宇宙船子宮号

晴れ時々雨

🚀

その日の彼女は作業準備室に装備された右側の宇宙服を選んだ。まさに運命だと思った。この宇宙船が本部と連絡がつかなくなる以前から彼女が左に験を担ぐのを知っていた僕は昨夜左の宇宙服に穴を空けておいた。僕の手が止まったことに気づき、占いをみたのと彼女は言った。何年も前の録画の占いだった。


無重力状態におけるアサリの生態と育成について調査する任務に抜擢され地球を出発した僕らがアサリたちより先にそうなってしまったのは所長の思う所だっただろうか。

とにかくなんだかんだで研究が長引き、遂に地球との臍の緒が絶たれた宇宙船は殆どの無の中に浮かぶ孤立した胎盤だった。僕らは羊水の中で子孫繁栄作業をした。

考えるとすごく馬鹿らしいが、人間には流れというものがあり、それに身を任せる習性がある。

僕も彼女もヒトであることを重んじ、コトを成した。そうしなければヒトであることを放棄してしまいそうだったから。僕らはセックスで正気を保った。

どこへも繋がらないカメラも無意味な時間を報せる時計も無視して、疲れ切って眠るしかなくなるまで抱き合った。彼女から漏れた精子が何度も宙を漂い、彼女はくすくすと笑いながらそれを舌で追いかけた。

それから幾日か過ぎ、ある日を境に彼女が時を気にし始めるようになった。詳しく言えばカレンダーを。カレンダーなんてその頃には季節を追う用途ではなく、ある日を起点に日付を追う道具でしかなかったがそれで十分だった。

備品の残量をチェックする際、生理用品の数に変動がないことを発見し、僕たちの体が生物的な機能に欠陥のないことを確認した。

生殖活動の末、繁殖に成功していた数個のアサリを味噌汁に仕立てた日、寝息を立てる彼女を見てから作業準備室へ赴いた。

僕がしたのは生殖行為ではなく愛慾行為だ。その思いが頭の片隅から消えることはなかった。

ここは人が辿り着いたひとつの未来の形かも知れない。けれどそれ以上の未来に希望を抱くほど僕は生命力に自信がなかった。

もう何日も前から船外活動を促す警告灯が点滅している。僕のランプはとっくに警報を鳴らしている。脳を揺らすバイブレーションが作動する中、彼女の枕元では大昔の明日の占いコーナーが子守唄代わりにリピート再生されている。

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宇宙船子宮号 晴れ時々雨 @rio11ruiagent

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