第105話あんた、もしかして私に逢いたくないのかい(それは言わないとわかりませんか)
「さて、それじゃあコレで全部でいいのかな」
わたしは特に意味もなく潰した頭をグリグリと抉りながら、ずっと背中にはりついていたミドリに訊いてみる。
「うん、とりあえず
ミドリはあたりをぐるりと見回してから、最後になにか言いかける。
「そう、それなら終わりにしてもいいんじゃない。疲れたし、今日はもう帰ろうよ。って、騙されるか!」
わたしはいまさっき殺して足もとに転がってるコレの身体を掴んで、ブンと勢いをつけて放り投げる。
狙いはわたしが殺した死んでるヤツラが折れて畳んで積み重なって、いつも通りのゴミの山になってるところ。
どうやらわたしにはそんな癖があるみたいだ。
それをミドリに指摘されたから、「でも小動物みたいでちょっと可愛いと思わない?」って言ったら、「成程、つまりキミの行動は野生動物の本能的習性ということだね。自ら仕留めた獲物を晒すことで己の力を他者に誇示する、示威行為的な側面があると言いたいんだね。うん、それならある程度納得できるね」なんて言ってくれやがりました。
あんた、絶対最初に答えを用意してからわたしにそれを言ったでしょ。
でもどう言われようと実際にやってることだから、わたしも強くは返せない。
わたしもなんでこんなことしてるのか、ホントによくわからないし。
まあ、ひとの癖なんてだいたいそういうものだろう。
っで、そのわたしの癖が作ったゴミの山に、追加で投げた新しいゴミが狙い違ったとおりに命中する。
よし、
ごみの山はテレビで見たボーリングみたいに、大きく鈍い音をたてて派手にふっ飛んでいった。
そのときいろんなものが飛び散ってりぶち撒けられたりしてたけど、それはどうでもいいことか。
だって片付けるのはわたしじゃないし。
それにたしかこういうのって、ストライクとかいうんだよね。
でもこれはボーリングじゃないし、なによりホントのストライクでもなかった。
これがホントにストライクというものなら、そこにはなにも残ってないはずだ。
だけどわたしがふっ飛ばしたところには、ひとつだけ残りモノがあった。
そこにはまだ、生き残りがひとりいた。
「はーい、こんにちはー。かくれんぼは楽しかった? まったくもう、手間かけさせてくれちゃって。じゃ、早速だけどこれでさようならということで……」
わたしが全部言い終わる前に、ソイツは脇目もふらずに全力で逃げだした。
またこっちに背中を向けて。
だから、いい加減見飽きたってば。
「どうして
さすがに一日に二回連続はちょっとだけ傷つくなぁ。
たとえそれがアイツラでも。
「きっとキミの顔に自分の死が映っていたんじゃないのかな。これもまた生物の本能的な行動のひとつだね」
そこにミドリが追い打ちをかけてくる。
「だからどうして傷口に辛子味噌を塗りこむようなことを言うのかな」
「本当に傷ついてる相手にはこんなことは言わないよ。ボクにもその程度の分別はあるからね。
「なに、あんたはアイツラの肩をもつわけ?」
「
「何より?」
「キミがさよならを言ったからじゃないのかな」
あ、そうか。なるほど。
「それじゃあしょうがないね。面倒だけど追いかけてって、はやっ!」
のんきにミドリと話してるうちに、そいつはかなり遠くまで逃げていた。
まだ目では追えるけど、その後ろ姿はもう小指の先くらいだ。
逃げ足だけならいままで殺してきたアイツらのなかで断トツだ。
「中々速度に秀でた個体だ。あれは能力じゃなくて純粋な身体能力かな。どっちしろそこそこ稀有な才能だね」
ミドリはいまも逃げてく真っ最中のヤツのことを観察するようにのんびりした口調でそう呟く。
ずいぶん余裕みたいだけど、
「ずいぶんのんきなこと言ってるけど、ホントにそんな場合でいいの?」
言いながらわたしは丁度よく手近なところに転がってた
それは千切れたアイツらの腕だった。
「それなりにはね。それに今回は
そう言ってミドリはわたしの手に持っているモノに視線をおくる。
「わたしが走るより、わたしが投げたほうがずっと速いからね。それに逃げ足が速いなら、足をなくせばいいじゃない」
「確かにその通りだね。全てはキミがそれを当てられるという前提の上に成り立っている理論だけれど」
やること自体には賛成しながら、チクリと嫌味を指すのをわすれない。
「大丈夫だよ。今日は二回とも当たってるし、きっと三度目も正直だよ」
「そうかい。それじゃあせいぜい期待しないで拝見させて貰うとしよう」
「それならよっくみときなさい。
言ってわたしは狙いとタイミングを合わせるために投げる角度を微調整する。
「いっち、にの、さーん、そこだ!」
わたしの気合のかけ声と一緒にブーメラよろしく放たれた腕は、プロペラみたいに回転しながら逃げるヤツ追っかける。
その速度は、ヤツの逃げ足よりずっと速い。
これはもらったと、わたしはこころのなかでガッツポーズをした。
しかしヤツの両足を刈りとると思った寸前、腕の軌道が右にそれてしまう。
膝から下を切り離すはずだった腕は、ギリギリのところでその足を撫でるだけだった。
腕は狙いを外したまま地面にぶつかり、砕け散って弾け飛ぶ。
その破片と飛沫を浴びながら、最後の生き残りは脇目もふらず走っていった。
「あーあ、外れちゃった。あれは風のいたずらだね」
「違うよ。あれはただのノーコンだね。最近
「わたしはスピードで勝負するタイプだから、重要なのはコントロールじゃなくて速さなの。それにあの子だって野球で一番打ちにくいのはとにかく速いストレートだって言ってたよ」
野球のことはなんにも知らないけど。
「それはせめてストライクゾーンに投げられるようになってから言う台詞だね。それよりキミの特技はしっかりとこの目で見させてもらったよ。やはりキミはひとの期待を裏切らないね」
「それはどういたしまして。でもこれはしょうがない。二度あったことに三度目はないからね」
「舌の根も乾かないうちにキミが何を言っていたのか教えてあげたいところだけど、いまはそれよりやらなきゃいけないことがあるからまた今度ね」
その今度は二度とこないようにしよう。
でもミドリの言ってることはもっともだ。
「そうだね仕方ないけど追いかけよう。けど追いつけるかな」
「いや、
とりあえず走りだそうとしたわたしの足を、ミドリの意外な言葉が縫いつける。
「えっ、いいの、追いかけなくて? 放っといていいの、
「構わないよ。あの程度の雑魚なら単体ではこの世界の何にも干渉できない。逆に世界に呑まれて消えてくだけさ。勿論、何が起こるか分からないから〈
「ふーん、
わたしもミドリも、
「じゃあ今度こそ、今日は終わりってことでいいの?」
「うん、お疲れ様。あとはいつも通り、世界を調律して終わりだよ。寧ろ〈
「そう。なら速く終わらせて帰ろうよ。速さは大事だよ。わたしもうお腹もすいちゃったよ」
「そうだね。速やかに作業を終わらせて、早急に帰るとしよう」
わたしもミドリもくちにしない。
あの生き残りが生きてるあいだ、なにをしてどんなことをやらかすのか。
誰かを傷つけ、誰を殺すのか。
そんな
「そうしようそうしよ。でもそのまえに、その事情ってなんなのかもちろん教えてくれるんだよね?」
「ああ、勿論」
そう訊くとミドリはあっさりと引き受けて、なんてことないように答えを返す。
「今この近くにもうひとり、魔法少女が来てるらしい。ボクの推測が正しければ
「あーもう、腹減った!」
薄暗く冷めた空気の中に、少女の澄んだ声が響き渡る。
しかしその声に耳を傾ける者も、聞き咎める者も誰もいない。
場所は何処にでもある街の路地裏。
空の色は夕焼けと宵闇の境い目。
ひとは皆家路につき、入れ替わるように
逢魔が刻と呼ばれる、ひとと魔が出逢う時間。
「こんなはぐれの雑魚一匹じゃ腹の足しになんかなりゃしない。寧ろ中途半端に喰ったせいで逆に腹が減っただけだ」
そこにいたのは黒と白の色を持つ少女。
そのしなやかな五指が握るのは、両目を潰された
だがこのとき、
ひとと魔は、果たしてどちらの方だったのだろうか。
少女が指を離すと異形の身体は溶けるように崩れていき、
「だったら放っておけばよかったじゃない」
そこにもう一つの声が、青い燐光を灯して浮かび上がる。
「そういうわけにもいかないだろ、見ちまったんだからさ」
「律儀というか何というか、とにかく面倒くさい性格ね。もっと適当に割り切ってしまえばいいのに」
「そういうのは苦手なんだよ。大体面倒くさいってなんだよ。それを言うならあいつとかあいつらの方がよっぽど煩わしかっただろ」
「でもあなたより弱いじゃない」
「それは確かにそうかもしれんけど……。やっぱり駄目だ、
「もう諦めたら? こんなひと探しモノ探し、そこれそあなたには絶望的に向いてないんだから。大体……」
「それこそ放っとけ。この辺にいるのは確かなんだ。大丈夫心配すんなって。オレの勘がそう言ってるんだからな」
「無茶なことを無理言わないで。そのあなたご自慢の勘とやらは、一体何日
「何日でも変わらないさ、見つければ同じことなんだからさ。しかし実際どうしたもんかな。魔法少女は互いに惹かれ合ったりしないのかね?」
「そんなことあるわけないでしょ。魔法少女同士が出逢ったって、
「そうかね? そんなことないだろ」
「ちなみにその理由の一つはあなたよ」
「なんだよそれ。でもまあいいや、とにかく探しモノの続きだ。じゃないと見付かるモンも見付からないしな。運が良ければそろそろかち合うだろ」
そう言って、少女は昏い路地裏からまだ微かな明るさに照らされた道へと歩き出す。
「あなたに見付けられた方の運は最悪ね。それこそ災厄に遭うようなものなんだから」
「ははは、酷いこと言うなあ。でも今度の災厄はあいつの方かもしれないぜ?」
少女はそうであることを望んでいるように、面白そうに笑う。
「はいはい、そうだといいわね。それで、一応訊くけど何処行くの?」
「オレの目の向いてる方へ、オレの足が動く限りだ。いままでずっとそうしてきたろ?」
「ええ、そうね。そうだったわね。そしてこれからもずっとそうなんでしょうね」
ため息交じりの青い目の言葉に、少女がくるりと振り返る。
「なんだよ、わかってるじゃないか。さっすがアオだ、やっぱりオレの相棒はお前しかいないぜ」
そう言って、ひとのぬくもりが残る街角で、まるで
その姿を夕焼けが赤く染め上げ、宵闇が青い影を落とす。
その二つの調和と不一致が、少女の美しさと危うさを強調し際立たせていた。
「それはどうもありがと。その結果として、今こうしてさまよい歩いてるわけなんだけどね。どうせ言っても無駄なんでしょうけど」
「その通りだ。そしてオレの進んだ先にこそ、オレの辿りつくべき場所がある」
そう断言し、今度は振り返ることなく歩き出す。
その歩みは力強く、自信に満ち溢れている。
「それはそうでしょうけど、でも
「あなた、最初から方向音痴なんだから」
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