第3話 子供商人

 翌朝、リルはすでに手際よく準備を進めていた。

 飲み水用のたるに井戸から水をくみ、蓋をしてサイラスに荷台にあげてもらう。馬の飼葉かいばや野営用の鍋やスキレットフライパンも積み込むと、リルはまきが足りないことに気づいた。


「サイラス、まきを集めてきて」

「……『まき』ッテ、ナニ?」


 貴族のおぼっちゃまって、まきも知らんのかーい、とリルは衝撃を受けた。

 リルはとりあえず荷馬車から斧となたを取り出した。


まきというのは焚火たきびをするための木材だよ」


 見本になるまきを指し示し、斧となたを渡す。


「これがいっぱい欲しいの」

「イッパイ?タクサン?」

「たくさん」


 サイラスは剣帯けんたいの帯皮を腰に巻くと斧となたを持って森に消えた。

 地下室から角灯やら毛布、食料を運び上げる。午後には出発できるなあ、とリルは考えた。簡単に家の中を片付け、外に出たリルはぽかんとした。


 わずか1時間で荷馬車のそばには、恐ろしい数のまきが山積みされていた。


「何、これ――っ?!」

「『まき』……違ッタカナ?」

「ち、違わないけど……こんなに使わないよ……」

「売レバ?」

「……売る……うん、売ろう」


 まきの横には魔獣の死体もあった。

 魔獣の四つ目は普通は兵団で狩る代物である。なんで野ウサギみたいに積まれているんだろうか?


「……これ、サイラスが倒したの?」

「ドクガアッテ、アブナイカラ、ネ」


 サイラスは強い。強いが常識がなさすぎるお貴族様だ。リルはしっかりとその事実を頭に刻みこんだ。

 だが、リルは気づいた。

 毒があることを知っていて、あえて危険を冒して多数退治したのは、付近に住む人間を気遣ってのことだろうか?

 貴族が平民を気遣う?

 ありえない行為だが、なんだかリルは、サイラスの行動にほんわかした。討伐隊を派遣してくれないこの地方の領主より、はるかに彼のことが尊敬できた。


 リルは山積みされたまきの中に異質な木材を発見した。


「……リグナムじゃん」


 これ、めちゃくちゃ硬くて、なかなか伐採できない高級素材なんだけど――リルは素早く原価計算をした。


「サイラス、これを1mぐらいの長さでいっぱい欲しい。多分路銀になるよ」


 サイラスは了承の印か親指をたてて再び森に向かった。





 リルは最初にたどり着いた村で解体屋を訪れ、四つ目の死体を売った。解体屋は持ち込まれた数にギョッとしていた。


「兵団の討伐があったのか?」

「傭兵さんの無料奉仕だよ。買い取ってくれる?」


 ちらりと戸口の長衣ローブの黒髪の男を視線でしめし、自分が代理人であることを無言で主張する。


「ああ、もちろん。ありがたいぜ、最近増えてたからな」

「だよねー」


 解体屋は感謝の気持ちか、相場より高く買い取ってくれた。これで当面の路銀の問題は解決した。




「リグナムじゃないか」


 リルが差し出した木材の見本に問屋の親父が驚いたように言う。


「まさか、森で伐採したのか。魔獣もいただろうに」

「退治したんだ。四ツ目を解体屋におろしたから、牙とか毛皮とか素材が欲しけりゃ、今のうちにだよー。リグナム1本あたりいくらで買う?」

「……これぐらいでどうだ?」


 親父が指で値段を示す。


「はあ?馬鹿にしてるの?」


 リルはむっとしたように、入口の黒髪の男に声をかける。


「サイラス、別の店に行こ。この店しみったれだ」

「まてまてまて」


 親父は慌てて指を1本増やす。

 リルは首をふる。


「別の店にいく」

「わかったわかった。1本9銅貨でどうだ」

「50本あるよ」

「なんだって?!」

「全部売るから、食糧を2人分、3日ほどサービスしてよ」

「50本あるなら一週間分にしてやるよ」

「マジ?やったあ、ありがとう」


 商談成立。

 リルは、にっとサイラスに笑ってみせた。



『たくましいな……』

「同感……」



 サイラスが最強の案内人をゲットしたことは、間違いなかった。

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