第3話わたし、魔法少女になったらこんなですか(何だか納得いきません)

Killing all the way何が何でも殺さなきゃ

 その言葉が何の抵抗も反発もなくごく自然に自分が口にしたことに、口にできたことが、口にだしてしまったことを誰より何よりわたし自身が多分一番驚いた。

 驚いてびっくりしたのと同時にわたしは怖くてゾッとした。

 心臓を氷で突かれたような背筋が凍りついたような、体と心の両方が冷たい恐怖にゾクリと震えた。

 それはわたし自身の、自分自身への恐怖。

 心のなかに浮かんだときは、胸の裡にあるあいだは、自分の内側で靄のように曖昧に漂うだけなら、何も感じなかったし何とも思わなかった。

 それなのに自分の内側から外側へと、世界を開いた鍵が声というかたちを持ってそこに単語という肉付けがされ言葉という意味を持ってするりと零れ落ちたときに初めて実感して理解した。

 これがわたしの魔法の呪文、そして呪いまじないの言葉なんだと。

 自分が一体何を想ったのか、何を思っていたのかを。

 その感じは自分の産んだ娘が人間じゃなくてイグアナだったときくらいの驚きに近いんだろうか。

 そして本当にイグアナだったのは自分だと知ったときの恐怖もこんな感じなんだろうか。

 もちろんわたしは自分が人間だと知ってるし、子どもを産んだ経験なんてあるわけないし、これから先もあるとは思わないけど。

 確かにわたしは自分のことだけを考えて、自分の願望という欲を選択肢の最優先にして魔法少女になることを決めた。

 友達のことを考えたのは二の次三の次だったのは自分でも解っているし、そのことを利用したことも自覚してる。

 わたしにはもうとっくに手遅れを通り越して手を合わせることしかできない状態にしか見えない友達を、それでも今ならまだ助けだせる、救うことができるという緑の目の言葉を信じたのは嘘じゃない。

 わたしが友達を助けたいと願ったのは、救いたいと望んだのは、元通りしたいと思ったのは偽りじゃない。

 それができる力があるなら、やるべき資格があるならそうしたいと想ったのは本当だった。

 そして善いことをしたいと、善いことができる存在になりたかったのが本心だった。

 その結果があの呪文あの言葉だというのは正直なところ落ち込む。

 そもそもわたしの知ってる言葉のなかにあんなものはあっただろうか。

 英語自体たいして得意じゃないのに、あんなものどこからきたんだろうか。

 そんな言い訳と責任転嫁という別の理由で、また勝手に恐怖を感じ始めたとき。

「大丈夫だよ。あの魔法の呪文は間違いなくキミのなかにあったもの、キミのなかから生じたもの。だから別の誰かのものでも何処か別のところからやってきたものでもない、この世界で唯一、キミだけの言葉だよ。ぼくが保証するよ、だから怖がらないでね」

 なんて頼んでもいない余計な説明をして安心させてくれた。そのうえ保証までされてしまった。

「そして今のその姿と存在が何よりキミの本質を証明してくれるよ」

 え、今の姿?

 そう言われて自分の姿を確認する。といっても鏡がないので首を巡らせて目に見えるところだけだけど、それでも一目瞭然だった。

「うわ、ホントに変わってる」

 さっきまでどこにでありそうな特にこれと言って特徴のない学校の制服を着ていたはずなのに、いまはその真逆の格好になっていた。

 全体の色は艶のある滑らかな純白。陰りが見える夕暮れの日の光の下でも眩しいほどに輝いて自身の白さを主張している。

 そこに赤やピンクなどの暖色系の色が要所に差し色として入り、白さをより際立たせていた。

 デザインも、肩や袖やスカートにたくさんついているフリルやドレープがてひらひらと風にゆれ、そのあちこちに散りばめられたリボンやコサージュなどの飾りがより一層の華やかさと彩りを増している。

 視線をそのまま下に向ければスカートの丈はさっきまでの制服のものよりかなり短く太ももが半分隠れるかどうかといったところ。

 そこから伸びる今は見る影もないあの子のものみたいに長くもキレイでもないわたしの足は、膝よりも長いソックスに締め付けられ少し肉が余ったままガータベルトで止められている。

 足下を見れば地味な茶色のローファーが、エナメル質の光沢を放つ履いたこともないほど踵の高い、甲の部分に一輪の花が咲く純白のハイヒールになっていた。

 そこまで全身をぐるりと見回して何だか頭に違和感を覚え、こちらもフリルで飾られた手袋に包まれた右手で探ってみると何やら頭にティアラのようなものまでのっている。

 それは過剰なまでの少女趣味に大量のメルヘンとリリカルをトッピングして隠し味にラディカルさをスパイスとして最終的にマジカルにまとめたまるでふわふわの綿飴のようだった。

 そう確かにわたしはいつの間にか紛れもない魔法少女そのものの姿へと変身していたのだった。

 だけどこんな衣装を着るのもこんな格好をするのも初めてのはずなのに、どこか懐かしいような何故か寂しいような気がするにはなんでだろう。

 全然違うはずなのに、幼かったあのときに自分で作った世界で自分だけの魔法少女をどこか思い出させるからだろうか。

 でもそれよりも気になることが二つある。

 一つは魔法少女の変身というのは、何と言うかもっときらびやかで派手なものじゃなかったかということ。

 何だか自己嫌悪だか後悔だかのを考えているうちにこんな姿になっていた。

 そのことを訊いてみると。

「そんな無駄な過程は必要ないよ。大事なのは結果だけだよ」

 などとロクな死に方をしない、むしろロクに死ねないようなことを手短にかつ平然と言い切った。

「ちなみに変身には一秒もかかってないよ。時間は大切にしないとね」

 さらにその意見には同意せざるを得ない注釈までご丁寧にもつけてくれた。

 そこまで言うなら、というよりもそんなことを言うならこちらの方は一応無理矢理納得するとして、残ったもう一つの気になること。

 それは見た目は綿飴のようで、本当なら雲を着ているように軽いはずのこの姿が実際にはひどく重苦しく感じることだった。

 そのことについても訊いてみると。

「魔法少女の姿は本人のイメージに依るところが大きいからね。キミがそう感じるなら、きっとどこかでそのイメージがその姿に反映されているんじゃいかな」

 と、今度は深夜のコンビニみたいにやや突き放した答えが返ってきた。

 しかしそうなるとこの妙に重苦しい感じの原因は、わたしのイメージにあるということか。

 そう言われると何となく心当たりがあるような気がする。

 確かにこの姿はどこか見覚えがある。幼い頃の思い出じゃなく、ごく最近の記憶のなかに。

 でも最近そんなことあったっけ。今目の前で食べられている友達のことは別にして。

 そんな重苦しい気分になるような、気持ちが沈み込むようなことが。

「ああ!そっか。わかった、あれだ!」

 数秒頭を捻り、そして脳内に電球が閃くように唐突に思い出した。

 そうか、だからか。それなら確かにそうなるよね。

 だってこれ、喪服だもん。

「解決したかな。得心したかな。だったらいいけど。キミがキミのために使った時間の分だけキミの友達に残された時間はなくなっていくよ」

 そうだった。とりあえず余計なことは全部後回しにしなきゃ。

さっきから質問には答えてくれるけど人の神経を逆撫でするような喋り方をする、でも何故かそのことが気にならないこの緑の目の正体とか。

 そう言えばまだ名前も知らないや。あとでお互い自己紹介はちゃんとしよう。挨拶と自己紹介は大切にしなさいと母からも教えられたし。

 この姿になったからには、魔法少女になったからには自分のできることとやるべきことをしなければ。

 そうそれは。

「とりあえずあのバケモノたちを倒せばいいんだよね?」

「そうだよ」

「そうすればあの子も全部元通りになるんだよね?」

「そうだよ」

「わかった。じゃあいくよ」

 何だか初めて質問以外の言葉をこの緑の目にかけた気がする。だからと言って後で訊ききたいことは山ほどあるけど。

 いまはそのときじゃない。

「その意気だよ、ザント・ツッカーヴァッテ砂の綿菓子。キミの力を見せておくれ」

 何だか勝手に変な名前をつけられた。でも不愉快でもなく不快感もなく、むしろ不思議なほどしっくり馴染んで落ち着いた。

「待っててね、いま

 そんな今更もう十分以上待たせて遅すぎる、でもまだ希望は残っていることを聞こえていなくても伝えくたくて言葉にした。

 そしてその希望を現実に変えるためわたしは衣装を翻し、この姿になってからずっと左手に握りしめていた魔法?のステッキを走り出す。

  そういばこの姿と存在がわたしの本質を証明すると緑の目は言っていた。

 それはこの白い喪服の魔法少女姿なのか、それともこの肩に担いだ自分の体より大きいステッキ鈍器のことなのか、それとも友達のために力を使おうといている行動そのものなのか。

 まあいいや。誰がわたしの何をどう証明しようといまはそんなの関係ない。

 いまわたしにできることとやるべきことは、あいつら全部を何が何でも殺すこと。

 そのために、わたしは友達のほうへと一直線に、速度を上げて向かっていく。

 できることをするために。

 やるべきことを、やるために。

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