第6章 君が行く道のながてに 5



 がらがら、がらがら。


 時折ギシギシと車輪の軋む音。

 これは幼少の頃鴨川の橋の下で聞き慣れた、死骸を運ぶ車の輪の音か。

 では自分はきっと骸となって地獄の火車の上に乗せられているのだろう。

 そして、鳥辺野の墓地の土くれに埋められ、空車ばかりがからからと虚しく鴨川の橋の上を戻って行くに違いない。

 ああ、思えばあの頃から、自分のついの時にはこの車に乗せられるものと定められていたか。

 精々生き抜いたと笑って死んだところが、なんという空虚な末路の末に行き着いたものだろうか。


 がらがら、がたん、がたたん!


「――痛ッてえ! ……って、生きてンのか、俺?」

「起きたか。安心せよ、生きておる」

 牛に車を曳かせる吹雪の後ろ姿がそっけなく答える。野良着姿に蓑を羽織り、編み笠を被った彼女の姿は、一見駄賃稼ぎの百姓の若者であった。

「未だ僦馬の残党狩りが続いておる。水守の兵共が血眼になってな。しばらくそこで死骸のふりをしておれ」

 その割には、周囲は今までの戦の喧騒がまるで嘘のような冬の静けさに満ちている。まるでこの数年間、この三か月余りの狂騒が夢幻のようにさえ思える。ただ射られた箇所の熱を持ったような痛みが現のことであると教えてくれる。

 ……自分は、もしや本当に死んでしまったのではあるまいか。

「残党狩り? 他の連中はどうなったンだ? お頭やフジマル達は無事なのか?」

「死んだ。生きておったのはお前一人だけじゃ」

 淡々と告げる吹雪の言葉に痛みも忠告も忘れて飛び起きる。

「何だって⁉ お頭も? ……じゃあ、殿様達も皆死んじまったのかよ!」

 吹雪はこくりと頷いた。

 ばたり、とシロは精も根も尽きたように荷台に大の字に引っ繰り返った。

 既に風は嘘のように収まり、真上を見上げる視界一杯に夜の気配を含んだ茜色の燃えるような夕空が広がっていた。

「お前の顔は敵に知られておるぞ。良正の右腕を切り飛ばしたそうだな。仕返しに自分の首を切り飛ばされぬよう頭から筵を被っておけ」

 普段なら憎まれ口の一つでも返してやるところだが、シロは黙って言われた通りに筵をすっぽりと被った。

 やがて、空が菫色を帯びる頃、吹雪がふとシロに声を掛けた。

「俺はこの後、常陸の御館様の元へ合流するが、途中までなら好きな所まで乗せていってやる。何なら、御館様に俺から口添えして、我ら百足一党に加えてやっても良いが?」

「……好きにしろよ。どうせもう、俺らに行くあてなんかねエよ……」

 筵の中から返事が返ってくる。

 もう、どうでも良い。生き抜いた。だから何だ。生き抜いたところで何が残っているというのか。この身一つばかりが残り何処へ行けと言うのか。皆死んだ。誰が自分を待っているというのか。

 ふ、と深い息を吐きながら、吹雪は初めて後ろを振り返って言葉を投げかける。


「――秋保殿なら生きておるぞ」


 がばりとシロが身を起こした。

「嘘じゃねエだろうな⁉」

 ムッとしたように吹雪が顔を顰める。

「嘘をついてどうする。営所が囲まれる前に時間の猶予があった。その内に将平様や他の者らと共に脱出させた。筑波山の麓に我らの仲間が匿っておる。だから安心してそこで死骸になっておれ」

「は、……ははは。痛ってえ! くそ、ははは!」

 自然に零れる泣き笑いと同時にうっかり忘れていた傷の痛みがぶり返し、身を捩りながらもシロは一頻り笑い声を放つ。

「なんじゃ、珍妙な奴じゃ」と呆れたような、しかしどこか安堵した感のある様子で吹雪は行く手に視線を戻した。

「あ! おい、ちょっと止まってくれ!」

 ふと道路脇の草むらに何かを見つけたシロが車を止めさせる。

 吹雪に肩を借りながら叢を掻き分けていくと、そこにキラキラと夕陽を反射し輝く髪飾りが地面に突き刺さっていた。

「こりゃあ、ネネがフジマルから貰った奴だぜ! 小唄と一緒に先に逃げたはずだ」

「ここで落人狩りに討たれたか、或いは連れ去られたか。いずれ二人共無事ではあるまい」

 目を閉じ手を合わせる吹雪の肩を揺すりながらシロが笑う。

「いや、無事さ。間違いねエ。こんな値の張るモン褒賞目当ての兵隊共が置いて帰るわけねエ。こうして地面にぶっ刺してあるってことは、二人共此処まで無事に逃げてこれたってことさ!」

 金細工の髪飾りを握り締めながら、シロは晴れやかな顔で夜の帳が落ち行く筑波の山々を見上げた。

「きっと他にも生き延びた黒僦馬の仲間がいるかもしれねえ。……へっ、俺らはまだまだ生き抜かなけりゃあならねエみてえだな!」


(……そうだろう? お頭――)




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