第6話 ユフィの心境
ユフィは、私は最初からうまくいっていない。
当初の予定通りには、なかなかいかないのが苦痛だった。
生き別れた妹としてとある貴族の屋敷にもぐりこんだ。
はじめは屋敷を乗っ取るつもりだった。
そのために、とある貴族の血を利用して、猫をかぶったというのに、ぜんぜんうまくいかなかった。
その頃は、気に食わない姉の排除は後でいいと思っていたが、それが間違いだったのだ。
あの恵まれた幸福な人間は後でたっぷり玩具にして、弄べばよいと、その程度に考えていたのは。
今ではもう、優先事項が変わってしまった。
あれは放置できない。
どうしてかは知らないけれど、姉のフィアはこちらをずっと警戒している。
出会った頃からずっと。
だから、人を操りやすい環境の中で戦力を増やしてから、姉を嵌めようと考えた。
屋敷の財産を奪うのはその後で遅くない。
私はさっそく、学園の中の家の格が高い者達を集めて操り、とりまきを増やしていった。
そして、起きてもいない事件や事故をでっちあげて、姉を陥れる罠を作っていく。
彼女の名誉を汚すためには十分であると判断したころ、私は行動を起こすことにした。
大勢の生徒達を体育館で悪を明らかにし、犯罪者を断罪するための裁判を始める。
「私の姉は、いたいけな女子生徒を虐めて、あまつさえ男子生徒に命令してとても口には出来ないような事をさせていたのです。こまかな嫌がらせをあげればきりがありません。他にも恐喝や器物損壊などを」
すらすらと私の口から流れ出る嘘を聞いた生徒達はすっかり信じてしまったらしい。
口々に「なんてひどいんだ」「可哀そうに」と言い合っている。
駄目押しに、とりまきを被害者として名乗りあげらせる。
姉の筆跡をまねて作り上げた嫌がらせの証拠物や、姉が日ごろ使用している道具を盗んで証拠物として扱うような事もした。
ここまでやれば誰も私の言葉を疑うはずがない。
しかし。
とりまきたちが一斉に私を糾弾し始めた。
支配の加護で操っていたはずの者達が。
「この女の言っている事は嘘ですわ。今まで私達は脅迫されていたのです!」
「私達が述べたのは全てありもしない嫌がらせ、罪です!」
「本当の悪役は、こっちの方なんだ!」
彼等には、なぜか支配の加護が効いていなかった。
それはあり得るはずのない事だ。
言葉が出ないでいると、集められた生徒達の中、糾弾されている側のはずだった姉がやってくる。
「歴史を調べてみたら、加護には相性があるんですってね。魅了の加護に対抗するには真実の愛が有効だったみたい。なら、貴方が持つ支配の加護には何が有効だと思う?」
「まっ、まさかっ」
「そう、立ち向かう勇気よ。相手の方が強いと知っていてもなお、己の中の譲れない何かのために心を奮い立たせる心、勇気。それが加護の弱点」
「そっ、そんな。私の支配が効かないなんて」
姉は一体いつの間に、加護の弱点を調べて、それを取り巻きに教えていたのだろう。
勉強に部活動に、教師の手伝い、友人とのつきあい。
監視していた姉の行動はいつも忙しそうだった。
だから、そんな暇はないと高をくくっていたのに。
幼いころから思っていたが、やはりこの姉は恐ろしい。
屋敷に妹としてやってきたとき、私を一目見た時に、姉は警戒して体をこわばらせていた。
その様子を見た私はあの一瞬に、こんな事になるのではないかと思ってしまった。
まさか、本当にそれが現実になるとは。
私は取り巻きたちに取り押さえられて、目隠しをされた。
誰を支配するかこの目で見ないと、加護を使えない。
そんなことまで調べられていたなんて。
耳元でささやかれる。暗闇に響いてくる。憎き姉の声だ。
「未来の私と同じ目に遭う気持ちはどう? もっと場所も人も違うけれど」
でも、どんな言葉だって、今さらどうでもいい。
勝者の言葉なんて、聞く意味がない。理由がない。
その場に集まった者達に、ゴミ屑をなげられて、罵声をあびせられる。
この場の環境全てが屈辱的だった。
「私はこんな結末認めない! 生まれた時から恵まれていたお前なんかにっ! 幸せでいた分だけ、地獄に落ちてしまえばいんだ!」
暴れる私は力ずくで押さえつけられて、どこかへと運ばれていった。
厳重な馬車にのせられて牢屋に入れらられた私は、陽の光のない狭い空間で、手足を拘束されたままだった。
おそらく私はこれから、一生こんな姿で生きていかなければならないのだろう。
時々見張りにやってくる看守に唾を吐かれて、足蹴にされ、虫の入った食事をなげつけられる。
次に生まれ変わる事があったら、あの姉に必ず復讐してやる。
私は憎悪の感情を言葉に込めながら、その牢屋で一生を過ごした。
妹との闘いは、これで決着がついた。
もう、家族や使用人を害される事はない。
加護持ちと分かった人間は、一生牢屋から出る事はできないだろう。
有用性に目をつけた誰かがもしかしたら、後ろ暗い何かのために使う可能性があるが、そこまではもう考えていられない。
「これでよかったのよね。シンフォ」
「はい、緊張しましたね。お疲れ様です」
人のはけた学校に残って、勝利の余韻に浸ろうと思ったが、疲労の方が大きくてすぐにかき消されてしまった。
二人だけで、最近使った資料を図書館へと返しに行く。
「今までありがとう。貴方がいてくれたから、私はこれまで頑張る事ができたの」
「それは、そんな。当然ですよ、私は仕えている人に対して、やるべき事をやっただけですから」
シンフォは口ごもりながら、「それに、大切な人ですし」と小さくつぶやいている。
それでは、きちんと聞こうと思って聞いていないと、聞こえない。私は苦笑してしまう。
「貴方はとっても頼りになったわ、これからもその調子で頑張って、お父様とお母様をささえてあげてね」
「もちですっ。えっ、今の何だか」
私は微笑みを返した。
私は自分が放った言葉に、自分の存在を含めなかった。
それに気が付いたシンフォが、聞き返すのは当然だろう。
私の加護は妹の加護ほど、勝手が良いものではないのだ。
過去に戻っていた魂が、あるべき場所へ帰ろうとするのを感じて、目を閉じる。
時間を巻き戻すのではなく、この加護は目的を達成するまで魂だけを過去に送る加護だった。
加護の力が再発動した今になってそれが分かるとは。
「お嬢様、私は貴方の事がっ」
「最後の時間、貴方と共に要られて良かったわ」
シンフォの声が遠くなっていく。
残された私には可哀そうな事をしてしまった。
未来からやってきた私という魂が消えたら、この世界の私は一体どうなるのだろう。
私が体を占領していた数年間の記憶をなくして生きていかなければならないのかもしれない。
けれど大丈夫だ、仲の良い友人も、頼れる使用人も、両親もいるのだから。
私のこの魂がどこに帰るのかは分からない。
妹が暴虐の限りを尽くした世界の未来へ帰るのか、それとも変わったこの世界の未来へ移動するのか。
どちらにしても、後悔はなかった。
私は、時空をさまよう魂の航海へと旅立った。
人間関係を壊して私の家をのっとった妹へ仕返しするために、過去に戻ってやり直す。この世界では何一つ、好きにはさせません。 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032
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