第56話わたし、魔法少女になりました そのじゅうさん(意地でもわたしは自分の意志を信じます)

 わたしのことがどうしてわかる。

 あんたにわたしがどうしてわかる。

 わたしが何も手放してないだって?

 ああ、そうだよ。そのとおりだよ。

 そんなことはわたしが一番よくわかってる。

 わたしのことなんだから、言われなくてもわかってる。

 あんたなんかに、言われる前からわかってる。

 わたしはずっと握って溢さなかった。

 わたしを掴んで離さなかった。

 そうして何があっても繋ぎとめていた。

 そうやってどんなことがあっても結びつけていた。

 たとえなかがカラッポの、ただのガランドウだったとしても。

 なかにいれる殻だけは、スキマができることがないように。

 それがどんなに不細工なものだったとしても。

 それがどれだけ薄っぺらいものだったとしても。

 その何もないカラッポが、いつか全部埋まるまで。

 いつかわたしのなかのカラッポが、一杯になるまでは。

 わたしのなかを、いっぱいにしたかった。

 そのためにやってきた。

 そのときがくるまでやり続けてきた。

 何を詰めても、割れることのないように。

 何を注いでも、ヒビがはいることのように。

 そのとき壊れることが、ないように。

 そのときまで、壊すことのないように。

 そんなふうにしてつくった容れ物に、わたしはせっせと中身を入れた。

 お母さんの教えを守ってやってきた。

 何が正しくて、何が間違ってるのか知らないままで。

 やらなきゃいけないことをやってきた。

 ひとにはできて当前のことをやればいいんだと思いながら。

 こんなわたしでも、ちゃんと生きていけるように。

 こんなわたしでもができるんだと、誰かに証明してるみたいに。

 お母さんに言われたとおりにやってきた。

 何が善くて、何が悪いのかわからないまま。

 やってはいけないことはやらなかった。

 ひとなら当然しないことをやらなければいいんだと思いながら。

 わたしなんかでも、ちゃんとしたひとになれるように。

 わたしなんかでもものになれるんだと、何かに保証してるみたいに。

 そうすることに疑問はなかった。

 そうしていることに不思議はなかった。

 そうしていればわたしのなかのカラッポが、埋められると思ってたいたから。

 そうすればわたしの殻が、かたちをもてると思ってたいたから。

 ひとができることをしていれば。

 ひとのしていることをやっていれば。

 何もない、何モノでもない、潰れてひしゃげた風船みたいなわたしでも。

 それでも中身さえあれば、その中身が何だったとしても

 そうみえてさえいれば、それでよかった。

 そのための全部を、自分の意志で選んで決めてきたはずだった。

 いままでわたしはそうだと思ってた。

 自分の意志で全部の一歩踏み出し、手を伸ばしてきたのはそのためのはずだった。

 これまでわたしはそうしてきたと思ってた。

 ここまでのわたしの全部が、お母さんの言葉に従ってきたままだったのに。

 その言葉を何ひとつ疑ってなんていなかった。

 だからお母さんの言葉を、

 信じるということがどれだけ難しく勇気がいることなのか。

 いまになってようやく、わたしは初めて知れたんだ。

 そんなことだったから、全部無駄になるのは当前だった。

 全部無意味になるのは当然だった。

 握りしめて力をこめるほど、指のあいだからあふれるように溢れ落ちていく。

 掴もうと力をいれるほど、するりと手の中から抜けて離れていく。

 そうしてできたスキマから、は砂のように流れ出ていってしまった。

 これでまた元通り。

 何もないカラッポの、殻だけのわたし。

 自分の意志すらわからない、信じることができないわたし。

 だからあんたに訊いたのに。

 どうしたらいいか訊いたのに。

 何を信じたらいいか訊いたのに。

 答えはわたしのなかにある?

 そんなのどこにあるっていうんだ。

 そんなことはわたしが一番わかってる

 あんたがわたしのことを何て言ったって。

 

 だけど、それだけは決して言いたくなかった。

 絶対に言葉にしたくなかた。

 わたしにプライドなんてない。

 誇れるものが何もないから。

 わたしに信念なんてない。

 何も信じていなかったから。

 自分でわかってることをひとに訊くのはよくないなんて関係ない。

 ただただそんな情けなくて格好悪い、言葉を言うのは嫌だった。

 理屈でも倫理でも道徳でもない、ただのわたしの、意地だった。

 カラッポの殻のわたしがもっていたもの。

 最初からもっていて、最後まで残ったもの

 プライドも信念もないわたしにある、たったひとつの意地だった。

 でも、譲れないものだった。

 女の子にだって、譲れない意地がある!

 わたしは自分の嫌なことは、何があってもどんなことをしても必ずやらない。

 それだけはいまでも確信できる。

 最後に残ったこの意地が、もしもわたしの意志の欠片だというのなら。

 だったら、いまわたしのやることは。

 この緑の目は、わたしが魔法少女になれると言った。

 そのための資格が、わたしにあると言った。

 その資格がどんなものか、わかっていてわたしに言った。

 それが魔法少女になるための資格じゃなく、魔法少女にされるための資格だとわかっていても。

 わたしのことをと言ったんだ。

 そしてわたしが、魔法少女にと言ったんだ。

 ふたつとも同じで変わることのない、いつも通りの落ち着いた揺るぎない口調で言葉にした。

 あんなに難しくて勇気のいることを、あんなにも何気なく簡単に。

 わたしのことを、信じたんだ。

 でも、ホントにそうだったんだろうか。

 なんてことは、この緑の目でも難しいことなんじゃないだろうか。

 それを言葉にするには、勇気がいることだったんじゃないだろうか。

 ましてやその相手はわたしだ。

 自分で言うのもなんだけど。

 それでも、言ってくれたんだ。

 だったら、いまのわたしが言うべきことは。

 この緑の目が信じてくれると言うんなら。

「わたしにあんたは……」

 いや違う。それじゃ同じだ。

 これじゃあ同じだ。

 お母さんのときと何も変わってない。

 誰かが信じてくれるから、わたしは自分自身を信じられるんじゃない。

 自分を信じることができるを、ひとに信じさせてやるんだ。

 意地でもそうしなきゃダメなんだ。

 そうして意地でも探してかき集めて見つけだすんだ。

 わたしの、わたしだけの意志を。

 そしてわたしは覚悟を

 息を吸って、腹筋に力をいれて、奥歯をガッチリ噛みしめる。

 どんなに難しくても、勇気がいっても。

 想いは、言葉にしないと伝わらないから。

「あんたはわたしに、?」

 挑むように、わたしは緑の目にそう問いかける。

 信じることは裏切られてもいいと思うことじゃない。

 裏切られたときの辛さも、痛みも、苦しみも、全部を呑み込んで。

 信じることを選んだなら、最後まで貫き通すと決めること。

 だから、きっとこれがわたしの最初。

 初めてで、答えを問いだった。

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