第3話 街②

「カイル、面白いものがあります」

 シルビアがセオディアとともに露天商ろてんしょうで足を止めていた。

 先程の追求が収まっている様子にカイルはほっとした。このまま忘れてくれることを祈るばかりだ。


 地面に置かれた木箱に純白の小さな毛糸玉が敷き詰められていた。玉巻きされた服飾の工芸素材かと思ったら、違った。


 露天商が売っていたのは、手のひらに乗るくらいの小さな生物だった。毛玉のように見えたが、耳も目も鼻も口もある四つ足だった。

 店主の肩にも見本のためか、一匹がしがみつくように乗っている。動物研究者であるディム・トゥーラが歓喜かんきしそうなネタだった。


「子猫?」

「いえ、子犬に近いのでは?」

「いや、もしかしたら栗鼠りすの子供かも」

「別に尻尾しっぽ齧歯げっし類っぽくありませんが」

「ウールヴェの幼体ようたいだ。珍しいものではない。いちには必ずある代物しろものだ」

「ウールヴェ?」


 愛玩動物ペットのようなものか、とカイルは推測した。


「肉はかなり美味うまい」



「「食べるの⁉︎」」



 驚愕きょうがくの二人の反応にセオディアは少し笑った。


「野生のウールヴェは、な。こちらは幼体から育てて使役しえきする。主人とのきずなができれば、なかなか利口で言うことをきく。私も昔は飼っていた」


 セオディアは何かを思いついたようだった。


滞在中たいざいちゅう、飼ってみてはいかがかな?」

「え?」

「飼育は難しくない。きずなを結べるかは成り行きだが、そう悪い結果にはならないだろう」

「食べるものは?」

「人が食べるものならなんでも」


 返事をする前にセオディアは店主と交渉を始めた。金貨が数枚、店主に渡された。かなりの高額ではないのだろうか?とすると、貴族が常日頃から使役しえきする生物かもしれない。

 いったいどう使役しえきするのだろうか。


「ファーレンシアも選ぶといい」

「え?私もですか?」

「どうした、昔は欲しいと大泣きしたではないか」

「お兄様!」


 兄の暴露にファーレンシアは顔を真っ赤になった。彼女は、その場に腰を落とした。

 木箱の中に、うごめく毛玉の集団に手をのばす。


「こうして手を伸ばすと相性のいい子が勝手に手にのります。別に噛みませんから試してみてください」


 すぐにファーレンシアの手に小さな毛玉が乗った。

 シルビアも真似まねてみた。


「まあ」


 彼女もすぐに選ばれた。キィキィ鳴きながら彼女の腕を白い毛玉が必死に登ろうとしていた。


「かわいいですよ、カイル」

「カイル様もどうぞ」

「うん――うわっっ!」


 カイルが差し出した手に、白い毛玉が一斉に群がった。


「な、何?これは、何?」

「――」


 カイルは手先から腕まで大量の毛玉にまみれた。


「……」

「……」

「……」

「……この場合はどうしたら?」


 カイルは異様な光景に冷や汗をかきながら、セオディアの助言を求めた。

 セオディアがその光景に大爆笑した。


「まあ、予想通りというか、好きなのを選べばいい。なんだったら手に触れている全部でもいいが」

「いやいやいやいや」


 カイルは肩まで登ってきた一匹をつまみあげた。


「この子にする」


 なかなか根性がある。ふと悪戯心いたずらごころが湧いた。


「よし、名前はトゥーラにしよう」

「……彼が知ったら激怒しますよ?」

「ばれないばれない」


 主人が決まったことを理解しているのか、白い毛玉はすぐにカイルの首元の外套がいとうの隙間にもぐりこんだ。



 セオディアは護衛とファーレンシアを残し、城に戻った。多忙な領主がここまでつきあったのが異例なのかもしれない。


 ファーレンシアは、引き続き、街の他の場所を案内してくれた。


 街を見渡せる高台は素晴らしい見晴らしだった。城壁の外には、のどかな田園風景が広がっていた。宇宙での生活が多いカイル達には、強くかれる光景だった。


 城に出入が許されている職人の店は、市と趣きが全く違い興味深かった。意匠が凝っており、明らかに貴族向けだった。ファーレンシアは気を利かせて、肖像画用の絵の具を取り扱っている店を教えてくれた。カイルが喜んだのは言うまでもない。

 カイルが驚いたのは、都市の基盤施設インフラとして上水道と下水道が存在したことだった。街のいたるところに公共の水汲み場があり、動物を象った石の彫刻から水がこんこんと流れ出していた。

 つまり水に不自由していない豊かな国ということになる。


「意外に清潔ですね」


 シルビアも小声で感想をささやく。


「正直、僕も衛生管理がここまですすんでいるとは思わなかったなあ。ただ違和感がある」

「違和感?」

上下水道インフラの技術文献は城の書物には存在しなかった。この街だけ発展しているような印象もある」

「そういえば医学の進歩も妙でした。彼等は手術や縫合術ほうごうじゅつを知らない。これほど街の衛生概念があるならもう少し医学が発展していてもいいはずですが」

「それにファーレンシアのような能力者は見当たらなかった。やはりあの兄妹が稀有けうな例なんだろうか?」

「『精霊の加護』ですか?」

「能力を持つものを『精霊の加護』と称するなら、民衆にもいるかと思ったんだが、探知できなかったよ」

「王族特有の能力ですか?遺伝的なものですかね?」

「支配階級が持つ加護かと思ったが違うようだ。貴族の風体ふうていをしている者も非能力者ノーマルだったし」

「よく見ていますね」

「観察と探知は得意だよ」

「まあ、この時代で精神能力が発達している方が異常です」

「確かに。ディムも同じことを言っていた」


 護衛と何事か話しいるファーレンシアをちらりと見る。


「カイル様、シルビア様」


 ファーレンシアは戻ってきた。


「兄がお二人に専属の護衛をつけるように申しておりました」


 カイルとシルビアは顔を見合わせた。


「僕たちに護衛はいらないと思うけど?」

「自由に街に降りるためには必要ですわよ」


 うっ、と詰まる。つまりは今後街に行きたければ、専属の護衛を承諾しろということだ。


「……これは外堀を埋められましたねぇ」

「……まったくだ」


 本当にあの若い領主は食えない。


「僕たちに人をいていいのかな?」

「もともと今日の護衛達はカイル様たちの専属候補です」


 初耳である。


「多数の専属希望者から兄が候補を絞りました。腕と性格は保証いたしますよ」

「私はできれば女性の方がいいのですけれども」


 あっさりとシルビアが希望を述べた。


うけたまわりました」

「……シルビア」

「街に自由に出入りできるのは魅力的ではありませんか?」

「そうだけど……」

「まだまだ新しい発見がありそうです」

「甘味とか?」

「……そんなことありませんよ」


 やや、返答に間があった。

 観測ステーションでは、甘味や贅沢品の入手は定期的であり、数量も制限されていた。そういう意味では、手軽に調達できる街は魅力あふれる場所だった。


「シルビアがそんなに甘い物好きだとは知らなかった」

「ですから、そんなことありません、って」


 二人のやりとりにファーレンシアは笑う。


「カイル様にご希望は?」


 カイルは考え込んだ。専属の護衛は身近な付き合いになるのかもしれない。神経質な人間は回避したい。


「僕に振り回されても平気な忍耐強い心の広い人がいいなぁ」

「……」

「……」

「貴方はディム・トゥーラを振り回している自覚はあったのですね」

「なんのことだろう」


 カイルはとぼけた。

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