第4章 精霊の商人

第1話 魔の森①

『サイラス、右から一頭きている』


「了解」


 警告通り、右側から黒い影が飛んできた。

 サイラス・リーは飛びかかってきた黒豹くろひょうに似た獣を障壁シールドで弾き飛ばした。獣はそのまま木にぶつかり即死する。

 黒豹に似ているが、目が4つあり、尻尾も二股ふたまたに分かれている。サイラスは獣の死体を走査スキャンしてデータをディム・トゥーラに転送した。


『……牙と爪に毒がある。結構、猛毒だ。気をつけろ』


「うへっ、コワイコワイ」


『面白いな、どういう進化で目が四つになるんだろう……』


「考察はまた今度で」


『しまった、移動装置ポータルから離れる前に、死体を転送してもらえばよかった……』


「カイルより、黒豹もどきが優先なら、移動装置ポータルに戻るけど?」


『そのまま、進んでくれ』


「研究馬鹿が研究より大事なものがあるなんてびっくりだよ」


『やかましい』


街道かいどうはこっちであってる?」


『そのまま北で、まもなく出る』


「それにしても効率が悪い。やっぱり武器が欲しいかも」


『城の中に着地するつもりだったからな。武器を持った不審者が現れたら言い訳できないだろう?』


「まあ、ねぇ……カイルには、まだ連絡つかない?」


『……全く反応がない』


「なんかあったのかねぇ。とりあえずエトゥールに向かって、合流するの一択かな」


『すまんな、こんな事態になって』


「地上の方が面白いし、クローン申請してあるから大丈夫。楽しんでいるよ」


『……イーレに毒されてないか?イテ』


 多分、イーレに頭をはたかれたな、とサイラスは笑った。

 その時、子供の悲鳴が聞こえた。




 悲鳴が聞こえた方に、気配を殺して近づいていく。馬車を囲んで男が五、六人いる。10歳ぐらいの子供が髪の毛を掴まれていた。




盗賊とうぞくたぐいかしらね。サイラス、助けなさい』


 イーレが割り込んできた。


『相手は武器をもっているぞ、気をつけろ』


 とディムが警告する。


「大丈夫、そのためにいろいろ仕込んでいるよ。試してみたいし」

 近づこうとしたサイラスは、ふと足を止めた。

「あれ?でもこれは『影響を与える干渉かんしょう』にあたるかな?」


『あ――』

『サイラス・リー』


 ドスのきいたイーレの声がひびく。


女子供おんなこどもを見捨てるなら、観測ステーションに戻ったときに無事に過ごせると思うなよ』


 観測ステーションのゴッドマザーの命令は絶対だった。






 ディム・トゥーラは考え込んだ。


「サイラスの言うことは一理あるんだよな。どこまで許容範囲でどこまでが違法なんだ」

中央セントラルにお伺いをたてれば?」

「……やぶをつついて楽しいか?」

やぶやぶ大薮おおやぶだからね。魑魅魍魎ちみもうりょうがわんさかでてくるわよ」

「……お伺いはやめておくよ」

「正解。過去の探査レポートでも読んでみれば?」

「――っ!何本あると思ってんだ?!」

「んー五十万本くらい?」

「それを手伝う気は?」

「ないわね」


 マイペースのイーレにディムはため息をついた。これでも、それなりに有名な研究者であるはずなのに、彼女の性格は破天荒だった。それでいて外見は、愛らしい子供の姿をしており、世の中の詐欺の代表と言える。

 だが、その助言は間違っていない。

 探査レポートを洗い出してみるのは、悪くない。例え、気が遠くなる作業だとしても――。


「行動しなければ始まらない……か」

「あら、真面目まじめね」

「イーレの座右ざゆうめいは何?」

「『中央セントラルは信用するな』『考えるより行動』『賢人は危うきを見ず』」

「他は?」

「『私は神』」

「……」


 全然参考にならなかった。





――あ-あたしのバカバカバカ。こいつらに荷馬車と馬を盗まれちゃう。父ちゃんの思い出が詰まっている荷馬車なのに。


 リルは激しく後悔していた。

 もっと明るいうちに帰るべきだった。街に大道芸人がいたから、つい見惚みほれてしまった。その帰り道の待ち伏せだ。

 荷馬車の中身は当座の食料品で、金目の物はない。となると、馬と荷馬車ごと奪われる可能性がある。それは非常に困るのだ。


 御者台ぎょしゃだいから引きずり下ろされた。午後のこの時間に誰も通りかからない。魔の森の近くだから当たり前だった。

 魔の森は、商人泣かせの危険な場所だ。

 最近は魔獣の四つ目の犠牲になる隊商も多い。夕暮れまでに次の街に辿り着かなければ、死を覚悟しなければならない。だから、皆午前中の移動を選ぶのだ。


 リルは抵抗して相手を噛み、思いっきり殴られた。口の中に血の味が広がる。痛い。でも泣くもんか、とリルは唇をかみしめた。



 突然、自分を殴った盗賊がいきなり真横に吹っ飛んだ。



――え?何?


 リルは呆然とした。リルをかばうように目の前に黒髪の男がいる。

 その男が盗賊の脇腹を蹴ったからだ、とリルは理解したが、蹴られた男は10メートルぐらい飛ばされなかっただろうか?


 仲間がやられたことに気づいた盗賊団は襲撃に剣やナイフを抜いて構える。が、襲撃者の方が早かった。素手で犯罪者達に殴りかかる。


「危ないっ!」


 男に向かって放たれた後方からの矢は、途中で見えない壁に弾かれた。


――今の何?精霊様?


 男は目の前の男を掴み上げると、かなり離れた距離にいる射者に目掛けて無造作に投げた。投げられた男は、そのまま小石のようにまっすぐ飛び、弓を構えていた男を直撃した。




『おいおい、殺すなよ?』


「え?正当防衛が成立しない?」


『そんなのこの世界にあるかわからないだろう?』




 黒髪の男は、武器を持った盗賊団相手に素手で立ちまわって、たまに見えない力で跳ね飛ばしている。この人は精霊使いかもしれない。そういう不思議な力を持つ人々がいると言う噂は聞いたことがある。

 髪は黒いし、長い髪を後ろで束ねている。東国イストレの人がそんな髪をしている。白い変な服もそのためかもしれない。

 男の武術は変わっていた。まるで舞踊だった。少ない動きで、簡単に攻撃を躱して、流れるように反撃している。


 5分もたたずに一方的な闘いは終わった。男は息を乱してもいない。

 リルは突然の救世主にあっけにとられた。男は近づいてくるとリルを助けおこしてくれた。


「あ、ありがとう……」

「ドウイタシマシテ」


 片言のエトゥール語。やっぱり異国の人だ。

 彼は自分が半殺しにした盗賊達を見下ろし、指でさした。


「コレ、ドウシタライイ?」

「どうしたらいいって、街の警護隊に引き渡して――」


 男は首をかしげる。


――え?そんな基本的なこと知らないの?


 東国イストレのお貴族様だ。リルは確信した。





 リルは街道のそばの小さな街の警護隊に盗賊団を引き渡すことにした。黒髪のお貴族様は同行を拒んだので、その場で待ってもらうしかない。

 男は縛りあげた盗賊を、ひょいっと軽い荷物のごとく乱暴に馬車の荷台に放り込んでいく。


――細身なのにすごい怪力……


 彼はリルの視線に気づくと、唇に指を1本たてた。他の人には黙ってろ、ということらしい。こくこくとリルは頷く。


「絶対ここにいてね」


 男は少し考えこむかのように首をかしげた。


「どこにもいかないでね?約束だよ?」


 男が頷いたので、リルは安心して馬車の向きをかえて近くの街に向かった。





「子供なのに荷馬車を操ってるよ」


『けっこう手慣れているな』


「あの子はどこに向かったのかな?」


『ああ、街道を東に三キロほどのところに町がある』


「意外に治安が悪いね?街道かいどうに盗賊がでるとは」


『周辺の情報がないからなんとも言えないな』


「それにしても年齢相応としそうおうの子供は、いやされるねぇ。誰かとは大違いだ」


『……その件についての感想は、生命いのちにかかわるので黙秘権を要求する』


 ガツっと音がして、音声が途絶えた。


「黙秘になってないし」


 サイラスは大笑いした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る