第134話あんた、俺とヤりたくなっただろう(ほんのちょっとだけですけどね)
ダンスのお誘いを断るなんて、不作法きわまる。
なんて常識をいっていられるような相手じゃない。
このお誘いをうけたそのときが、わたしのデッドエンドなのだから。
いま戦えば確実に負ける。
いま殺し合えば絶対に死ぬ。
あれだけ目を皿にして見つけた攻略法が、「気づかれないように近づいて一撃でしとめる」だけしか思いつかなかった。
そんものは、はじめからないのと一緒だった。
不可能なものは、存在しないものなのだ。
最初の課題、気づかれないようにというのがまず無理だ。
この怪物さんに死角なんてありはしない。
背中だろうと足もとだろうと頭の上だろうと、見向きもせずに簡単に対応してみせるだろう。
さっき背後からの槍の一撃を、あっさりとかわしたように。
たぶん怪物さんは相手の気配、殺気とか闘気とかそういうものを読んでいるんだとわたしは思う。
それも、おそろしいくらい高い精度と精密さで。
その張りめぐらされた感知の網をかいくぐるなんて、もしもわたしが忍者でもできる気がしない。
たとえわたしが透明人間でも、一瞬で見つかってしまうだろう。
そんな最初から大きくたちはだかる不可能と無理の超えられない壁が、実力とはまた別にわたしと怪物さんのあいだにはある。
けれども何とかそれには目をつむり、わたし史上最高の幸運がおこって怪物さんに気づかれなかったとしよう。
そのあと待っているのは次の課題。
近づくというのがこれまた難しい。
いや、難しいなんて曖昧な言いかたはやめよう。
単純に、こわいのだ。
もしかしたら、これが一番の難所かもしれない。
だってあの怪物さん、喰らった相手の頭を一撃で吹き飛ばすパンチの持ち主なんだよ。
それもどの角度、どの方向から撃っても結果はかわらないときている。
こんなのこわがないほうがどうかしている。
それでもこれにも目をつむり、――これでわたしは両目をつむったことになる。まさにお先真っ暗とはこのとこだ――わたしの間合いまで近づけたとしよう。
そこで待ちぶせているのが最後の課題。
果たして、一撃でなんてしとめられるのか。
お互い一発の威力だけなら、わたしのほうが上だろう。
だけど、速度は怪物さんのほうがはるかにはやい。
たとえ気づかれることなく近づけたとしても、わたしが攻撃動作をとったなら怪物さんも対処に動く。
わたしがエグイアスを振りかぶり、それを振りおろすあいだに、怪物さんは百回はわたしをボコボコにできるだろう。
うん、やっぱり無理と不可能が山盛りだ。
こんな問題、解決できる気がしない。
わたしがあーだこーだと思いながら応えあぐねているうちに、境界はすっかりとけていた。
怪物さんも、もとの姿に戻っている。
いつの間にかひとびとは動きをだし、いつも通りの生活に戻っている。
そこでわたしははたと気づいた。
境界から元の世界に戻るとき、調律をしていない。
それでも何の問題もなく、世界はいつも通りに回っている。
このときに気づいたことが、これまで思ってきたことのなかで一番わたしを戦慄させた。
なんてひとだ、怪物さん。
あれだけ縦横無尽に暴れていたのに、まわりに何の被害も損害もだしていない。
このひとは本当に、バケモノたちだけを殺していたんだ。
それがどれだけの難易度か、わたしは身をもって知っている。
わたしの
最後にわたしが思いいたった気づき。
それこそがわたしと怪物さんの、絶対の実力差をまざまざと思い知らせてくれた。
「どうした? 固まっちまって。そんなに緊張することないぜ。動き方が解らないなら、俺がしっかりエスコートしてやるからさ」
それはいったいどこの地獄までですか? なんてことはこの状況で聞けるわけがない。
それでも何か答えなくてはとぐるぐる回る頭からでてきた言葉は、消極的命乞い。
「あのー、えっと、何と言いますか、今日はもうおそいですし・・・・・・・・・」という何とも情けないものだった。
こんなことでこの状況を打破できれば世話はない。
「ああ、それもそうだな」
けど意外にも同意した怪物さんが、空の色を確かめた。
空は夕暮れの茜色から、夜の藍色へとその様相をかえていた。
「それじゃあまた次にするか」
そして怪物さんはあっさりと、怯えるわたしを見逃してくれた。
えっ、いいんですかと飛びつきたくなる衝動をぐっとこらえ、わたしは状況を整理する。
「あの、それは今日はもうヤらないということでよろしいのしょうか?」
「うん? そうだよ」
「それでそのう、次、とは?」
「次に俺とあんたが出逢ったときさ。何、心配するな。俺とあんたは運命の赤い糸で結ばれている。きっとまた、すぐに会えるさ」
その言葉を聞いて、即座にそんな不吉な色をした糸は切断しようと心に決めた。
「わたしとしては、あのぅ、これっきりにしていただきたいのですが・・・・・・・・・」
わたしの言葉を聞いて、怪物さんは一瞬きょとんとした表情になった。
そして次の瞬間。
「あーっはっはっはっはっはー!」
怪物さんは
「何を言い出すんだよ。何を言っているんだよ。そんな訳ないだろ。そんなこと、あるはずないだろ。俺の格好いい姿を見たんだろう? だったら体が熱くなっているはずさ。血の温度が上がっているはずさ。
「それは・・・・・・・・・」
否定しなくてはいけない言葉。
この怪物と縁を切るなら、涙を流し足にすがりついてでも否定しなくてはいけない言葉。
なのに、わたしは。
「そうかも、しれません」
怪物さんの言葉を、肯定してしまっていた。
「はは、やっぱりな」
そう言って怪物さんは、我が意を得たりとばかりにくちの端を吊りあげた。
「今日はあんたからその言葉が聞けただけで充分だ。お楽しみは、またにとっておこう」
言うが早いか、怪物さんはさっそうと身をひるがえし、わたしに背中を向ける。
「それじゃあな、天敵ちゃん。縁があるから、また会えるぜ」
最後にそう言って振り返り、右拳を突きだした。
もちろんわたしはそれに合わせることなく突っ立っていると、怪物さんはひとつ微笑んで去っていく。
かと思いきやもう一度振り返り、「こんな時間にひとりで家に帰れるか? 何なら送っていこうか?」と言い出した。
わたしはそれを「大丈夫です。ありがとうございます。ちゃんと
このひとに家を知られるなんて、わたしの安息の地がなくなってしまう。
「そっか。それじゃあ気を付けて帰るんだぞ」
と言い残し、今度こそ振り向くことなく何も言わずに去っていった。
その様子を、わたしはただただ呆然と眺めていた。
なんであんなことを答えてしまったのか、答えのでない疑問を抱えたままで。
去っていく怪物さのことを思う。
ホントのホントに嵐のようなひとだったと、わたしのなかに灯った熱が、そう確信していた。
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