43.戦争の香り

 ――日本中央府東京地区――


「いやぁぁー!」

「うわぁー!」

「逃げろー!」


 正午前にそれは起こった。

 闇オークション会場で売られていたエニグマの脱走事件だ。


 主催者は〈輝星の箱舟アーク・オブ・ブライト・スター〉の下部組織――〈テラミレア商会〉である。


 エニグマは危険な存在だが、手懐けることが可能だ。

 悪夢ナイトメアが消えてから、エニグマが命を捨てて突進してくる事がなくなり、しっかりと生に執着するようになった。


 エニグマを死ぬ間際まで拷問をすると、命乞いをするのだ。

 そうするとある人物が作成した呪術によって、エニグマを奴隷に縛り上げることができる。


 ここ数年で技術が確立し、違法技術として認定された。

 しかし、裏社会ではペットや兵士として流行っている。


 今回逃げ出したのは、戦闘力200相当のエニグマ約80匹だ。


 戦闘力200は上位クランからしたら雑魚である。

 しかし、一般クランにとっては、一匹倒せるかどうかという戦闘力なのだ。

 各クランに倒せるのが一人いるかどうかという割合で、まだまだ人類の戦闘力アベレージは200に及ばない。


 開放されたエニグマは強者に対する怯えから、そういった勘や嗅覚が鋭くなっていた。

 弱者がいる方へ次々に走り出し、とにかく強者の匂いから遠ざかる。


 戦闘力200を超える能力者は全体の数パーセントしかいない。

 殆どが対処不可能であるので、被害は甚大なものになった。


 そのエニグマの嗅覚は鋭く、兵器にも反応する。

 都会の中心から逃れるように拡散していき、そのほとんどがゲートを目指した。


 上位クランが到着した頃には、殆どのエニグマが逃げ去った後であり、オークション会場やその周囲にある死体と血痕が事件の悲惨さを物語っていた。





 ――カナダ・トロント――


 〈輝星の箱舟アーク・オブ・ブライト・スター〉の本拠地では、怪しげな会合が行われていた。


「種は蒔き終えたのか?」

「ええ、順調だわ」

「これで数年後には、接触できるだろうか?」

「それは仮説に仮説を重ねたようなものだから、上手くいくかはその時にならないとわからないわね。まあ、成功を祈りましょう」


 薄暗い室内の円卓に座る二人が話をしていると、そこに割り込んでくる人物がいた。


「そんなことよりもよぉ、“銀杖”と“死曲”のお二人さん、良い感じのゲート知らない? この前のはもう飽きたんだよねぇ。そろそろマザーゲートに入ってみたいんだけどさぁ……」

「“灰狼”の、マザーゲートは止めておけ。まだお前には早いだろう。せめて戦闘力3000を超えないと一人では無理だ」

「そうねぇ、“灰狼”にはいろいろ手伝ってもらったから、なにかしてあげたいんだけど……強者と戦いたいなら、クランを相手にしてみたら?」

クランだぁ?」

「そう、エニグマを狩って戦闘力を鍛えて迷宮ダンジョンを探索している輩よ」

「うーむ……」


 “灰狼”という人物はあまりピンと来ていない様子で、考え込む素振りを見せている。

 彼は常軌を逸した戦闘狂でエニグマの殺戮を目的にゲートへよく入っているのだ。


 慧には及ばないが……


クランとことを構えるのなら、このリストにあるのを優先してくれ」


 そういって“銀杖”は各国のクランをまとめた資料を“灰狼”に渡した。


「……〈ザ・ブレイブ〉優先度5、〈クロスウェイブ〉優先度2、〈カオスハート〉優先度3、〈シュレディンガー〉優先度4……〈調和の象徴ハーモナイズシンボル〉優先度測定不可、これはなんだ?」

「それは我々とクランの全面戦争が起きたとき、総戦闘力と主な活動内容の相関から危険度と予測損害値を求め、そのクランを潰すべきか潰さないべきかを優先度で表したものだ。かなり我々の主観が混じっているので正確ではないが、優先度が大きいほど潰しておきたいクランだ」

「優先度が大きいほど、そのクランの総戦力が単純に高いか活動内容が我々にとって有害か、あるいはそのどちらも、この三つのどれかなのよ」


 “灰狼”は資料の情報を即座に記憶した後、資料を燃やした。

 円卓の上に資料が燃えた後の灰が積もる。


「自分の実力を確かめるのに丁度いいと思うから、まあ、暇を見つけたらやってみてくれ」

「そうするぜ」

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エンディングアース【=】〜超越S級能力者は闘争を望む〜 稀有まばら @Leyre

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