第4話

「どうして、こう、馬鹿なことばっかり言うの!?」

 昼休み、教室でただご飯を食べてる彼の元に、柚木はやってきて、バンバンと机を叩きながら詰問を続けていた。

「そんな馬鹿な質問だったかなー」

「そりゃ、馬鹿でしょ。いくら私でもあそこは取り繕って答えなくちゃならないことくらい分かるよ」

「どうして? どうして、あそこの場で取り繕わなくちゃならないの?」

 彼は至極真っ当な質問をしたのだろう。きっと。

「空気を読む気はないの?」

「ない。あと、そんな空気は消えてしまえと本気で思う」

「あのね、誰も彼もが君のようじゃないんだよ。君はお父さんにそうするように癖づけられてきたのかもしれにけど、他の人たちはほとんど違うんだよ。哲学者なんて今では絶滅したんだから」

「ああ、収容所でね」

 あまりにも大きな声であまりにも大事な皮肉を言い放つ。


 帝国が版図を広げていったとき、学問領域で最初に従属したのは理系分野だった。そして、その従属と共に国民感情は一気に領土拡大と世界支配へとシフトしていった。そして、最後の最後まで抵抗を続けていったのが哲学だった。どの学問にも属していながら、どの学問よりもその深淵を覗き込む彼らは国家に対する反逆精神を持つものとして扱われ、思想犯として収容所へと収容された。有能な学者はそうやって収容所へと送られ、今となっては大学は理系専門で、言語がどうにか残ったが、哲学という分野は消え去った。だからこそ、今、大学内で大きな矛盾をはらむに至った。歴史的に哲学が学問の基礎を為すとされてきた。それは一定の独立を果たすことが出来たが、しかし、物事を探求するという姿勢は哲学の本質でもあり、学問の姿勢として至極当然であった。かの有名なアインシュタインですら、彼は自らを物理学者と考えながら、どうじに形而上学者でもあった。

 単一民族と同等の、もしくはそれ以上の矛盾をありとあらゆる形で現在内包している。


「ほんと、嫌みなこと言うよねー。それは、無意識にやってるの?」

「うーん、半分無意識で、残りの半分は皆が理解する以上に速く頭が回ってるからかなー」

「ああ、はいはい、分かった分かった。どうせ私は君の思考について行けないですよー」

 彼は弁当箱に入っている卵焼きを頬張る。

「本当好きだよねー」

「何が?」

「卵焼き。毎朝自分で作ってるんでしょ?」

「まあ、それが楽だから」

「たまには違うの作ったら?」

 彼は箸を止めて考えるそぶりをするが変えるつもりはなかった。

「まあ、変えるつもりがないのは分かってるけど、あ、そうだ、私の分も作ってよ!」

 柚木はたった今ひらめいたかのように言ってみせるが、実のところ昔から言いたかったことでもあった。


「えー、面倒だよ。ていうか、柚木、自分で作れるじゃん」

 柚木はほっぺたを膨らませて、ぶーぶー、と親指を下に向ける。周りの視線がどうにも彼の元へと注がれていく。彼はその視線に耐えきれなかった。おかしなことに、彼は周りとは異なる意見で目立つことには誇りを覚えるのだが、こういったことで注目を集めるのは苦手だった。だから、話をできる限り終わらせるために折れることとした。

「分かったよ。はあ、ゲームの時間短くしないと……」

 それ以降、柚木の話に身が入らなかった。


 昼休みが明けると、午後からどういうわけか臨時の全校集会が開かれることとなった。大半がその集会を喜んだが、彼だけはそうはいかなかった。臨時の全校集会がどういった内容かがすぐに分かったからだ。分かると次におっくうさが彼を襲った。彼は学校を代表してではなく、ただ、自分の腕を試してみたくて参加し、優勝したにすぎないからだ。だからこそ、行く必要性が見当たらないのだ。

「まさかだけど、今からサボるとか言わないよね」

「まさかだけど、僕がサボらない、と答えると思っていないよね?」

「やっぱり……、はあ、どうしてそう反抗するの?」

「だって、僕はこの国が大嫌いだからだよ」


 彼は最大級の皮肉を柚木に向けるが、それは筋違いである。彼もそれが分かっているが、分かっていながら柚木に皮肉を述べた。

「それを向けられて、どうしろって言うの?」

 柚木は少しばかり怒りを彼に向ける。

「ごめん、少し調子に乗りすぎた。でも、まあ、サボるよ。そういった名誉? のためにあの大会で優勝したわけじゃないから」

「けど、勝ったんでしょ? じゃあ、そのことだけでも誇ったらどう? 学校からの名誉ではなく、自分が勝ったという証明のためにもらったら?」

「いやー、だって、家にトロフィーはあるし、何なら賞金もたんまりもらったからなー。どちらかというと、君に捧げたいとも思っているのに……」


 彼は少し意識的に柚木に向けて語りかけた。柚木もそれにすぐ気がつく。だから顔を真っ赤に染めて急いで目をそらした。

「もう、調子乗りすぎ! 褒めてた私が馬鹿みたいじゃん」

「馬鹿でしょ?」

「何をー」

「ま、と言うことでサボります。賞状受けとっといて。代理人って言うことで」

 そう言い放つと彼はあまりに身勝手に荷物をまとめて教師に見つからないようにそうっと学校を出て行った。彼にしてみれば簡単だった。スナイパーという特性上、敵にその姿をさらすと言うことはほとんど「死」を意味している。リアリズムをかなりのレベルまで追求したリアル・ウォーにおいて、ステルスというのはかなり重要な要素を占める。彼がそのゲーム内で最強と言われているのは、射撃性能、感、先見観、体術、そして隠密だった。


 彼は家路を急いだ。実のところ柚木と話しているときも、そして授業の時はなおのこと昨日の写真が頭の中をよぎってしかたがなかった。どうしても、その意味を知りたかった。彼は自ら覆い隠されている何かを見たくて仕方がなかった。


 彼は元来好奇心が旺盛な少年だった。それは先にも言ったように彼の父親が学問人間だったことに起因する。そして、彼が反社会的態度をとるのも幼い頃、両親が収容所に送られたからである。彼もまた再調整という名の集団医療教室へと送られ、思想教育を施されたからである。彼は従順と反骨精神を同時に会得し、それを使い分けてきたが、彼の自虐癖があるからか、自分も両親の元へと行きたい、と言う欲求が大きく存在していた。しかし、彼はいくら待てどもそう言ったことにはどういうわけかならなかった。それは彼が帝国へと反抗するだけの意志を持つに十分とも言えた。もう、生きているかすら分からない、声も、顔も、匂いも全て忘れてしまった家族の記憶を持ち続けること、それが彼にとってあまりにも苦しく、重い反抗だった。だからこそ、彼は自虐癖を持ってしまった。彼は彼自身で彼を傷つけることでその怒りを、絶望を払拭しようとしていた。


 しかし、彼のプレースタイルからも分かるように、彼はあまりにも慎重だった。それはおそらく父親譲りなのだろう。計画し、実践する。彼は、それを繰り返した。いくらかの直感も必要だが、戦場で、彼は骨の髄まで兵士であり、士官というクラスが残っているなら、彼は今頃士官候補生となっていただろう。現場に出ることお固持し続けるなら、中隊指揮官クラスだろう。


 彼は家路を急ぎながら端末を開いて、SNSを確認する。『リアル・ウォーに新たなアップデート! 凍原地帯追加!』『本当は凄く快適! 再教育施設の実情』『パルチザン大規模摘発。恒久平和はいつ訪れるのか!』『戦場の現実! それは桃源郷』『あの有名バンドが新曲を発表!』『帝国政府は旧大国へ技術提供を持ちかける』


 SNSを確認しながらスクランブル交差点へとさしかかったとき、大きなスクリーンからニュースキャスターがニュースを読み出した。

『ニュースをお伝えいたします。本日未明より発生したリアル・ウォー内でのバグを修正するべく、大規模アップデートが実装される予定です。リアル・ウォープレイヤーの皆さん、ご注意下さい。』

『続いてのニュースです。ラーゲリ送りになっていた思想犯35名が本日釈放され、社会復帰しました。我々の同志を過去のわだかまりをかなぐり捨てて手を取り合いましょう。帝国の未来は明るい未来です。』

 いつものようにスクリーンからはプロパガンダが垂れ流されていた。道行く人たちのほとんどがそのスクリーンから発せられる情報に耳を貸すことはない。なぜなら、耳にはイヤホンがつまっており、そのような音が入ってこないからである。しかし、だからこそ、彼らは無意識のうちに情報の取捨選択を行っている。大事な情報は全てSNSという海の中に転がっている。そして、彼らにとってそれは正しいかどうかなんて関係がない。ただ、自らの思考から外れることのない、範囲内であることを確認するだけである。何も重要なものはない。今日も変わらない日常を過ごせればそれで良い。


 彼は考えることをやめてただひたすらに家路を急いだ。SNSを閉じたあと、ポケットに入れていたが、それもつかの間、ひたすら電話が鳴っている。おそらく、表彰式をサボったことを学校から文句を言うためだろう。彼はそれを徹底的に無視を続けた。彼はあまりにもうるさく鳴り続ける端末を捨て去ろうとまで考えたが、それは愚の骨頂と思い立ってやめた。その代り電源を切ることで対処しようとしたが、メッセージが来ていることに気がついた。彼は電話を留守電に切り替え、メッセージを開いた。


『私はあなたを知っている』


 たった一言だけだった。

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