第2話わたし、魔法少女になることにしました(だって仕方ないじゃないですか)
魔法少女。それは名前どおりの文字どおり、ほんのちょっとの魔法の力で、何より愛と勇気と笑顔のちからでみんなを幸せにする存在。
普通の人間にはどうしようもない、大変な事故や重大な事件が起きたとき、どこからともなく現れて何の後腐れもなく何の後始末も必要なく全部まとめてサッパリ解決していく。
そのとき決して人を傷つけたり、何かを壊したりなんかしない。
困ったり、怒ったり、泣いたりしている人たちに自分の顔を分けるように、笑顔に変えて去っていく。
どれだけみんなに感謝されても、絶対に自ら正体を明かすことはなく、陰に日向に日夜みんなの幸せのために頑張る女の子。
そんな甘くて綺麗で夢のようなお話。
それがわたしが小さい頃、我が家の数少ない娯楽だったテレビに映っていた世界。
女の子なら誰でも一度は胸に抱く、わたしもなりたいなってみたいと夢に見て夢中になる、キラキラと輝く星のような憧れ。
わたしもそんなまわりの子たちと同じだった。
少しでもその存在に近づきたくて主題歌を覚え、台詞を暗記し、決めポーズの練習なんかもしたりした。
番組の合間に流れるCMやデパートに売っているような、なりきり変身セットやおもちゃのステッキなんかは母の教育方針である「欲しいものを欲しいだけ与えられた子どもは碌な人間にならない」という理由で、もとい常にノーロープ綱渡り状態のうちの経済状況が主な、というかそれただひとつだけが原因で買ってもらえなかった。
それならばと自分ので何とかしようと思い、教育番組でやっていた一人と一匹の工作教室なんかを参考にしながら身の周りにあるものを使ってなんやかんやと自作した。
スーパーから貰ってきたダンボールでステッキを作り、ゴミ袋やテープで衣装を編み、ティッシュや折り紙で飾り付けた。
今から思えばそれはとても不格好でお世辞にも見栄えがいいとは言えない出来だった。
けれどあのときのわたしにとってはそれは世界でわたしだけの、わたしだけが持っている、わたしのなりたいものになるための手段だった。
だから他の子たちがちゃんとした正規の商品を手にして遊んでいるなか、わたし一人だけ手作りのおもちゃを身に着けて混じっていても何も気にならなかったし、気にもしなかった。
それを周りがどう思っていたかなんてわからなかったし知る気もなかった。
ただあのときのわたしは自分のちからで憧れの存在に少しでも近づけたことがとても嬉しくて楽しくて、そして満たされていた。
それはちょうどあのとき同年代の男の子たちが、本気で必殺技の練習をしてごっこ遊びに明け暮れるほど憧れていた、戦うのが大好きな異星人なのに地球のみんなを守るために強大な敵と戦っていたヒーローに対する想いと同じものだったと思う。
方向性はちょっと違うけど、自分にはない能力をもつ何か、自分にはできないことができる誰か。
それは自分の持つ力を誰かのために使えること、何かのために自分を犠牲にできること。
善いことをただありのままに為せること。
そんな、存在に憧れるのは女の子も男の子も変わらなかった。
もしかしたら大人になっても、本当はみんなそんな風になりたいのかもしれない。
ひとはみんな、
そんな淡い思い出と一緒に今でも心に残る微かな熱情が、わたしにとっての魔法少女という存在だった。
だからわたしはこの状況を、ただ”違う”としか思えなかった。
「キミにもとうとう魔法少女になるときがきたんだよ」
わたしの知ってる魔法少女はこんなお茶の間に流せないような、モザイク処理が必要な現場を解決したりはしていなかった。
「決まってるじゃないか。キミがあいつらを倒すんだ」
わたしが観ていた魔法少女はこんな目を背けたくなるようなバケモノたちと、戦って倒したりしていなかった。
そして何より違うのは。
「早くしないとキミのお友達が
わたしの記憶のなかにある魔法少女の相棒は、そんな緑の目をして誰かの死を燃料に人を焚き付けたりしなかった。
「それって、どういうこと?」
なのにどうしてわたしは、そんなことを訊いてしまったんだろう。
どこからどう見てもあの子はもう死んでるのに。
陸上部に入っていていつも太陽の下を元気に走っていた彼女の、日に焼けた白と褐色のコントラストが美しかった体は、とっく食い散らされて今は赤と黒の斑に染まりバラバラになっている。
短距離の選手として記録を持っていた、しなやかな筋肉のついたすらりと長い両足は、太ももからふくらはぎまで食べごたえのある箇所は骨までしゃぶり尽くされ、その残った骨もガジガジと名残惜しそうに齧られている。
何かと鈍くさいわたしを引っ張ってくれた、彼女の利き腕でもある右腕は、肩から食いちぎられまるで食後の爪楊枝みたいにバケモノの牙に引っかかっていた。
わたしが背中を丸めて下を向いていたとき、優しく背中をさすってくれた左腕は、粗方食べ尽くされた肘から先の食べ残しが、ゴミのように近くに転がっている。
きっと柔らかい内臓に大勢群がったのが、空っぽの空洞になった胴体の、汚い食べ方から想像がついた。
笑ったり泣いたりそしてときには怒ったり、色々な表情をわたしに見せてくれた彼女の顔は、頬のお肉がごっそり食べられ、短く整えられた黒髪ごと頭が齧り取られ中身を啜った跡が地面にぶちまけられていた。
そしてバケモノの長い舌で抉らり取られ、飴玉のように転がされている左目と違い、まだ顔に嵌ったまま残っている右目が何より彼女の死を証明していた。
だってその目はあのとき見た目と同じだったから。
死んでただの肉になった母の目と、同じ目をしていたから。
だからわたしは彼女が死んでいることがわかってしまう。
なのに、なんでこの緑の目はそんなまだ希望があるようなことを言うんだろう。
「あいつらはこの世界の生き物じゃないからだよ。あの子の体が全部あいつらの胃袋に収まったらもう手遅れだけどね。肉の一片骨の一欠でもこっちの世界に残っていれば全部なかったことにできるんだよ」
そうして返ってきたよくわからない理屈のなかで、理解して確認しなければならないことは唯ひとつ。
「それはわたしが魔法少女になれるってこと?」
「当然だよ。キミにはその資格があるんだからね」
そっか。わたしはなれるのか。
「そうすれば全部元通りにできるってこと?」
「もちろんだよ。キミにはそのための力があるんだからね」
そっか。わたしにできるのか。
それなら。
「それならわたしはどうすればいいの?」
何だか質問してばっかりだなと思いながら、今度は明確な意志を込めて、答えを求めてそう訊いた。
たとえそれが、いつか願ったものとは違っても。
たとえこれが、決して望んだものではなくっても。
いつの間にかそれしか頭になかった。
知らぬ間にそれしか目に入らなかった。
熱病に冒されたように心に残る種火に火が着いた。
だからわたしは躊躇なく一歩を踏み出した。
そしてわたしは迷いなく一線を踏み込えた。
その火がもう消えない炎となって全身を焼き尽くしてもかまわない。
もう戻ることはできない一歩を。
もう退くことはできない一線を。
「簡単だよ。心の底から想えばいいだ。魔法少女になりたいと。そして願うんだ、魔法少女になってどうしたいかを。そして望むんだ、魔法少女になって何をしたいかを」
確かにとっても簡単だ。魔法少女になってどうしたいか、何をしたいかなんてそんなの考えるまでもない。
友達を助けたい。友達を救いたい。
でもそんなのは上っ面。
何より心の底から想うのは魔法少女になれるなら
昔から母に口を酸っぱくして教えられたことがある。
知らない相手について行ってはいけない。知らない相手の言うことを聞いてはいけない。
そして
許してくださいお母さん。わたしはあなたの教えを守るために悪い子になります。
わたしは友達を理由にするために、あなたの教えに背きます。
わたしは友達のせいにするために、あなたの教えを破ります。
ごめんなさいお母さん。わたしは自分の欲を満たすためだけにあなたの全てを無駄にする悪い子です。
「心が定まったのなら自然と
そんなものはとっくに決まってる。
まず何より想うのは魔法少女になりたいなってみたい。
そしてたとえ上っ面でも友達を想うこの気持ちは本当だ。嘘でもなければ偽りでもない。
助けられなくてごめんと、嘘のない謝罪を込める。
必ず救ってみせるからと、偽りのない覚悟を決める。
そのためにどうすればいいのか。
そのために何をすればいいのか。
友達を守るためにできることは何なのか。
自分のためにやるべきことは何なのか。
両手は自然と、祈るように組んでいた。
そして頭がそこに至ったとき、心に浮かんだ
そう、わたしにできること。わたしのやるべきこと。それはふたつまとめて唯ひとつ。
善いことをただありのままに為すために。
だからそのための
「
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