あとがき


 最後までお読み頂きありがとうございました。


 本作は関東地方並びに福島県に広く伝わる「桔梗姫伝説」をモチーフに執筆したものです。

 その内容については、秀郷方と内通し将門を陥れた妻桔梗姫に対し、彼は死の間際に激しい怨念を残し、当地では桔梗の花が咲かなくなった、または忌むようになったというものから、将門の深い寵愛を受けた女性の一人であり、彼の死を受け悲しみの余り入水自殺したというものまで様々なものがあります(中には、全身を鋼鉄の外骨格で覆われた無敵の将門の唯一の弱点を探るために送り込まれたスパイであるという荒唐無稽なものまで実際に伝わっているそうです。凄エね!)。

 まさに伝説そのものが二面性を併せ持っておりましたので、本作の女性主人公も、前半は将門の敵対者として、中盤以降は運命の悪戯から彼の妻と取り違えられてしまうも、将門やその仲間達と共に過ごすうちに次第に彼を愛するようになり、やがて命を賭して彼と共に戦う道を選ぶこととなります。

 歴史小説を書くにあたり仕方のないことではあるのですが、当時は皇族を除き基本的に女性の本名を明かさないのが常識だったらしく、実在した将門の妻も名前が明かされておりません。その為「美那緒」という名前も香竹が「桔梗」に因んで秋の七草からもじって付けました(「君御前」と呼ばれる平真樹の娘が将門に嫁いだともされておりますが、本作では幸島郡葦津の江で行方不明となった女性を唯一の将門の妻という設定としております。なお、序章にて将門が良兼から妻美那緒を救出した話は全て香竹の創作です。ちなみに、他の伝説を見ると将門には十二人の妻がいたという話も伝わっております。こちらも胸を打つ悲恋伝説です)。

 惜しむらくは、原典「将門記」に寄り掛かり過ぎたせいで主人公のはずの美那緒を思っていたより前に出せなかったことが今になって悔やまれます。


 また、作中では脚色上架空の登場人物や誇張した設定もあり、主人公美那緒率いる黒僦馬のモデルである僦馬の党も実際は野盗に対抗するため自衛の為に集団武装化した馬方達であり、ここまであからさまな盗賊行為を行っていたわけではありません。また、百足衆も藤原秀郷像を描くにあたり、将門達の行く手に立ちはだかる強敵としての風格をより強調させ、且つ人間味を持たせるために創作した架空の集団です(藤原玄明・玄茂は実在の人物ですが百足衆との関連付けは創作上のものです。尚、藤原玄経は架空の人物です)。平真樹の右腕である菅野白氏も架空の人物ではありますが、当初の構想では北関東各地に集落を築いていた百済の渡来人集団も将門と呼応し乱に加わる予定で、彼はその一団を華々しく率いる存在となるはずでしたが、読む人によっては穏やかならぬ流れとなりかねない上(※お察しください)、玄明率いる百足衆とコヅベン率いるエミシ衆でお腹一杯になってしまったので需要が無くなり、なんだか影の薄い人物になってしまい気の毒な事をしてしまいました。


 既に香竹の前作(「彼方へ」「白狼姫」)を読んで頂いた方はお気づきかもしれませんが、本作は奥州藤原氏のルーツを遡っていく連作の最後(或いは最初)の作品となっております。時系列で言うと「君が行く~」(天慶の乱・藤原秀郷)→「白狼姫」(前九年合戦・藤原経清)→「彼方へ」(衣川の合戦、建仁の乱・泰衡、高衡)という流れとなり、次の作品においてキーパーソンとなる人物や武具も紛れておりますので宜しければ探してみてください。



 白状すればこの作品を執筆することとなった発端は、2021年のエイプリルフール物として掲載した「鵺夜ノ太刀転生譚」(現代転生学園バトルものという香竹の大鬼門。現在非公開)の序章を書くために本作の原典「将門記」を齧ったことに始まり、この作品自体は5話で中断したのですが、衣川→前九年ときたらもう最後まで奥州藤原氏の歴史を遡ってみるのも一興かと思い、例によって大してプロットも考えず序章を書いてみたものの、まさかここまで長々と時間を掛けてしまうとは思いませんでした。連載中に(鬱いので中略)、そうこうしているうちに30代も折り返しを過ぎてしまったりと色んなことがありましたが、一時極端な筆の乱れがあったもののなんとかこうして完結まで漕ぎつけることができ感無量です。ワード開く度に最初に目に飛び込んでくる「パリスの審判」のエピグラフ(実はあれ香竹が適当に書いた雅文体なので使い方間違ってるかも)を前に一文字も打てず、幾度無力な自分に涙を忍び堪えたか知れません(泣)

 本作のような下準備や舞台構築に全体の大半を費やして最後にガツンと突っ込んでいくようなスタイルの小説は絶対ネット小説向きじゃないだろうなと思いつつ最後まで読んでくださる方がおられるか不安を抱えながらも約三年間執筆を続けてこられたのは、色々とコメントをくださり不甲斐ない作者を見捨てずに支えてくださった読者の皆様の御力添えあってのことと感謝しております。


 ありがとうございました。


 香竹薬孝



 追記:

 最後まで読んでくださった方々にせめてもの御礼としてこの後「おまけ」を用意してございます。

 頂いたコメントの多くが「悲しい」「辛い」「救いようのない話」とのことでしたので、せめて長々と続いた物語の締めくくりに相応しく、新たな物語の希望をつなぐ幕引きに立ち会って頂ければ幸いです。



 ※本作執筆にあたり以下の文献等を参考とさせて頂きました。この場を借りて御

礼申し上げます(敬称を略しておりますこと何卒御容赦ください)。


「新編 日本古典文学全集 41」 小学館

(※特にこちらの資料については一次資料として作中で多々引用させて頂いたことを重ねて感謝申し上げます)

「『将門記』をよむ」 川尻秋生・編 吉川弘文館

「戦争の日本史3 蝦夷と東北戦争」 鈴木拓也 吉川弘文館

「戦争の日本史4 平将門の乱」 川尻秋生 吉川弘文館

「動乱の東国史1 平将門と東国武士団」 鈴木哲雄 吉川弘文館

「東北の古代史4 三十八年戦争と蝦夷政策の転換」 鈴木拓也編 吉川弘文館

「平将門」 北山茂夫 講談社学術文庫

(※とても分かりやすい平将門指南の書でした。付して感謝申し上げます)

「将門記」 大岡昇平 中公文庫

「伝説の将軍 藤原秀郷」 野口実 吉川弘文館

「図説 日本戦陣作法事典」 笹間良彦 角川ソフィア文庫

「現代語訳 近江の説話 ―伊吹山のヤマトタケルから三上山のムカデまで」

 福井栄一 サンライズ出版

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