悪魔が招く悲劇

龍玄

悪の指導者が招く悲劇

 パーン…、パパーン……、パーン。


 ロシア製のAK48を国産化した81式自動歩槍の銃口が放つ弾は、政府関係者に向けられるはずが挫折し、今は幸せに暮らす人たちに向けられていた。事件は、1994年9月20日に建国門で起きた。市街地に乾いた銃声が鳴り響いた。狙撃手は立憲(リーシェンダ)、狙撃の名手だ。限られた弾の無駄遣いはしない。立憲陸軍中尉は、武京市痛州区の駐屯地で上官を射殺し、建国門に移動して銃を乱射した。立憲は、確実に一発一発に思い込めて弾を放っていた。死亡者14人、負傷者72人以上が犠牲になったとされるが、隠蔽工作により正確な死傷者数は不明だ。ある医師は、最悪の場合死者数が40人を超えるとの見解を述べるていた。一見、テロのような事件だがその背後には、中酷政府が行った悲痛な思いと残酷な一人っ子政策があった。


 立憲は、中酷河南省の農村出身で17歳から中酷人民解放軍に入隊。新兵の訓練を終えた後、実弾の射撃訓練で百発百中の好成績を収めた。その能力は、軍の中でも注視され、士官学校に送られることになった。その後、武京市ある最高権力者の警備を行う金軍と呼ばれる警衛第3師団第12連隊に所属された。警衛第3師団を握る者が政権を握ると言われる所だ。

 立憲は、片手で弾倉を変える方法を兵士たちに教えるほど、81式自動歩槍の扱いに長け、精通した実践タイプの優秀な兵士だった。彼の技術は事件後、海外も採用したほどだった。

 立憲のような農村出身の一般兵士が、エリートの警衛第三師団の中尉になる事は、非常に稀なことであり、明るい希望に満ちた将来が約束されているはずだった。

 立憲の妻は、地元にいた。彼の出世に伴い、いずれは選ばれた者が優先的に住める武京市で一緒に暮らす夢を描いていた。彼には、一人の娘がいた。好待遇を継承するために彼は跡取りとなる男の子を望んでいた。彼が生まれた河南省の農村部では伝統的に息子を持たぬ事は男の人生における三つの失敗のひとつであるとされていたことも切望の根底にあった。


 1994年、国慶節を前に中酷軍の中で規律を厳しくチェックするために上の組織は下位の組織の視察を始めた。当時、連隊のリーダーは、部下の手紙を確認することで

彼らの状況を把握していた。その連隊のリーダーがたまたま目にした手紙の中に立憲のものがあった。そこには、見逃せない重大な事柄が書かれていた。農村にいる立憲の妻が妊娠し、既に7ヶ月目になると言うのだ。

 立ちはだかるのは1981年に発足した一人っ子政策であり、施行後思う程成果が出ず1991年に更に強化され、第二子はいかなる理由でも認めないという強固なものになっていた。特に厄介なのは、その監視体制だ。組織の中で問題が生じた場合、その組織のリーダーの評価点が零になるということだ。さらにその上の組織のリーダーまでが処罰の対象になる事もあると言う縦社会で生きる者にとって、絶対に関わりたくない政策だった。

 計画生育政策が出された時、組織のリーダーたちは、自分の管轄の監視を強化した。百日政策だ。上に報告を上げるまで何が何でも子供を産ませない。当時、妊娠中の者は、第一子であっても強制的に中絶させられた。人命より保身、それが中酷の実態だ。

 立憲の手紙で妊娠を知ったリーダーは処罰を恐れ上層部に連絡。上層部もまた処罰を恐れ実行に移した。彼らにとっては、日常の極当たり前の行為だ。

 立憲は、直ぐに処罰された。

 一時は連隊参謀として勤務したこともあるが、短気で興奮し易い性格のために長続きせず、中隊長勤務に収まっていた。彼は部下を殴りつけ規律違反に問われたこともあり、それ以来、上官に対する恨みを抱いていた。

 立憲は結婚していたものの、参謀将校を解任された為に営内で同棲する事は認められず、妊子の妻との同棲を認めてもらう為の協力を求めた連隊付政治委員に贈り物を渡したが、事件2日前にはこの政治委員が贈り物を立憲に返した上で贈賄についての処罰の可能性をほのめかされていた。また、妻が第2子を妊娠した際に一人っ子政策に基づく中絶を強要した上官たちと喧嘩をしたこともあった。


 農村にいた妊娠7ヶ月目の妻は、軍の連絡を受けた地元の生育委員によって強制的に病院に連れていかれ、中絶をさせられた。

 彼は、この事態を彼の父からの電話で知らされる。強制的に中絶させられた妻は大量出血で亡くなり、中絶させられた子供は、彼が切望していた男の子だったことを知る。事件前日のことだった。

 その知らせを聞いた立憲は、奈落の底に落とされていた。家族と幸せに暮らす。その夢は卑劣な国によって容赦なく打ち砕かれた。生き甲斐、希望、大事な人を失い、立憲は、自暴自棄になり、彼の人格は変貌する。その日の夜、彼は銃器の倉庫の鍵を持つ者を食事に誘い出し、何かと言い訳を設け、鍵を手に入れる。彼はその鍵を使い倉庫に出向くと使い慣れた81式自動歩槍と30発の弾が収められている弾倉を6つ盗み出し、上長が兵士の検閲を行う机の数メートル近くの椅子の下に隠した。


 1994年9月20日の早朝、練兵場で軍隊の上長が兵士の状況を確認し、検閲台に上がった時、立憲は銃を隠した場所に近づき、一瞬で銃を取り出し、「伏せ」と命令を出した。周辺の兵士は床に伏せる。立憲は、検閲台にいる上司、連隊付政治委員の四名を射殺。僅か五秒足らずの出来事だった。上司の中には、彼の手紙を勝手に開き、上層部に通告した者が含まれていた。その他の上司も同じ穴の狢だから始末した。

 その場には、銃を持つ者はいなかった。彼を静止しようとした将校3人を射殺し、駐屯地を出るまでに少なくとも10人の将兵を負傷させていた。兵たちは立憲の行いを隠蔽するとともに駐屯地内の混乱を避けるため平服に着替え、立憲の捜索に乗り出した。その頃には、立憲は兵舎から抜け出し、ジープを奪い、その運転手に天安門に行けと命じた。彼は、政策の非情さを多くの者に訴え、抗議したかった。


 7時20分、外国の大使館が集まる建国門近くで赤信号に近づくと、ジープの運転手は車を街路樹に衝突させて逃げ出そうとした。立憲は運転手を射殺し、車から降り、無差別に通行人を銃撃しながら大使館通りへと向かった。この時、17人の民間人を殺害し、その中にはイラン人外交官ユーセフと彼の9歳の息子も含まれていた。また、もう1人の息子と娘も負傷していた。


 警察と軍が立憲と衝突したのは、カナダ大使館前だった。立憲の逮捕と現場一帯の封鎖を行う為に数千人もの軍警察が出動したが、腕利きの狙撃手でもあった彼からの激しい抵抗によりなかなか接近できないでいた。警官隊は雅宝路にて立憲を包囲し、激しい銃撃戦が始まった。この中で7人の武警と公安民警が殉職し、また多数の通行人が流れ弾を受け死傷した。さらに流れ弾を受けたバスが運転を誤り急停車したことで重大な交通事故が発生し、被害は拡大した。最終的に警察の狙撃班が出動し、袋小路まで追い詰めた立憲を射殺した。立憲は、千人もの敵を前に三時間も持ちこたえた末の結果だった。


 この模様をカナダのテレビ局が、衛星中継放送を開始した。大使館通りでの銃撃が始まった時点で衛星中継で海外に放送を開始したものの、この電波はまもなく中酷政府により遮断され、その後の報道および現地インタビューも中止された。しかし、僅かではあったが世界が知る事になり、外交官家族の死傷は国際問題に発展する。その結果は、有耶無耶と言うより知らされないまま終えている。裏では、多額の金が動いた事は言うまでもない。


 事件直後、北京衛戍区は中央軍事委員会から事件の徹底的な調査を命じられた。調査は総参謀部および総政治部の主導で行われ、当時中軍委の副主席だった張親将軍が責任者を務めた。調査を経て、北京軍区司令員・柱中将および同軍区政治委員・善慶中将には党内での懲戒および制裁が与えられた。北京衛戍区司令員および同衛戍区政治委員も更迭された。さらに警衛第3師団長および同師団政治委員、第12連隊長、同連隊隷下の全ての大隊長および教官が更迭され、北京軍区政治部や北京衛戍区政治部に所属する何人かの将兵にも処罰が行われた。およそ60人の軍人が事件に関連したとして処分の対象となった。

 警衛第3師団は、北京から遠く離れた国境地域の警備に回され、中央軍事委員会では、武器管理教育および政治教育の徹底を図ったのは言うまでもない。


 一方、立憲の捜索および射殺に関与した軍人や警察官には、それぞれ何らかの勲章・記章などが授与された。


 南京事件のように国民は、真実を知らされていない。立憲と言う狂った者の所業を退治した程度だろう。彼を突き動かした政策への憤りや政府が強制的に母、その子を政策と言う名の下で何億と言う人命が失われた事実は、またしても闇の中に埋められる。日本の国においても、経済の為と謳い彼らを擁護する議員も多い。ジェノサイドで騒がれる中でも、残虐な行為に縋ろうとする議員がいるもどかしさ。その者は、投票者によって地位を維持している。コロナ動揺、嘆くしかないのか。いや、コロナにはワクチンと言う救いがあるかも知れない。では、議員には。それは、小さな枠組みで問題を見ることなく、大きな視野に立って事実を知ってもらうしかないのだろうか。マスゴミも同罪だ。右とか左とか関係ない。他人のふんどしを期待したり、欲しがっていては、自立など遠い話に思える。

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