第6話

「いって! ああ、もう、本当、こんな作戦考えたの誰だよ! って、私か……」

 壁の中は全てが都市というわけではない。一部自然が残っている。そこに上手に入るように撃ち込まれた。それは、敵にも気がつかれないようにするために行ったのだが、もう一つは、コンクリートに体をぶつけたら死ぬと考えたからだ。

 木々の間から土の地面に落ちたのはまだ良かった。

 彼女はすぐに周りを確認した。


「よし、じゃあ、まずは、セーフハウスまで行くか」

 彼女はデバイスのマップを頼りにゆっくり確実に進んでいった。大通りは避けて通った。監視カメラの場所はあらかじめマッピングされていた。小道から小道へ。セーフハウスはそこまで遠くなかった。だから、そこまで困ることなくたどり着くことが出来た。少し寂れた家の前にたどり着く事が出来た。周りは閑静な住宅気が広がっている。ここまで来るのにそこまで時間はかからなかったが、外、つまり壁の外と内でここまでの差が生まれていることに少しばかりショックを覚えた。そのショックは怒りへと変わり、何かを変えなくてはならない、そればかりが彼女の心を占領していった。


 合い言葉を玄関先で唱えたあと、中から人が現れる。

「隊長、早く入って」

 彼女は中から出てきた人を見てはっとした。

 中から出てきた人は玄関を閉めるなり彼女を抱きしめた。

「ああ、久しぶり!」

 中から出てきたのは彼がよく知る人物。柚木だった。

「ええ、10年ぶりだね。でも、どうして、君は優良種なのに……」

「何を言ってるのよ。優良種とか劣等種とか、そんなのどうだって、良いって知ってるでしょ? 私にとって、ミリーは親友。小さい頃からあなたと一緒だった。あなたは、この国を変えるために戦っている。そんなあなたを手伝うのは親友の役目でしょ!?」

「ええ、そうね、そうだったわね。ごめんなさい。けど、どうやって、私達に接触したの?」

「ああ、簡単だったよ。いる人を見つけるよりもいない人を見つけたら良かったから」

「?」

「ああ、つまりね、ここには、いない人といる人がいる。彼の両親のように。この年の中にもかなり減ったけど、それでも確実にいるから。その人たちと接触するだけだったから……」

 彼女は涙ぐんでしまった。そして、次は彼女の方から柚木に抱きついた。

「ごめんなさい。こんな危険なことに付き合わせてしまって……。ゆずにもし何かあったら私……」

「大丈夫。私はミリーのためなら何でも出来るよ。でも、まさか、ミリーを助けるのに彼が関わってくるとは思ってなかったよ」

「いつか、彼が関わってくることは分かってたの。それは、あの人の願いだったから。でも、本当はもっと後に連れて行く予定だった」

「でも、彼が自分の能力を発揮してしまった。これが、問題なんだね」

 彼女は柚木に居間まで案内され、お茶を出してもらった。彼女にと手お茶を飲むのは何年ぶりか分からないくらいには懐かしいものだった。

「お茶なんて、いつぶりかな。こんなにおいしいものなんだね」

「ああ、外の世界にはないのか」

「いやー、あるにはあるんだけど、水の方がなんやかんやで応用が利くし、お茶を作るだけの水があれば、それを利用するから」


 彼女は、難民の生活を思い浮かべていた。難民の生活は悲惨だった。しかし、一つの救いがあるとすれば、人口のほとんどが都市部へと移ったため、地方では自然が復活し、水等の資源には恵まれていた。つまり、文明の生活は享受することが出来ない、と言うのが悲惨だとするならば確かに悲惨ではあるが、それでも、自給自足するにはなんとか出来た。しかし、農業などはその性質上行えない。なぜなら、大規模になればなるほどその管理と秘匿が難しくなるからである。しかし、地下の大規模施設を拠点としている彼女たちはそこで、色々と栽培はしているが、だからといってそれが難民全てに渡る量ではない。例え難民優先を掲げていたとしても、どうしたって前線を張る兵士に食料が優先されてしまう。


「……ごめんなさい」

「どうしてゆずが謝るのさ」

「私が無神経だったから……」

 彼女はその言葉に首を横に振った。

「違うよ。知らないだけ。それは、無神経からほど遠い。無神経って言うのはね、知った上で行う事だよ。ゆずはこれでまた知った。そうやって、私達のことを知ってくれたらそれだけで私は嬉しいよ」

 彼女は出されたお茶を飲み干して、少し真剣な顔をする。

「さて、少し真面目な話をしようか。今回の目的は、私達の幼馴染である、彼、つまり須藤智也の回収。その協力者として、ゆずが手伝ってくれる。ここに相異はない?」

「ないよ」

「理由は、まあ、言わないでおくよ。Need to knowの原則に従って、これ以上の理由は話さない。でも、君もそして、私も知っての通り、彼には特別な才能がある。つまりは、そういうことだね。ところでなんだけど、今、彼は何をしてるの?」

 彼女はおもむろに部屋に飾ってある時計を見る。針は19時30分をさしていた。大体の家庭で夕飯なり、お風呂なりと家族の時間が過ごされる時間だ。

「多分、ゲームしてるよ。あの例のゲーム」

「リアル・ウォー、ね」

「ねえ、ミリー、あの噂は本当なの?」

「ゆず、君がどの噂のことを指してそれが本当かどうかを聞いているかは、私はすぐにでも理解できるけど、それについて答えることは出来ないわ。もし、答えたとしても、君はそれをすんなりと信じることは難しと思うし、これは、実際に見ない限り、信じたくないような話だから」

 

 彼女の答えは存分にその噂の真実性を含んでいた。言葉の裏に隠されている真意に柚木が気がつくのにそこまで時間がかからなかった。

「ま、ゆず、今日からよろしくね。とは言っても、一週間くらいで戻らないと、次の作戦に支障をきたすから。じゃあ、明日からちょっとづつ、行動していくよ」

 彼女は笑顔で柚木に感謝を述べた。

 

 さて、少し雑談をしよう。

 金色の髪に青色の目。いかにも外の人、という風貌をした彼女は、純日本人を掲げる帝国の中で彼女は明らかに異端児である。それは、都市の内部における話である。よくよく考えてもらいたい。つい、数十年前までグローバリズムの波を持って、国際社会化して行っていた最中、民族主義が再び台頭した。それは、帝国内でも台頭し、圧倒的権力を持つに至った。そして、大陸へとその覇権を伸ばしていき、挙げ句の果てには、北の広大で不毛な大地へと進軍していった。しかし、その過程で占領した地域にはラーゲリが設けられ、そこで強制労働を強いられている民族が多様にいる。


 しかし、それより先に、帝国内で生まれた帰化日本人や二世、三世と同化していった「日本人」はどう扱われたのか、これは想像に難くない。彼らは最も最初に弾圧された「民族」の一つであった。もし、見た目だけで民族が決定されていくならば、我々は肌の色如何では決定することは出来ない。しかし、それを強行した。似非科学はさらに巧妙化し、魔術化した。いや、正確には無関心を基盤にしているからこそ、そういった事がまかり通る。帝国は「全ての民族の融和」を掲げている。明らかに誤謬している。しかし、それは帝国内において、もし、民族が一つしかなかったら、そもそもその誤謬は誤謬ではなくなる。「全て」という言葉も、全民族、ととるのか、「帝国が認める民族全て」という限定的全体と受け取るのかで、この「全て」が規定されていく。無謬性という絶対条件の中で、帝国は民族を単一化することを目的としている。つまり、この目的は達成されながら、達成し続けている、という矛盾すらはらんでいる。進行しながら、進行し終える。この矛盾は無謬性とはなんら関係はない。なぜなら、誰もそれを指摘しないからである。


 恐怖が団結を生み、そしてそれが鈍化、大衆化した果てに無関心へと変化する。恐怖は共有され、誰もが持つものとなり、そして、恐怖そのものが忘却の彼方へと追いやられる。でも、恐怖があった事実は消えない。そして、その恐怖はいつでもそこにある。ラーゲリはその象徴なのかもしれない。恐怖は今もある。しかし、それは目に見える形としてではなく、意味としてそこに残される。ラーゲリからの開放は恐怖からの解放とも言える。それでいて、しかし、都市にとっては恐怖が具現化していく。しかし、地方ラーゲリはそこまで力を持たない。報道も管制されている以上、その事実すら知られていない。ネットの奥底にあるのかもしれないが……。誰も気にかけることはない。気にかけたとき、それは、ラーゲリの中にいることになっているからだ。

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