第5話

 彼女は頭が痛くなってしまった。ここ数週間は何も良い報告がない。

「各隊は作戦が完了し次第、漸次撤退。撤退が完了した部隊から次の指示を待つように」

 彼女は無線で指示を出したあと、コーヒーを一口、口に含んだ。口に広がる苦みが何も出来てないことを思い知らされる。

「隊長、首尾はどうですか?」

「芳しくありません。やはり、オートマトンの能力は徐々に高くなっています。動きも機械とは思えません。おそらく、あの噂は本当ですね。それと、この映像、見てもらえますか?」

 彼女はアナログなカメラから昨日起こった出来事を部下に見せる。


「虐殺ですね」

「ええ、避難民キャンプに護衛部隊を付けたのが間違いでした……。また……」

 彼女はあまりにも悲しい顔をした。自分の採否でまた何十人も殺された。どれだけ、頭を使おうとも日夜攻撃が続く中で、休息もなしではどうしようもない。

「これを国際社会に発信するのはどうですか?」

「無理ですね。帝国は例外じゃない。世界各国で同じ事が再発しています。ビスマルクも泣きますね」

「ビスマルク?」

「ああ、19世紀に活躍した旧ドイツ帝国の宰相ですよ。『賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ』という言葉があってね、誰も歴史を学ばない」

「そういう俺もだめですね」

 

 彼女の部下は片目と片腕を失っている。だから、彼女の護衛を統括している。それだけ優秀な隊員だった。

「さて、どうしますか?」

 彼女はひたすら頭を使い続けた。次の作戦、次の戦略。敵をどう、殲滅するか。彼女たちにとって、一つ幸いなのは敵が同じ人間ではないこと。機械であること。量だけがあまりに多いが、人間相手の小火器で融通が利く。ただ、最近その装甲が少しずつ堅くなっている。

「少尉、例の計画は進んでいますか?」

「はい、少し待って下さい」

 少尉は片腕でデータを引き出した。

「はい、つつがなく進行しています。ただ、亜音速の弾丸に耐えられる銃はやはり対戦車ライフルを基盤にするしかありませんでした。それでも、重さは現行の小銃と大差ないほどまで抑えられたはずです。あとは、それを使う人だけですね」

「ええ、一人心当たりがあります。我々と同じ理念を抱いてくれるかは未定ですが」

「まあ、あなたの美貌にかかればすぐ落ちますよ」

「はは、殴るよ?」

 彼女はあまりにも何も映さずに真面目に拳を振りかざした。


「では、予定通り、私は上に上がります。あとのことは任せます」

「了解。ご武運を」

 彼女はあまりにも使い古された今にも落ちそうなエレベーターに乗って、地上に出た。数ヶ月ぶりの太陽に目がくらみそうだったが、すぐになれた。外には最低限の防衛兵器が備蓄されていたが、それも隠さなくてはならない、そう感じていた。少しばかり先に行くと開放したラーゲリを基地に生活空間が広がっていた。大規模な光学迷彩を行っているから空からは分からないが、しかし、陸地からは見られてしまう。地下空間を広げているがそれでも間に合うかが五分五分だった。

「「「「「ああ、ミリアリア隊長だ。ご武運を!」」」」」

 彼女の存在に気がついた難民たちが彼女の元に集まってくる。難民たちは皆違う髪色に、違う目の色をしていた。肌の色、言語も何もかも違っていたが、それでも、共通するところはあった。それは彼らがラーゲリから解放された人たちだった、という点にある。しかし、それ以上に彼女を信奉していると言う点で最も共通している。まあ、彼女の眉目秀麗さに目を引かれている、というのもある。


 彼女は用意されたジープに乗り込んで、町の近くまで走った。しかし、壁に囲まれた町は中に入るにはあまりにも難しかった。内通者が何人いてもかなりしんどくなってきている。帝国領内に都市と呼ばれる密集住居が第1区から54区まで存在し、第1区に皇帝がいる。それぞれは整備された道路でつながっているが、その間にある町はことごとく粛正されていた。つまり、ラーゲリ送りとなっていた。彼女たちは部隊を引き連れて各地方ラーゲリを開放していってはいるが、それはあまりにも小規模で問題ではあるが、大きな問題ではない。基本的には老人ばかりで、戦力にはならないが、その深い知識で貢献している。アナログな技術ほど、相手方には伝わらない。


 例えば、彼女たちが頼りにしている暗号は解読された経験を持つが、なんどでも、それを改良すれば使えるエニグマ暗号で構成されている。しかし、同じ暗号キーを二度以上使わない、という徹底で行っているためなかなか解読されない。というよりも解読しようとは向こうは思ってもいない。一番の理由は重要でないからだ。例え解読できたとしてもすぐさま暗号を変更するし、それを行おうとする相手、つまり帝国は機械化軍団である。そこに人が入り込むことはない。軍隊というのは完全に形骸化し、人の手によってではなく、機械が機械の手によって人間を狩っている。ただし、ラーゲリの管轄は警察に委ねられており、機械化軍と警察機構が緩やかな繋がりを持っている。つまり、ラーゲリの中で虐殺を行っているのは、今でも人間だった。効率よく、それでいて確実に。


 彼女にとって最大の誤算だったのは、レジスタンスとして活動し始めて、はじめて地方ラーゲリを開放したときそこを警備していたのも、そして、そのスイッチを押していたのも人間だった。彼女は最初機械だけを壊すと考えていた。しかし、最初に銃を撃った時、それは機械にではなく、人だった。


 しかし、大規模なラーゲリになればなるほど警備が機械、スイッチを人間が握るようになっている。だからこそ、彼女の中であまりにも不思議だった。戦場において、前線を張る兵士が機械化していったが、ラーゲリなどの収容施設を機械化することなく、人の手によって運営されている。施設の運営記録からどういった人間がその施設に収容されているのか、それだけでなく、それを監修する人がどういった出自なのか、そういったことが分かった。そして、収容されている人間も、そして、それを運営する人間も同様の立場にいる人間だと言うことが分かった。つまり、ラーゲリ内を運営する人間は帝国から非人間認定を受けた人間と言うことになる。彼女はそれに気がついたとき、歴史の皮肉だった。ゲットーを運営する際、ゲットーを組織した支配者はゲットー内を円滑に運営するためにゲットーに詰め込んだ人間の中から警察組織を組織させ、その人たちに運営させていた。そして、残忍になった。武器を持った同族が武器を持たない同族を縛り上げ、殺した。


 彼女が介抱したラーゲリでも同様のことが起こっていた。ニュースで語られる思想犯の再教育の末、釈放された、と言う話、それらが全て嘘だったと言うことはすぐに分かった。ラーゲリに積まれていた死体の数々。人間が人間を扱う態度ではなかった。開放したラーゲリから少し遠く離れたところに墓がおいてあった。それは、誰の墓かは分からない。しかし、そには『私達の罪が彼らの癒やしとなりますように』と。誰かがおそらく罪に耐えかねて作ったのだろう。


 ジープを走らせて壁の近くまで前哨基地にそれを隠した。木々の中に隠れた兵士が何人かであたりを警戒していた。その真ん中には大きなカタパルトが置いてある。それが、今回の作戦だ。ジープがやってきたのを見つけると男が一人駆け寄ってきた。現地のカタパルトの指揮を執っている兵士だ。

「隊長お久しぶりです」

「ええ、お久しぶりです。準備は出来ていますか?」

 男は敬礼して彼女の前に立つ。

「はい。こちらに、入り方の説明はおそらく受けているでしょうが、もう一度簡単におさらいしておきます。壁の高さは一律50メートルの高さで作られています。もちろん、その内側には100メートルを超える高層ビルが建ち並んでいます。入り方は大きく二つあります。一つはここからカタパルトで壁を上から飛び越える方法。もう一つは帝国が帝国となる前に使われていた地下水路を登っていくのがありますが、こちらの方はもう使えないでしょう。近年そこら辺にドローンにより警備が増加しました。おそらく大人数による攻撃を想定してでしょう。そのため、隊長一人だけならば、上から行くのが得策でしょう。ただし、一度使った入り口は二度も使えません。そういえば、帰りはどうなさるおつもりで?」

「ふふ、さっき、自分で言ってたじゃないですか。100メートルを超えるビルがあるんでしょ? 頼んでおいたものは?」

「もう、置いあります。本当にやる気ですか?」

「もちろん。それだけの価値がありますから」

「あなたが、そうおっしゃるなら、信じますが、その為に命を落とすのはいかんせん誰も納得できません。いいですか?」

「ええ、分かっています」

 しかし、彼女の覚悟は死を考えていた。それまでして、彼を迎えることは意味があった。それは、彼女だけではない。彼女が師と仰いだとある人との約束でもある。彼一人で何かが変わるとは彼女も一切考えていない。しかし、彼の持つ技術が、知識が、夢が帝国の何かを変えてくれるのだろう、と。


 彼女は体に器具を付け、カタパルトから発射されるのを待った。あまりにも無謀な作戦ではあるが入ることそれだけが難しいだけで、それ以外特に問題はなかった。セーフハウスの手配も済んでおり、そこに入ればいくらか行動が出来る。少しばかり変えなければならないところは多くある。まあ、それは飛んでからだ。彼女は久々に手に汗を握っていた。いままで一度たりともこんな無謀な入り方を仕方を行ったことはない。多分、これまでもなかっただろうけど。


「では、行きます! では、ご武運を!」

 男はカタパルトの発射指揮をとりながら、彼女を壁の向こう側へ飛ばした。

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