第2話 街①

 翌日、カイル達は街へでかけた。

 セオディアとファーレンシアが案内に同行したので、当然護衛もついた。だがそんなことは気にならなかった。


 街は活気に満ちあふれていた。空から見た時には、気づかなかったものが多数あった。そこは研究者にとって、魅力ある情報の宝庫だった。


 城から出ると、やや複雑な通路を降りていく。

 身分差で住居区が分かれているとセオディアが告げる。その違いはよくわかった。城の周囲は石造の背の高い建物が多く、通路を降りるに従い木造建の比率が大きくなる。おそらく貴族と平民の差であろうと推察できた。


 だが一番賑わっていたのは外壁に近い大きな広場だった。多数の天幕がはられている。

 戦勝を祝ういちが開かれていた。



 天幕の露天商が多数ひしめき、人が多かった。

 カイル達は目立つ髪色をフード付外套がいとうで隠していた。ファーレンシアも同様だ。

 セオディアはいつもの出で立ちだったので、民衆が集まりはじめていた。領主の視察として彼の登場を受け入れ、しかも歓迎していた。


 彼は民衆に好かれている、とカイルは感じた。


 領主という地位の者が民衆と対話するのは珍しいのではないのだろうか。セオディアは声をかけてくる民に、丁寧に対応しており、たまに陳情にも耳を傾けていた。

 注目はそちらに集まっているので三人は気兼ねなく露店の商品を吟味ぎんみできた。


 見たこともない果物がならんでいた。ファーレンシアが小銭を払うと試食ができた。林檎の味に似ていたが、見た目は紫色の桃のようだった。

 布地や革が多数売られている。既製品を買うより自分で作ることが主流なのだとファーレンシアが教えてくれた。

 見慣れない二本角の四つ足の動物は、「馬」で戦や馬車に使われるという。


「私達の世界の馬とはちょっと違いますね」

「ディムがいたら1時間は語ってくれそうだ」


 ファーレンシアが揚げたお菓子を買って、二人に手渡した。


「……美味しい」


 シルビアの賞賛にファーレンシアは頷く。


「子供から大人にまで好まれる一般的なものです」

「砂糖があるのですね」

「甘いものがお好きなら、まだおすすめのものがあります」

「大好きです」


 女性達は甘味談義かんみだんぎで盛り上がっている。

 カイルは楽器やおそらく楽譜であろう記号のかかれた羊皮紙をのぞきこんだ。


竪琴ライアーだな」


 民衆から解放されたセオディアがいつの間にか背後に立ち解説する。


「割と貴人は好む楽器だ。ファーレンシアが上手い。聞きたければ彼女に頼むといい。なかなかの腕だ」

「今度お願いしてみるよ」

「ところでシルビア嬢はエトゥールの言葉がしゃべれるようになっているようだが……」

「僕が教えた。すぐ覚えるのは僕達の特技だと思ってくれていい」

「それはうらやましい」

「視察はよくするのかな?」

「市場は世相を反映する。どこの地方が不作で、どこが豊作か如実にょじつにわかる。噂話も手に入る。気晴らしにもなる」


 セオディアは武器を取り扱う商人を指し示した。


「カイル殿にはこちらが必要ではないかな?西の民の件では丸腰だったときく」


 カイルは苦笑して首をふった。


「扱う自信はないなあ。僕の世界では殺人は禁忌きんきに近いものがある」

「なるほど、確かに精霊も血を好まない」

「僕は『精霊』とは無関係だ」


 セオディアが黙って露天商のテント上を指さす。

 赤い精霊鷹が止まっていた。



――なんでだっっっ!!



 顔を引きつらせたカイルにセオディアは笑いを噛み殺す。


「ファーレンシアが言ってた通りに本当に苦手だとは」

「苦手だ。認める。今も市場を駆け抜けて逃げだしたいほどだ」

「あちらはカイル殿に興味があるようだが」

「やめてくれ……もしかしてアレが何を考えているかわかるとか?」

「ある程度は」

「……なんて言ってる?」

頑固がんこだと」


 そう言ってセオディアが笑ったので、冗談なのか真実なのかカイルには判断がつきかねた。


「何か興味のある物はないか?案内をするが」


 カイルは考えた。


「城にはない書物のたぐいがあれば読んでみたいかもしれない」


 少し奇妙な間があった。


「そういえば、ファーレンシアがそのようなことを言ってたな。あの蔵書ぞうしょを全て読んだのか」


 カイルは頷く。


「古書はあちらの方にあるが、蔵書に含まれているかは判断がつくのか?」

「大丈夫」


 しげしげとセオディアはカイルを眺めた。


「……なるほど、拉致らちされるわけだ」

「え?あれは人違いの拉致らちだろう?」


 今度の間は長かった。


「……自覚がないのも困りものだな」

「?」


 セオディアはいきなりカイルのフードをぎ取った。




 金色の髪が太陽に反射すると市の喧騒けんそうが瞬時に消えた。

 なぜ、周囲が自分を凝視ぎょうしするのか、カイルには解らなかった。

「メレ・アイフェス⁈」

 歓声と叫びが起こった。




――なんだ、この反応は⁈


「セオディア様!」


 護衛役の男達が即座にかけより、近づく民衆からの壁になろうとする。


「ああ、ミナリオ。そのまま、彼等を5分ほど押さえておいてくれ。まかせた」

 騒ぎにファーレンシア達も気がついて、かけよってくる。

「さて、逃げるぞ」


 誰のせいだ――っ!


 四人は大混乱の市場から脱出をはかった。




 セオディアの先導でいちから少しだけ離れた路地ろじにたどりついたとき、ファーレンシアはすごい剣幕で兄に抗議した。


「お兄様! なんてことをするんです! フードをかぶれと命じたのはお兄様ではありませんか! いったい、どういうおつもりですか!」

「少し試してみたかっただけだ」


 セオディアは楽しそうに笑いをもらした。


「見事なほど、メレ・アイフェスのうわさが浸透している」

「お兄様!」

「ファーレンシア」


 息を整えたカイルは少女に問いかけた。


「メレ・アイフェスってどういう意味?翻訳ほんやくできないんだが、確か君が近衛隊このえたいを止めた時や聖堂せいどうで、きいた記憶がある」

「それは――」


 少しファーレンシアの目が泳ぐ。


みちびく者とか、導師どうしとかだな。初代エトゥール王を支えた賢者達を指すこともある。今、エトゥールには異国のメレ・アイフェスが二名ほど滞在中で、隣国の謀略ぼうりゃくを見破り、勝利をもたらし、死にゆくものを英知で救ったという噂でもちきりだ」


 カイルとシルビアは知らない噂に唖然とした。


「だから自覚がないのは困りものだと言ってるのだ。先日の暗殺者の件は人違いでもなく、カイル殿を狙ったものだ。ご自分というものを過小評価しすぎではないか?」

「いや、でも……」

「待ってください、カイル」


 シルビアが会話を遮った。


「今、『暗殺者』という物騒ぶっそうな単語は私の翻訳ミスですか?」


 ヤバい。カイルは焦った。


「いや、あっている。シルビア嬢の学習の進度は素晴らしい」

「お兄様、そう言ってるそばから護衛を置きざりにするとは何事ですか」


 ファーレンシアがいい点をついたが、それは藪蛇やぶへびになった。


「カイル殿なら大丈夫だろう。何せ剣のを砕いたそうだから」

「刃を……砕く……?」



――この男はシルビアの前でわざと話題を出している!



 カイルはがしっとセオディアの腕をつかみ、小声で言った。


「僕が悪かった。頼む、黙ってくれ」

「おや」


 セオディアは面白そうな顔をした。


「シルビア嬢には聞かれると困ると」

「困る」

「口止め料はそれなりにするが?」


 カイルは第一印象を修正した。若き領主は頭がいいのではない。頭がいいに加えて狡猾こうかつなのだ。


「……僕に何かさせたいわけ?」

「話が早くて助かる」


 セオディアはカイルにだけささやいた。


「西の民が、カイル殿の同席を条件として和議わぎの場への出席を了承した。これにつきあっていただきたい」

「え?」


 そこへ息を切らした護衛達がセオディア達に合流したため、話はそれ以上することはなかった。




 ほとぼりが冷めてから、四人は再びいちに戻った。

 シルビアはセオディアに先程さきほどの質問を続けようとしていた。


「セオディア・メレ・エトゥール、先程のカイルが――」

「シルビア嬢、甘味に興味があるそうだな?」

「え?」

「あちらの露店の菓子は絶品で大人気だ。いかがかな?」


 彼は完璧なエスコートとともに彼女の興味がありそうな露店を案内しけむにまいていた。ファーレンシアとシルビアの甘味談義を聴いていたのだろうか?要点を押さえすぎている情報収集能力だった。

 後ろからファーレンシアとともにそれを見ていたカイルは思わず感想を述べた。


「……君の兄上は、曲者くせものだなあ」

策士さくし腹黒はらぐろですわよ。油断なさらないでくださいませ」


 意外にも妹の評価の方がひどかった。


「でも」

 少女はセオディアの背中を見つめて言った。

「兄が久しぶりに楽しんでいる姿を見た気がします」

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