第4話 ハイエルフのスプラ 2

マモルがこの世界に来て5日が経過した。


朝食をスプラと一緒に食べた後、マモルは一人家の前で薪を割っていた。


最初の数日はこの先の生活に対する不安で押しつぶされそうな気持ちだったが、衣食住が確保できていれば人は意外と簡単に慣れる。


マモルは、今の暮らし、すなわち森の中のポツンと一軒家で美人との同居生活も案外悪くないと考えるようになっていた。


元の世界の仕事なんて今となってはどうでもいい。

心残りは親兄弟や友人と会えないこと。


薪を割る手を止め、側に置いていた水筒から冷たい水を飲む。

水筒は、元の世界にいるときから愛用していたサー〇ス。保冷効果は折り紙付きだ。


(とはいえ、魔術のあるこの世界では不要なんだけどね・・・)


スプラに頼めば、冷たい水などいくらでも手に入る。

もっと言えば、水を沸かすのに薪すら必要ない。

生活魔法が得意なスプラは、全てを魔術でこなしていた。


ただの居候では申し訳ないので、半ば不要な仕事を探して働いている、というのが現状だ。



スプラは地下室で魔導研究を行っている。

マモルの身体を調査した結果を用いて、祝福を無効化する手段を探るとのこと。


(スプラさんには本当のこと話してもいいかも)


マモルが異世界人であること、それこそが祝福が効かない理由ではないか。

この情報があれば、スプラの研究は進むのではないか。


マモルにはそんな予感があった。


スプラもマモルが何か隠していることを察知している可能性がある。

何とも言えない居心地の悪さがある。



水分を取って休憩中のマモルの肩に青い鳥が止まった。

何かを期待する目。マモルが野菜くずを差し出すと、すかさずつつき始めた。


鳥の食事を眺めながら考える。


家の周りで行える軽作業をこなす日々。このスローライフは魅力的だが、永遠に続くとは考えにくい。

気分転換で家の周りを散策するが、一人では危険なのであまり遠くにはいけない。


現状、マモルは人生の目標を失っていた。


転移時に持っていたカバンの中には購入したばかりの資格試験用参考書が入っている。

電気と高圧ガスの本なので、全部覚えれば知識チートができるかも?

そんなことを真面目に考えだした。


「いてっ」


いつの間にか、鳥はマモルが手に持っていた野菜くずを平らげていた。

手をつついて次を要求してくる。


「はいはい・・」


傍らから追加のエサを手に乗せる。

地面にいくらでも落ちているのだから、そこから勝手に食べればいい、と思ったが、何故かこの鳥はマモルの手からエサを食べたがる。不思議。


そもそもこの鳥は、薪割の空いた時間に気まぐれにえさを撒いたらやってきた鳥であり、ペットでも何でもない。

段々と近寄ってくるようになり、今は肩の上に乗って来るようになった。

鳴き声に癒されるので放置しているが、どこまで調子に乗るのか、多少先行きが不安だ。



「珍しいですね。フルルがそんなに懐くなんて」


マモルの背後からスプラが声を掛けてきた。


「フルル?」

「その鳥のことです。警戒心が強くて、なかなか姿を見せないんですよ」

「餌をまいたらすぐに飛んできました」

「ふふ。食いしん坊さんなのかもしれませんね」


フルルはチチチ、と小さく鳴き、すぐに再びエサをつつきだした。


「図星みたいですね」

「本当に・・・そうそう。マモルさんを呼びに来たんです。私たちも昼ご飯にしましょう」

「あ、はい。じゃあ、この子が食べ終わってから・・・」


フルルが餌を平らげるまで、しばし二人はその様子を眺めていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



マモルがこの世界に来て10日が経過した。


家の裏手にある小さな畑。

マモルはそこで草抜きをしていた。


「休憩の時間ですよ」


スプラが水筒を持ってきた。


「ありがとうございます」

「畑、何とかなりそうですか?」

「まだ分かりませんが、出来るだけやってみます。」


畑から出て木陰に座り込んだマモルの隣にスプラが腰を下ろした。

その間にはフルルが降り立った。


「ふふふ」

「??どうしました?」

「こうしてみると、親子みたいですね。マモルさんがお父さん。この子が子供」

「そうですね。となるとスプラさんはお母さんかな?」

「私とマモルさん、この子が家族・・・」


一旦そこでスプラが話を止めた。


「??」

「あ、いえ。何だか懐かしいなぁって。お父さんとお母さんがいた頃を思い出しました」

「・・・ご両親は今どちらに?」

「分かりません。両親は居場所を教えたりはしないんです。ただ、両親はこの家の場所を知っているので、気が向いたら訪ねてくるかもしれません」


少しだけ寂しそうなスプラ。


「そのときは、自分はお礼を言わないといけないですね」

「お礼?」

「優しい娘さんに助けてもらいました。いい娘さんを育ててくれてありがとうございますって」

「・・・」


スプラは俯いた。マモルからは長い髪で表情が見えない。

フルルがチチチ、と鳴いた。


マモルとスプラはそのまま、しばし休憩していた。

汗が引いたマモルは立ち上がり、畑へと向かう。


「自分はもう少しだけ作業します」

「あ、はい。そんなに根を詰めないでくださいね」


スプラも立ち上がり、家の中に戻っていった。


「・・・・・・」


マモルが、自分が異世界の住人であることをスプラに打ち明けたのは、その晩のことだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


マモルがこの世界に来て15日が経過した。



「これは?」

「つ、く、え」

「これは?」

「ほ、う、き」


「はい、正解。・・・簡単な単語なら話せるようになりましたね」

「スプラのおかげだよ」


お昼を食べてから午後のティータイムまでの時間、マモルはスプラから現地の言葉を教わっていた。


「まさか、絵本を引っ張り出すことになるとは思っていませんでした」

「俺も、この年で絵本を読むことになるとは思わなかったよ」


一緒に暮らしていればある程度仲良くもなる。

マモルとスプラは敬語なしに会話するようになっていた。


「懐かしいです。私もお母さんにこんな風にして文字を教わりました」

「スプラが俺のお母さんか。いいかもね」

「ふふ。私はマモルさんのお母さんではないですよ」

「こんな美人なお母さんだったら、自慢できるのになぁ」


本当の母親を思い出す。オカン、元気でやっているだろうか。

息子がいなくなって悲しんでいるかなぁ。


「そんな、美人だなんて。それに、私がなりたいのはお母さんじゃなくて・・・その・・・」

「え?何?」

「何でもないです!・・・今日はこのくらいにしましょう」

「そうだね。ありがとう」


急に照れてごにょごにょ言い出したスプラ。

問い質したが、誤魔化されてしまった。


用意したお茶受けを食べつつ、スプラは話を続けた。


「そうだ。明日は町に買い出しに行こうと思います」

「町。・・・この森を出るってことだよね」

「お留守番お願いしますね」

「俺も一緒に行きたい。またゴブリンたちに絡まれたら大変だ」


「むしろマモルさんがいる方が危険なので、ここにいて欲しいですけど・・・」

「お願い!」


頭を下げるマモルに、困ったようにスプラは笑った。


「分かりました。一緒に行きましょう」

「やった」

「私も注意しますが、目立たないようにしてくださいね」

「もちろん」


明日はこの世界の町、初訪問だ。

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社会階級(カースト)逆転世界 ~ゴブリン>>>>ドラゴン の世界でカースト外の異世界人が低階級美女を救済する~ @pi-manman

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