第102話わたしたち、魔法少女になりました 始まり∽終わり(誰かに言われたわけじゃなく、ふたりのいままでがあったから)

「さて、それじゃあそろそろ休もうか。もうかなり夜も更けてしまったしね。しっかり睡眠をとって疲れを癒やして万全の体調を整えるのも魔法少女の仕事の一つだよ。なんと言っても

 そうミドリに言われて時計を見ると、いつも布団にはいる時間をとっくのとうにすぎていた。

 いったいいつの間にこんなにたってたんだろう。

 時間って何もしなくても消費されるくせに、取り返しがつかないのがホントに厄介だよね。

「うん、そうだね。さすがにわたしも眠いや。あっ、でもねミドリ。その前にわたし……」

「ああ、そうだね。その前に顔を洗ってきた方がいいだろうね。なにしろ今のキミはかなり酷い状態だからね。涙どころか顔面のあらゆる箇所から体液を垂れ流してしまっている。有り体に言えばぐちゃぐちゃだね。そんな状態で床に就いても、快適な睡眠なんて望むべくもないだろう。だから就寝前ではあるけれど、その無残な有り様の顔をせめていつも通りに戻してから、眠ることを強く推奨するよ。正直、今のキミの顔はとてもみられたものじゃないからね」

 ……おかしい。いまわたしの目の前にいる緑色のは、ホントにちょっとまえまでわたしと一緒にいたのとおんなじなんだろうか。

 さっきはを言ってたくせに。

 綺麗だって、言ってくれたのに。

 なのに、さっきと言ってることが全然違うじゃないか。

 それも逆方向に百倍くらい、話が違うじゃないか。

 もしかして、わたしが全然気づかないうちににかわったんじゃないだろうか。

 なんて、そんなことあるわけないのはわかってる。

 ひとなんて、舌が一枚あればなんでも言える。

 そこに時間は関係ない。

 でもだからこそ、だ。

 いまこんなこと言えるのは、この世界であんただけだ。

 それにもしわたしのじゃなかったら、いまのわたしにこんなこと言ってくれるのは、そばにいてくれるミドリしかいなんだから。

 それでも絶対にもう少し言い方ってものがあるんじゃないかと、わたしなんかでも強く思う。

 特に女の子の顔についてのことなんだから、もっと細心の注意をはらうべきなんじゃないだろうか。

 わたしだって、ふたつに分けたら一応そっち側にはいるはずなんだから。

 でもミドリがそう言うのだから、実際相当ひどいんだろう。

 ホント、

「わかった、そうするよ」

 だからってわけじゃないけど、ここは素直に従うことにする。

 わたしにだって、さっきまでの雰囲気をと思う気持ちくらいはあるんだから。

 わたしが我慢のできる子でよかったね。

 いくらこのわたしでも、あんたじゃなかったら殴ってるところだよ。

 だけど、ちょっとだけ。

「ずっと座ってたら足がしびれちゃった。だから、手伝って」

 そう言って、わたしはミドリに向かって両手を差しだす。

「いいよ。キミの発育不良の軽い身体なら、ボクでもなんとかなりそうだからね」

 どうしてこういつもいつもひと言余計に多いんだろう。

 でもそのひと言が、ミドリがわたしのそばにいてくれるを感じさせてくれるんだから困ったものだ。

 わたしはミドリが伸ばしてくれた手を通りこし、そのぬいぐるみみたいな身体を両腕でガバっと抱えこむ。

 そしてそのまま、ミドリのお腹に顔を押しつけた。

 抱きついた、というよりも変形のサバ折りに近いかたちだ。

「どうしたんだい急に」

 それでもミドリの声はかわらず落ち着いたままだった。

 けど、これならどうだ。

「さっきのお返し」

 そしてわたしはミドリを抱えたかたちのままで、思いっきり鼻をかんでる。

 ずびーっと盛大な音をたてたあと、グシグシとしっかり拭ってやる。

「ふぅ、あースッキリした」

 言いながら腕を顔を離すと、ミドリのお腹はわたしの鼻水でデロデロになっていた。

「……一応確認しておきたいんだけ、どうしてこんなことをしたのかな?」

「どうしてって。だってティッシュがもったいなかったから。ああ、ティッシュならそこにあるから、その汚れたお腹を使っていいよ」

「言っていることが自然に矛盾していることに対しては、流石キミだと言っておくことにするよ。だけど時と場合と、何よりひとにもよるけれど、ひとにとって一貫性とうものはそれなりに重要な要素だとボクは思うよ。あとこれはキミに何かをして欲しいと要求するわけでは全くないのだけれど、ボクに忍耐という機能が備わっていることの意味について少しでいいから考えてもらえると今後色々と助かるよ」

「わたしもあんたの意見には賛成してもいいけれど、

 それだけを言い残し、わたしは顔を洗うためにお風呂場へ向かう。

 もちろん電気は

 ミドリはああ言ってくれたけど、それでもミドリが言うように、正直まだわたしは自分の顔をみたくなかった。

 真っ暗だけど、顔を洗うくらいなら大したことない。

 なにもみえないなかでバシャバシャと、水で適当にを流す。

 たしかに言われたとおり、それだけでもかなりできた。

 濡れた顔をタオルでゆっくりと拭きながら、わたしはこころのなかで「よし」と気合いをいれる。

 そうしてから、ミドリのところに戻った。

「おや、意外と早かったね。でもその様子だと、できたみたいだね」

 そんな言葉でわたしを迎えるミドリに、わたしは「うまれかわったみたいにね」と冗談めかして応える。

 さっきまでひどいことになっていたミドリのお腹は、それこそ洗ったみたいに綺麗になっていた。

 テュッシュを使った跡もないのに、いったいどうやったんだろう。

 いや、いまはそんなことよりも。

 わたしはもう一度気合をいれなおし、ミドリに想いを伝えるための言葉をくちにする。

「ねえ、ミドリ。あのね……」

「顔を洗ってきたのなら、今度こそあとは寝るだけだね。布団は直しておいたから早く横になるといいよ」

 ああ、やっぱり

 わたしは一瞬迷って躊躇して何度か深呼吸しながら、それでも意を決してくちをひらく。

 ミドリの目を、真正面からちゃんとみて。

 その目をみたわたしのくちからでた言葉は、「うん……」という短いひと言だけだった。

 そのまま言われたとおり大人しく、お布団のなかにもぐり込む。

 横になると、今日一日のあれやこれやが眠気になって一気にのしかかってくる。

 薄くて固い我が家のお布団も、今日だけは雲のうえにいるみたいに感じられる。

 その眠気に耐えながら、わたしはゴロリと寝返りをうつ。

 顔をそむけ、ミドリには背中を向けて。

「じゃあ、明かりを消すね」

 その言葉と同時に部屋のなかの灯りが消える。

 さっきまでのあたたかさまで、一緒に消えてしまったように。

 そうして部屋のなかには、暗闇と沈黙で満たされる。

 そのなかでわたしは目を閉じて、ずっと迷ったままだった。

 ミドリの意志はわかってる。

 ミドリの気持ちもわかってる。

 

 あの目をみたときからわかってた。

 だから、こわい。

 またミドリを傷つけてしまうかと思うとたまらなくこわい。

 この想いは本当に、ミドリに向けたものなのか。

 この気持は本当に、ミドリのためのものなのか。

 そのふたつが輪っかになって、わたしのこころを縛ろうとする。

 だけど、それでも、わたしは。

 言わなきゃいけない。

 言わずには、いられない。

 

 だってわたしは、欲張りで強欲なんだから。

 あのとき、気づいてわかったはずだ。

 わたしの想いを貫きたいのなら。

 わたしの気持ちを伝えたいのなら。

 わたしの意志で、自分の言葉にして、相手にぶつけるしかないんだって。

 わたしには、それしかないんだって。

 だって、それがわたしのやり方だから。

 だから、わたしは。

「ねえ、ミドリ」

 目をあけて、こころの暗闇をふりはらう。

 こころをひらいて、想いと気持ちで言葉をつむぐ。

「なんだい」

 その声はいつも通りに落ち着いていて揺るぎなく、そして穏やかだった。

 真っ暗でも、ミドリがわたしをみていてくれているのがわかる。

 だって、わたしも真正面からみているから。

 暗闇のなかで静かに灯る、緑色の優しい光を。

 そこに刻まれた、交差するふたつのしるしを。

 これだけは、ミドリの優しさに甘えられない。

 これからは、わたしの弱さに逃げたりしない。

 だから、ここで言わなきゃダメなんだ。

 ミドリの目をみて、ちゃんと言わなきゃダメなんだ。

 こんなの勇気でもなんでもない。

 ただのわたしの意志で、わたしの意地だ。

 でもだからこそ、間違いなく本物だって言えるんだ。

「ミドリ」

「なんだい、こいし」

「ごめんなさい」

 そのひと言に辿りつくのに、随分な遠回りをしたけれど。

 そこに辿りつくまでに手にいれた全部があったから。

 そのたったひと言に、本物のわたしの想いと気持ちを、こめることができたんだ。

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