第101話わたし、魔法少女になってよかったです(大事なひとが、そばにいてくれるから)

「どうしたんだい、こんなことで泣くなんて。全くキミらしくもない」

 そう言いながらミドリはその短い手をのばし、わたしの涙を拭ってくれる。

「だって、だって……」

 嗚咽がまじるかばっりで、言葉がうまくつむげない。

 その優しさと温かい感触が、わたしの言葉をつまらせる。

 なのに涙だけは、とまることなくあふれてくる。

「落ち着いて、無理に喋らなくて大丈夫だよ。安心して。

「うん……」

 ミドリの言葉に素直にうなずき、わたしは気持ちと涙が落ち着くように息をととのえる。

 そのあいだミドリはずっと、しゃくりあげるわたしの背中を優しくなでてくれていた。

 いつか誰かが、わたしにそうしてくれてたように。

「だって……」

 握った手の甲に降りおちる涙のあたたかさに慣れたころ、わたしはもう一度口をひらく。

 涙はまだとまらないけど、呼吸はなんとか落ち着いた。

 これなら想いを言葉にできる。

 ミドリに想いを伝えられる。

「だってわたしにそんなこと言ってくれたひとなんて、いままでひとりもいなかったから」

 そう、ひとりもいなかった。

 わたしがひとからあびせられる言葉は、たいていいつも決まってる。

 消えろ。いなくなれ。どっかいけ。

 あいつらがわたしに言うことは、だいたいこの三つのどれか。

 わざわざこんなことを言うためにだけに、わたしのそばに寄ってきた。

 ときどきこれにオプションがついたりもするけれど。

 意味も意図も、どれも同じで変わらなかった。

 あとは、なにも言わずにわたしのそばからいなくなるだけだった。

 お別れもなにも言えなかった、お母さんのときみたいに。

 もうちょっとでそうなりかけた、あの子のときみたいに。

 でもミドリがいてくれたから、京を救うことができた。

 わたしひとりじゃできないことも、ミドリと一緒ならやってみせる。

 そしてミドリにできないことは、わたしがやってやればいい。

 そうやって、ふたりで進んでいけばいい。

 それが、わたしたちふたりのやり方。

 ふたりでひとつのパートナーかけがえのないものとしての在り方だ。

 だって、ずっと一緒にいたいから。

 そして、ずっと一緒にいてくれるって言ってくれたから。

「そう、そうだったんだね。それならもう一回くらい言っておいたほうがいいのかな?」

 ミドリはの調子でそう訊いてくる。

 それがいまのわたしのこころを安心させてくれる、何よりも安全なものだった。

「いいよ。一度で充分」

 わたしは欲張りで強欲だ。

 欲しいものは全部手に入れたい。

 わたしのものは何ひとつ失いたくない。

 だけど、本当に大事なひとはひとりでいい。

 本当に大切なことはひとつでいい。

 それだけがわたしのこのちいさなむねに、

「でもさっきの言葉、ウソじゃないよね?」

 それでも一応確認はしておかないと。

 これはミドリのことを信じてるのとは全然違う、わたしの都合。

 わたしのこころを、安定させるために。

 だからミドリのことを疑ってるとか試してるとかじゃ全然ない。

 そこのところ、勘違いしないでくれるといいけれど。

 けどそれこそ、都合のよすぎるお話か。

「当然だよ。言ったじゃないか、ボクはキミに決してウソは言わないって」

 うん、それは聞いた。

 でもそのとき、あんたはこうも言ったよね。

「でもホントのことを言わないときもあるんでしょう?」

「それは本当のことしか言わないということだよ」

 それはホントにそうなんだろうか。

 そんなような気がしないでもないけどそうじゃないように思わないこともない。

 なんだか煙にまかれたみたい。

 まあどっちでもいっか。

 どうせなんだろうと、

 疑うのと信じてないのは全然別のことだしね。

 それになにも言わなかったらそれは結局おんなじことでしょ、とはいまは言わないでおこう。

「それじゃあボクのほうからもキミに言っておきたいことがあるんだけど、いいかな?」

 なんだろう、あらたまって。

 もしかして、いま思ってたことまた全部筒抜けだった?

 でもそうだったらいままでみたいに直接言うか。

 嫌味と皮肉をたっぷりまぜて。

 なんにせよ、わたしの答えはたったひとつ。

「い、いいよ。さあ、言いたいことがあるならなんでもどーんときなさい!」

 たとえミドリの言葉にわたしが傷ついたとしても、その全部をわたしは受けとめる。

 ミドリがわたしにしてくれたのとおんなじように。

 わたしがミドリにしたのとおんなじようにされたとしても。

 やられたらおんなじことをやり返される。

 そんなの当たり前のことだ。

 けどそのときは、してくれたこととおんなじことをしてあげたい。

 それがわたしの勝手な想いでも、そうしたいとわたしは思う。

「そうかい? それじゃあ遠慮なく。とは言ってもひとつだけしかないけどね。それはキミに、勘違いしないでほしいということだけだよ。さっきの言葉はボクの本当の気持ちで、キミだけに言うことで、キミにのみ言ったことで、キミにしか言わないことだということだよ。キミは勘違いもそうだけど思い込みも激しいからね。何処でどんなふうにとんでもない思い違いをするか予想ができない。だから念を押した上にしっかり釘も刺しておかないと。だから勘違いしなでね。さっきの言葉は全て、キミのためだけのものだということを」

 ……あれ? わたしいまなんて言われたの?

 ちゃんと聴いてたはずなのに、こころがフワフワしていまいちあたまにピンとこない。

「どうしたの? そんな呆けた顔して。もしかしてまだ不安なのかい? それならやっぱりもう一度、いや、一度と言わず何度でもキミに伝えた方がいいのかな?」

 ホントに真剣な顔で、ホントに心配した声で、そんなことを訊いてくる。

 その顔がみられてだけで、その声が聞けただけで、私はもう……」

「ううん。だから一度でいいってば。一度だけで、もうむねがいっぱいだよ」

 ホントにわたしのちいさなむねじゃ、そんの収まりきらないよ。

「でもそこまで言うんなら、わたしのお願い、きいてくれる?」

「勿論だとも。さあ、どんなことでもどーんと言ってごらん」

「うん、じゃあお言葉に。わたしが聴きたいって言ったときは、またおんなじ言葉を言ってくれる?」

「そんなの。ボクのキミへの想いには、値段なんて無粋なつきようもない程にね」

 そう気安く言いながら、何よりも重くどこまでも本気で受けとめてくれる。

 そんな存在がいることが。

 そんな言葉をわたしにくれる、ミドリが一緒にいてくれることが。

「そっか。それなら、

 そう言うと、今度はミドリのほうが固まった。

 ガチッと音がしそうなほどに。

 まるでお化けでもみたみたいに。

「どうしたの? ぼーとしちゃって。わたし、なにかヘンなこと言った?」

 声をかけてからちょっとだけ時間がたってから、ミドリはゆっくりと応えを返す。

「いいや。ただ、キミのそんな笑顔は初めてみたからね。、つい見惚れてしまったよ」

 ……え、なにそれ。

 びっくりした。

 びっくりしすぎて心臓とまるかと思った。

 綺麗だなんて、そんなこと言われたの、そんなの産まれて初めてだ。

 わたしには一生縁のない言葉だと思ってた。

 でもそっか。わたし、

 お母さんが教えてくれたちゃんと笑顔でいきないさいって、こうゆうことだったのかな。

 わたしはいままで笑顔って、

 でも、それだけじゃないみたいだ。

 いまのわたしは思うんだ。

 笑顔ってひとからなにかをしてもらったとき、そのとき感じた嬉しい気持ちや楽しい気持ちを伝えるための

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