第4話 専属護衛

 翌日の午後、談話室でシルビアとカイルは待つように言われた。

 待っている間、暇をもてあまし、シルビアはウールヴェにせっせとお菓子を与えていた。意外にこの小さな毛玉生物は大食たいしょくだった。

 ビスケットをポリポリと噛み砕いていく。シルビアは実験的に様々なものを与え、この動物に好き嫌いはない、という結論に達した。

 ウールヴェも個性があるようで、カイルのウールヴェはよく寝るタイプだった。今も肩の上で惰眠だみんをむさぼっていた。


「……使役できるように見えないなあ」

「どのくらい成長するか謎ですね」


 しばらくすると30代の男女を連れてファーレンシアが部屋に入ってきた。


「ご紹介します。ミナリオとアイリです。兄が推薦すいせんした専任護衛候補です」


 男性の方は昨日の街に護衛として同行していたことに、カイルはすぐに気づいた。

 二人は深く一礼をした。彼等は近衛隊このえたいの制服ではなく、カイル達と同じ長衣ローブ帯剣たいけんしていた。

 目立たないための配慮かもしれない。


「ミナリオと申します」


 穏やかそうな男だった。身長はカイルと変わらないが、近衛兵らしく体格はがっしりとしていた。


「アイリと申します」


 小柄の女性は侍女と言われても違和感のない地味さがあった。二人ともエトゥール人に多い赤い髪だった。

 二人は正面に腰をおろした。案内してきたファーレンシアはカイル達の方に座る。

 登用とうようの面接というわけだ。


「なんでも彼等に尋ねてください」


 シルビアはファーレンシアの言葉にうなずいた。


「どんな経緯でセオディア・メレ・エトゥールから声がかかったのか聞いてもよろしいですか?」


 シルビアが質問を投げる。

 代表して答えたのはミナリオだった。


「以前から異国からのメレ・アイフェスに専任で護衛をつけると噂がありました。具体的に話が進んだのは西の民の事件の翌日でしょうか。近衛隊内部で希望者を募り、後日メレ・エトゥールが自ら候補者を絞りました」

「と、いうことは、お二方とも希望されたのですか?」


 二人は頷いた。


要人ようじんの専任護衛は名誉ある職ですから。責任は軽くはありません。メレ・アイフェスに何かあればエトゥールの評判にもかかわりますので」


 賢者を守護できなかった国とレッテルが貼られるみたいなものか。カイルの想像以上に面倒臭い事態になっていた。

 ――――自覚した方がいい。

 セオディア・メレ・エトゥールの警告は正しい。


「異国出身の私達につくことは、よろしいのですか?考え方とか差異がかなりありますよ?」

「それについてもメレ・エトゥールから説明がありました。メレ・アイフェスは血を好まれないので、殺傷さっしょうを控えて襲撃者を撃退できる腕が必要であると」


 カイルは慌てて訂正をいれた。


「君達を犠牲にしてまで回避したいと我々も望んでいるわけではないけど」

「わかっております」


 にこりとミナリオは頷く。


「あと、こちらの風習等にうとむねも伺っております。それを補完する付き人と思っていただいても結構です」

「アイリの腕は私が保証します。私の近衛でしたから。ついでに彼女はお菓子作りの腕も職人級です」

「あら、素敵です」

「シルビア様はアイリで異存はありませんか?」

「はい」


 シルビアが甘味で陥落したっ!セオディア・メレ・エトゥールは絶対にそこまで計算しているっ!


「カイル様はいかがですか?」


 カイルは迷っていた。セオディアの思惑通りに事がすすむことに抵抗を覚えた。この間からやられっぱなしが悔しいという本音もある。


「あなたはセオディア・メレ・エトゥールの近衛隊?」

「はい」

「メレ・エトゥールが、あえてあなたを推薦した理由はなんだろう?」

「実は今回推薦されたことに同じことをメレ・エトゥールに尋ねました。お答えは、腕がたつ、他民族に偏見をもたない、メレ・アイフェスに好意的であることに加え……」

「加えて?」

「私の胃腸が隊の中で一番丈夫だからと」


 はい?


「カイル様が引き起こすことは、繊細な者では精神がもたず、身体を壊すことが予想されるので、図太いタフな私を推薦したそうです」

「……それ本人ぼくに明かしていいの?」

「むしろ伝えることを推奨されました」

「――」


 女性全員が手で口を抑え肩をふるわせている。


「もしそれでもカイル様が了承しなかったら奥の手を使えと」

「奥の手?」

「私の実家が商いをやっていますからお望みの古書を手に入れることができます」

「――」



 カイルの「勝てない相手リスト」の第二位にセオディア・メレ・エトゥールがランクインした。




 専属護衛になった二人は優秀だった。

 エトゥール独自の習慣を細かく新しい主人に伝授し、街の散策にも嫌な顔せずに同行してくれた。また、彼等の護衛能力は文句のないものだった。

 一度など街でシルビアの財布を狙った窃盗犯スリの腕をアイリがつかみ、瞬時に地面に組み伏せた。


「……見事だ」

「……神技かみわざですね」

 カイル達は目の前で展開したあざやかな捕縛劇ほぼくげきに感心した。


 時間があればアイリはシルビアを魅了する焼き菓子をつくり、ミナリオは手にいれた古書を本当に持ってきてくれた。

 ファーレンシアをまじえて談話室や中庭でお茶をしながら、アイリの新作菓子を食べるというのが、シルビアの行動ルーチンになりつつあった。


――シルビアへの袖の下はアイリの菓子、とカイルは記憶に刻んだ。




「カイル様、ご相談があるのですが……」

「なんだろう?」

「実は城の蔵書と、未読の書の判別に手をやいてまして……」


 古書の手配より、蔵書との重複かを確認する方に、時間を費やしている現状をミナリオに相談されたカイルは即解決案を提示した。


「蔵書目録を作ろうか?」

「それがあれば大変助かります」


 カイルはいきなりそばにあった羊皮紙にすさまじい勢いで書き出した。ミナリオはあっけにとられた。


「……カイル様、何を?」

「ん?蔵書の題名と作者の目録」

「……まさか全て記憶しているのですか?」

「しているよ」

「――」


 カイルは羊皮紙に蔵書の表題の全てを書き出した。話をききつけてセオディア・メレ・エトゥールがそれを見にきた。


「……なるほど」


 セオディアは目録の中身を確認してカイルに告げた。


「カイル殿、執務室に絶対に読んだことのない持ち出し禁止の書があるんだが明日にでもいかがかな」


 カイルは釣られた。





 翌日セオディア・メレ・エトゥールの執務室を訪れると、カイルに与えられたのは恐ろしい高さに山積みされた羊皮紙の二山だった。


「……何これ」

「カイル殿が絶対に読んだことのない書だ」


 セオディアはきっぱりと言った。


「そちらの控えと齟齬そごがないか確認しつつ、好きなだけ読んで構わない」

「……」



 詐欺さぎだっ! これは別名書類整理と言わないかっ⁈



 確かに彼は「古書」と言わずに「書」と言った。詐欺師さぎしに完敗である。


 だが、やり始めるとこれがなかなか面白いことにカイルは気づいた。

 地方の特色やセオディアがどのような領地の治め方をしているかがよくわかる。親書や税制改革の命令書もあった。

 カイルは法律・通達・命令・許可の羊皮紙の束を整理して、間違えている写しや控えのないものを抜き出していった。

 陳情に対する返答や地方援助の書もあった。


「メレ・エトゥールは南の地方贔屓びいきなんだね」

「そう思うか?」

「ずいぶん南の地方に援助している」

「そうか、気をつけよう」


 セオディア・メレ・エトゥールは机で仕事を続けている。

 たまにカイルに質問を投げてくる。


「西北のカーナの街の税率はいくらだったかな」

「25%だ」

「南のサリテンは?」

「14%」

「そうか」



 外部記憶装置扱いされているっ! しかも検索機能付きでっ!



 まあ、面白いからいいか、とカイルは羊皮紙の束を読み漁った。

 午前中はそれで時間がつぶれたが、午後の休憩時間になるとセオディアは部屋付きの侍女にお茶の用意をさせ、一冊の古書をカイルの目の前に出した。


「……本当に古書があったんだ……」

「持ち出し禁止のたぐいなのでここで読むことが条件だ」

「……読みたければ、ここに来いと?」

「そういうことになる」


 執務室にくれば、書類整理と外部記憶装置扱いが目に浮かぶ。古書への欲求とセオディアの謀略ぼうりゃくへの抵抗がカイルの脳裏で綱引つなひきをしていた。


「執務室の蔵書はまだまだある」


 ぷちっと綱引つなひきは古書への欲求が勝利した。カイルは了承の印に書籍を受け取った。


えさは小出しがいい」

「はい⁈」

「もちろん、ウールヴェの餌付けの話だ」


 セオディアは涼しい顔でお茶を飲んでいる。

 絶対に嘘だっ!

 部屋に控えているセオディアの専属護衛と、ミナリオが肩を震わせていた。




 全く同じ手法で、観測ステーションのディム・トゥーラが協力者をこきつかっていた事実を知り、カイルが複雑な気分におちいるのはまだ先の話である。

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