三 土地
これで、事故物件でないことはわかったんですが、あの不気味な気配は確かに感じますし、時折、黒い靄のようなものも実際に目にする……じゃあ、あれはいったいなんなのか?
アパートに原因がないんだとしたら、後はやっぱり、この土地自体に何かあるとしか考えられない……。
不動産屋はただの野っ原だったって言ってましたが、もしかしたらもっと古い時代には墓地だったり、刑場だったり、あるいは古戦場だったりするかもしれない。
もう、怖いからというよりも、好奇心からと言った方がいいのかもしれませんね。
あの気配の正体がどうにも気になったN君は、その町の図書館に行ってこの地域の歴史について調べてみることにしたんだそうです。市町村史ってやつですかね。そういう地元の歴史についてまとめられた厚い本なんかを使って。
そうしたらですよ。どうやらそれらしいものを見つけたんですね。
掲載されていた町の地図は至極簡単なものだったんですが、その●印の付いている位置や場所の説明からして、どうみてもそこなんだ。
不動産屋がなんにも使われていない野っ原だったって言ってたじゃないですか? あれはまあ、確かに本当の話だったんですが……その使われていなかった理由っていうのが、ちょっと奇妙なものなんですね。
そこ、昔は〝おどろヶ原〟って呼ばれていましてね、「おどろ」っていうのは「おどろおどろしい」だとか「恐ろしい」というような意味合いなんですが、真ん中に小さな沼のある、草ぼうぼうの荒れ果てた原っぱだったそうです。
で、なんでそんな名前が付いたかというと、その真ん中にある小さな沼に、何か
それで、田んぼや畑にされるようなこともなく、ずっと何もない野原のままだったんだと。
N君、この話を知って、思い当たる節があった。
そう。あの気配がする時に感じる湿った泥のような臭いですよ。
あれがその沼に由来する臭いだとすれば、妙にすんなりと納得がいく……あの気配は、その沼にいたという〝化け物〟のものだったんですね。
そんなことで、ずっと手を付けずに放っておかれた〝おどろヶ原〟だったんですが、バブル期になると土地を遊ばせておくのももったいないということで、もとの地主が売り払い、開発業者が沼も埋めて醸成すると、彼が住んでいるあのアパートを建てたっていう、まあ、そんなわけです。
だから、その沼にいた〝化け物〟が、今も変わらずにあのアパートに住みついているんですよ。
ともかくも、そうしてようやく気配の正体はわかったんですが……でもね、正体がわかったとはいっても、それがいったいどのようなものなのかは依然謎のままなんです。
その本にもただ〝化け物〟と書いてあるだけで、それがなんなのかにはまったく触れられていない。
他にも地元の伝説だとか昔話だとか、いろいろ当たってみたんですが、〝化け物〟が人間の霊なのか? 妖怪なのか? あるいは狐や狸なのか? 神様の類なのか? どこにも詳細な記述は見当たらないんです。
ただ、これ、別に珍しいことじゃないんですよ。
妖怪っていろんな種類がいて、それぞれ名前がついてるイメージがあると思うんですが、そうなったのってじつは江戸時代も後の方になってからなんです。それも文化人から始まったもので、もともとの地元に伝わる伝承では滅多にそんなことはない。
それまでは何か怪異があったとしても、ただ、化け物とか、物の
おそらくこの沼の〝化け物〟も、そんなもともとの素朴な伝承の姿をよく留めていたんでしょう。
ですが、それにしてもその化け物についての情報量が少ない。その姿はもちろん、何をするだとか、そんな特徴もなんにも書いてないんだ。
けっきょく、わかったのは「この土地には何か〝化け物〟がいる」ということだけなんですね。
正体がわかったような、わからないような……なんだか消化不良のまま、N君はなおも不気味な気配に悩まされつつ、半年くらいそのアパートに住んだ後に引っ越したそうです。
ちなみにN君、最近、その辺りで用事があったんで、ついでにちょっとそのアパートがどうなっているか見に行ってみたようなんですね。
まあ、かれこれもう10年以上も経っているんで、建て直したのか? あるいは改修工事をしたのか? 建物はずいぶんと新しくなっていたようですが、まだそこに、変わらずアパートはあったそうです。
そして、N君が何気ない通行人のフリをして覗っていると、入学シーズンでもないのにその前には業者のトラックが停まっていて、女子大生らしき女の子が引っ越しの作業をしていたんだとか。
あのアパートには相変わらず、今も
(何かがいる。 了)
なにかがいる。 平中なごん @HiranakaNagon
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