第133話あんた、待たせて悪かったな(いえそんなことはありません)

 そこには破壊の嵐が吹き荒れていた。

 それはまさしく、怪物さんのひとり舞台。

 怪物さんだけが楽しめる、夢の舞台。

 それに付きあわせられるほうは、たまったものじゃない。

 だって怪物さんの手が届いたそのときには、相手はもう殺されているんだから。

 怪物さんが踊るようにステップを踏むたび、バケモノたちは一匹、また一匹と死んでいく。

 怪物さんが拳を振るうたび、バケモノたちの頭が爆発したように吹き飛んでいく。

 その様子はまるで、水風船を割ったよう。

 パーンッと気持ちのいい音を響かせながら、次々とバケモノたちを赤い霧にかえていく。

「なに・・・・・・・・・、あれ・・・・・・・・・」

 呆気にとられていたたわたしのくちから、思わず言葉がもれていた。

「ねえ、ミドリ。どうやったら、あんなふうに?」

「ごめんよ、こいし。それはボクにも解らない。でも人間技ではないことは確かだよ」

「じゃああれが、怪物さんの魔法なの?」

「違うわよ」

 その声はわたしの横手から、唐突に聞こえてきた。

「お生憎様。確かにあれは人間のわざよ。本人曰くだけどね」

 わたしとミドリの会話のなかに、静かにアオがすべりこむ。

 わたしはミドリがまた何かを言い出す前に、その丸い体を抱えるようにしてくちをふさぐ。

 そんなミドリを完全に無視して、アオはわたしにだけ話しはじめた。

「パワーとスピード、そしてインパクトのタイミングさえ合えば、誰にでも出来るそうよ。尤ももっとも、他にあんなことが出来る子を、ワタシは過分にして存じ上げないけどね。いくら同じ工程を積み重ねれば同じ結果に至るといってもね。あんなことの再現性を確保出来るのはあの子だけよ

 ええ、ええ、そうでしょうとも。

 わたしだってそんなの存じあげません。

 きっと昔わたしを殴った、あんなことはできないだろう。

「わたし、あんなひとと闘うの・・・・・・・・・?」

 ジタバタモガモガ暴れるミドリを押さえながら、言葉だけが呆然とこぼれ落ちる。

「残念ながら、このままいけば確実にそうなるでしょうね。本当に不幸なことだけどあの子にを付けられてしまったのが運の尽きと、諦めて頂戴ね。でも大丈夫よ、魔法少女は頑丈に出来ているから。にはならないわ。多分だけどね」

 言いたいことは言いきったとばかりに冷たくつきはなし、アオは怪物さんに目を戻す。

 それにならってもう一度、わたしも怪物さんを

 最初は目を見開いて怪物さんの一挙手一投足を目に焼きつけるつもりだった。

 それがいまでは何度見ても、開いたくちがふさがらない。

 それにしてもあんな打撃、初めて見た。

 そして、あんな体捌きも。

 怪物さんの目ははわたしのときとおんなじように、標的を真っ直ぐ見つめて動かない。

 それなのに、

 正面にいるバケモノの頭に拳を叩きこみ、赤い霧を吹きださせたところで背後から槍の一撃がせまる。

 それを、ひょいっと首をかしげるだけでかわす。

 そしてお返しとばかりに放たれた左の裏拳が、背後のバケモノの頭を爆発させる。

 そのタイミングを狙っていたのか開いた体に突きこまれる剣先を、そのまま上体をそらして避ける怪物さん。

 その体勢からバネ仕掛けのように戻ってきたえぐりこむような右フックが、バケモノの頭を木っ端微塵にする。

 驚くべきは、怪物さんが振るうその拳。

 どんな体勢、どんな部位で撃とうとも、わたしの見ているかぎり必ず一撃必殺なのだ。

 ストレートも、フックも、アッパーも、バックブローも、ジャブでさえ、バケモノの頭を爆発させる。

 まさに、粉砕、破砕、大爆砕だ。

 そうして怪物さんを囲むバケモノたちの円がみるみる薄くなっていき、代わりに赤い霧が濃さを増す。

 そして最後の一匹の頭を右ストレートでぶっとばした体勢のままで、ようやく怪物さんはう動きを止めた。

 残心の姿勢なのか、そのまま深く息をつく怪物さん。

 それが済むと、怪物さんは拳を戻してつぶやいた。

「なんだよ、これで終わりかよ。せっかく後輩の天敵ちゃんに俺の格好いいところをみせようと思ったのに、あっという間じゃないか」

 そうひとりごちて、怪物さんは

「待たせたな、天敵ちゃん。さあ、真打ちの登場だ。俺と踊っておくれよ、スイートパイ。きっと後悔は、させないぜ」

 そう言って赤い血に塗れた両手を、特に真っ赤に染まった右拳を開いて誘うようにわたしに差しだす。

 その姿は、たしかにすごくかっこいい。

 でもまかり間違っても絶対に、いいひとの姿では決してなかった。

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