」
「イラナイ。
その言葉はリルの同行の了承だった。
ぷぷっとリルは笑う。
「さっきの報奨金でいいよ。お金ないのに、いらないって言うなんて、路銀はどうする気だったの?」
村も街も無視して走り抜くつもりだったと言わず、サイラスは微笑みで、ごまかした。
「出発は明日の午後ね。午前中は準備があるから。こっちでゆっくり休んで」
休む場所として、リルはサイラスを死んだ父親の部屋に案内した。
「おやすみ、サイラス」
「オヤスミ」
サイラスは部屋を見渡す。
使う者がいないはずなのに、部屋は綺麗に掃除されていた。そこに自分に協力を申し出た幼いリルの寂しさを見出しサイラスは吐息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます