第3話 ハイエルフのスプラ 1
二人が出会った日、マモルがスプラにお世話になると決めたときに馬車が停止した場所。
そこでスプラが魔術を発動させると、森の木が動き脇道が現れた。
馬車が脇道の入口を素早く通過すると、すぐに木は元通りとなり、脇道は見えなくなった。
走る馬車の前後数メートルの範囲のみ木が馬車を避けるように移動し、道が現れる。
その不思議な現象に驚くマモルに対し、スプラは誇らしげに語った。
この程度の魔術は寝ぼけていても間違うことはない、らしい。
不思議な脇道を1時間以上移動した先にあったのがスプラの家。
こぢんまりとした平屋の一軒家で、住人はスプラのみ。
脇の小屋で数羽の鶏が飼育されている。
これらの建屋は、巧妙に偽装が施されていた。空を飛ぶ生き物が真上を飛んだとしても気づかないであろう巧妙な偽装だ。
家の中に招き入れられ、暖かい飲み物を提供されたマモルは、急激に襲ってきた疲労感と眠気に負け、そのまま椅子に座った状態で眠ってしまった。
翌朝、マモルはベッドの上で目を覚ました。
「知らない天井だ・・・」
周りを見回すと、脇机の上に鞄とコンビニ袋が置かれている。
袋の中をガサゴソ漁っていると、部屋の扉がノックされた。
「マモルさん?起きてますか?」
「あ、起きてます」
扉を開けて入ってきたのはスプラだった。
昨日彼女が着ていた丈夫だが硬そうな服ではなく、ラフで柔らかそうな服を着ていた。
改めてみるとかなりの美人。さすがエルフ。
「おはようございます」
「おはようございます」
「よく眠れましたか?」
「はい。すいません。あんなところで寝てしまって・・・重かったでしょう?」
スプラは身長170センチ程度。女性としては長身だが、180センチのマモルを移動させるのは細身の女性には厳しかったのでは、と思った。
「いいんですよ。私、生活魔法も得意なので」
ほら、とスプラが手を向けたベッドがわずかに浮き上がった。
なるほど、彼女は魔術士だった。
昨日、大きな荷物を浮かせて移動させていたのを思い出した。
「よければ、これを使ってください」
差し出されたのはシャツとズボン。そして靴。
「少し小さいかもしれませんが、男物ですので」
「ありがとうございます」
「着替えたら、リビングまで来てください。食事を用意しておきます」
「何から何まで、すみません」
「いえいえ」
スプラが部屋から出て行ったので、急いで着替える。
貰った服には古着感があった。
(なんだろう。長年来てなかった服なのかな?)
リビングへ向かうと、スプラがテーブルに食事を用意していた。
パンとスープ。いい匂いがする。
「服、ありがとうございます」
「サイズは大丈夫ですか?」
「少し小さい気もしますが・・・大丈夫です」
「父の服で申し訳ないです。サイズは後で調整しますね・・・そちらに座ってください」
マモルは指示された椅子に座る。
「では、いただきます」
「いただきます」
異世界でも‘いただきます’があるということに感心しつつ、マモルは腹を満たした。
食事後、マモルとスプラはこれからのことについて相談した。
「マモルさん、何か思い出しましたか?」
「いえ・・・何も」
「やりたいこと、ありますか?」
「いえ、まだ何も考えられなくて・・・すいません」
「ふふ。そんなに深刻にならないで下さい。いくらでも滞在してくれて大丈夫ですから」
優し気なスプラの視線。
嘘をついていると自覚しているマモルには少々辛かった。
その後、早速スプラはマモルの身体を調べ始めたが、一日かけた検査にもかかわらず、結局マモルに祝福が効かない理由は分からなかった。
その晩の食事中、マモルは気になることを聞いてみた。
「あの、お父さんはどちらに?」
「父ですか?」
「この服はお父さんのものだということでしたので。よければご挨拶など・・・」
「ああ!そういうことですか。父と母は何十年も前にこの家から去りました」
「え・・・?」
その後の話を要約すると、以下のようになる。
ハイエルフは結婚し、子供が生まれると安全な場所に家を建て、そこで子供が一人で生活できるようになるまで暮らす。
子供が独りでも大丈夫だと判断すると両親は家を子供に譲り、遠くへ行ってしまう。
これがハイエルフの子育ての掟らしい。
祝福(のろい)のあるこの世界、繁殖力の低い種族が集団で暮らすということは、それだけでリスクである。
強きものほど、個々人の命が重視される。
家族を、子供を切り捨てることができない。
それを分かっている者たち、たとえばゴブリンのような繁殖力の高い種族は、子供を見つけ、奪おうとする。
誰か一人を人質に取りさえすれば、弱きものが強きものの一族を容易に支配することができるのだ。
「すいません。変なことを聞きました」
「いえ、お気になさらないでください」
多少の気まずさを感じつつ、この話題はそこで終わった。
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