二 事故物件?

 一方、この頃になると、大学にも慣れて、仲のいい友達も何人かできたんですけどね。その仲良しグループの中に一人、霊感が強くて、生きてる人間と同じように霊が見えるっていう女の子がいたんです。


 これはちょうどいい。いったいあれはなんなのか? ちょっとその子に見てもらおう……。


 そう考えたN君は、他の友人達と一緒にその子を自分のアパートへ遊びに来るよう誘ったんです。その子だけ誘ったんじゃ、新手のナンパかと誤解されちゃうかもしれませんからね。


 もちろん、事情を話して断られたら困りますんで、あの気配のことは内緒にして。


 すると、友人達も特に断る理由もないですから、ああ、いいよ。じゃ、遊びに行かせてもらうよ…と二つ返事で彼の部屋へ来たんですけどね。


 若い学生達ですから、みんなでお好み焼きを作ってわいわい食べたりなんかして、一見、特に変わりもなく楽しんでいたんですが……N君がこっそりその霊感のある女の子の様子を覗っていると、やっぱりどうも変なんだ。


 霊感があるとはいっても、いつもはそういうタイプとは思えないくらい、明るく活発な女の子なんですけどね。その日に限ってやけに静かなんです。その上、目だけをキョロキョロさせて、何かを警戒しているような、そんな感じなんですよ。


 そこで帰り際に、他のみんなには聞こえないよう、そっと彼女に訊いてみたんだそうです。


 ねえ、もしかして、何か見えた?


 すると、彼女は驚きもせずにうん…と頷いたんですが、なんだか釈然としないといった感じなんです。


 そこでN君は、ねえ、何が見えたの? と重ねて尋ねてみたんですが、彼女はなぜか、うーん…と考え込んでしまったんですね。


 ねえ、いったいあれはなんなの? 俺には黒い靄みたいなものに見えたけど……。


 もう一度、N君はその子に訊いてみたんですが、彼女はやっぱり首を傾げながら、うーん…何かいるのは確かなんだけどね、あたしにもなんだかよくわからないんだよ。いつもはもっとはっきり見えるんだけど、人間の姿なのかどうなのかもよくわからないんだ。こんなの初めてだよ…と、そう不思議そうに答えるんです。


 その子に見てもらえば、解決しないにしても何かわかるんじゃないかなあ…と期待していたN君は、内心、ひどくがっかりするとともに、正体のわからないその何か・・をよりいっそう不気味に感じるようになってしまいました。


 そうして、毎日、謎の気配に怯えながらも、なんとか気にしないフリをして悶々としばらく過ごしていたんですが、そんなある日のこと。


 彼の部屋は一階なんですが、大学に行こうと部屋を出た時、二階の住人が引っ越し作業をしているのに出くわしたんですね。


 その人は一人暮らしのOLさんだったんですが、N君と同じ時期に引っ越して来たんで、顔を合わせると親しく挨拶するくらいの仲にはなっていたんですね。


 そのOLさんが業者のトラックへ荷物を積み込むのに立ち会っていたので、いつものように声をかけて、こんにちはぁ。ああ、お引っ越しなさるんですねえ …と挨拶したんです。


 でも、よく考えたら変なんですよね。転勤シーズンでもないですし、まだ入居して間もないのに、なぜこんな時期に突然引っ越すことになったのか……あれ、もしかして、彼女も自分と同じ・・・・・なんじゃないかな? と、ふと思ったんだそうです。


 そこで、N君は背後のアパートの方をチラっと目で指し示すようにしてから、あの…もしかして、何かありました? と訊いてみたんですね。


 するとOLさんは、えぇ、まあ…と苦笑いを浮かべながら曖昧に答えるんです。


 それを見て、ああ、やっぱりだ…と彼は確信したそうです。


 いや、はっきりと彼女がそう言ったわけじゃないんで、彼の思い違いかもしれませんがね。でも、仕事の関係とかなら、はっきりそう言うでしょうし、もっとプライベートの理由だったのなら、別になんでもないですって誤魔化すような気がしますよね。


 それが、否定もせずに肯定したっていうことは、そう考える方が自然に思えるんです。


 これで、ますます確信に変わったN君ですが、OLさんの一件で新たにあることにも気づきました。


 よく聞くいわゆる〝事故物件〟の話とかだと、その体験者の借りた部屋だけで霊現象が起こるものですが、ここの場合、そうじゃないんだ。


 二階の彼女の部屋でもってことは、たぶんこの二部屋だけじゃないですよね? おそらくこのアパート全体にあの不気味な気配の主は現れているんですよ!


 それに、ひょっとしたら部屋ではなく自分自身に取り憑いてるんじゃないか? という疑いもわずかに持っていたりもしたんですが、これはもう明らかにアパートの方に原因がある代物だ。


 で、その原因として一番考えられるのは、やっぱりここで自殺なり殺人事件なり、何かがあった〝事故物件〟だということです。


 不動産屋はそんなことぜんぜん言ってませんでしたが、事故後に住人を一人間に挟めば、法律上、告知する義務はないんですね。だから、わかっていて故意に隠している可能性だってある。


 これはもう問い詰めてやらなきゃ腹の虫が収まらないという思いに駆られたN君は、すぐに不動産屋へ電話をかけて訊いてみたんです。


 すいません。変なこと訊きますが……もしかしてここ、事故物件とかじゃないんですか?


 そう、勢い勇んでストレートに尋ねてみたN君なんですが、すると不動産屋は、あ〜あ…と、動揺するでも、何か隠そうとするでもなく、なんというか、なんだ、またその話か…というような、どうにも意外な反応なんです。


 で、その後答えてくれた不動産屋の話によりますとね、よく住人からそうしたクレームが入るようなんですが、そのアパートが建ってからというもの、ほんとにまったく、そんな事件らしい事件は起きたことがないっていうんです。


 事件どころか、老人が孤独死したとか、そういう話もまったくと言ってない。いや、死人すらでたことはないんです。


 じゃあ、そのアパートが建つ前に何かあったのかというと、何か建物が建ったのもそのアパートが初めてで、それ以前はなんにも使われていない、ただの荒地というか野っ原だったっていうんですね。


 なのに、しょっちゅうN君のように事故物件じゃないかというクレームはくるし、OLさんみたいにすぐ出て行ってしまう住人も多い……。


 だから、不動産屋も持ち主の管理会社もたいへん困惑しているそうなんです。


 もし事故物件だったことを隠していたんなら文句の一つも言ってやろうと思っていたんですが、どうやら嘘は吐いていないようですし、すっかり肩透かしを食らってしまったN君は、いやあ、なんかすみません…と、逆に謝って電話を切ったそうです。

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