第3章 動乱の勃り 常陸国府の攻防 3


 鉾を振り上げる将門を先頭に自陣を飛び出した騎馬勢に続き、徒兵達も盾を投げ打ち声も高らかにその後を駆ける。

「徒兵は我ら騎馬が蹴散らした背後の敵を駆逐せよ! 目標は敵前線の中央突破じゃ。一気に押し返すぞ!」



 敵が自軍の優勢に圧され徐々に後退しつつあるものと油断しきっていた国府前線の兵達は、突如攻勢に転じた将門勢を前に大いにどよめいた。

 第二陣投入を寸前にして隊列に一瞬の間隙を生じていた国府最前列の盾隊らは、錐で突くように騎馬群の突撃を繰り出した敵の猛進を防ぎきれず、慌てて背後の弓手と挟み撃ちにしようと反転を試みるが、既に後ろを取られた盾隊などものの役に立つはずもなく、騎馬に続いて攻め来る将門徒兵達により重たい盾を抱えたまま思うように踵を返すこともままならぬ前線将兵らは次々とその餌食となった。

 そして盾を跳び越え目前に猛然と現れた敵騎馬隊に対し、意表を突かれた背後の弓手は敵の逆襲に対する矢の装填も間に合わず文字通り蹴散らされていく。

 国府の形成した前線は瞬く間に撃破突破された。

 仮に国府の陣形が騎馬対騎馬を意識し前線へ騎兵を配置していたとすれば、少数斬り込みを試みる将門勢を、騎馬の機動力を以て左右から囲い込み一網打尽とする絶好の好機となっていたであろう。しかし、依然国府常備軍の編成は旧態のものであり、馬は戦略的な用兵よりも武将の権威付けという意識が強く残っていたのである。そのため編成において高度な訓練を必要とする騎兵の割合は少ないものであった。最初から坂東の戦を意識し対将門の戦略を思案していた為憲ではあったが、都から赴任した彼の認識も同じようなもので、全軍の編成にまでそれを反映することは及ばなかった。騎馬はあくまで上兵を主体とした少数精鋭という位置づけであり、切り札として前線の遥か後方、本陣並びに国府門前に待機させていたのである。

 それが見事に裏目に出たのであった。


「すわ、前線の第一陣は既に壊滅、早くも敵は第二陣の弓手に斬り掛かっておりますぞ! あの先頭の騎馬はまさか将門か⁉ 首魁自らいの一番に斬り込んでくるとは、なんと大胆不敵な奴!」

 思わぬ展開に慌てふためく副将を余所に、それでも猶為憲の心中から余裕は潰えていなかった。

(……さすが下総の虎じゃ。見せてくれるわ。しかしこちらの読みが外れたとはいえ、守る我らは相手の三倍じゃ。我が国府の損害は手痛いものとなるが、いずれ彼奴等はこの陣に辿り着く前に力尽きるであろう)

 戦の定石として、攻める側は護る相手に対し少なくとも五倍以上の兵力が必要とされる。今のところ勢いを見せているとはいえ、一千余りの将門勢に対し三千を超える国府の大軍が敗北することなぞ絶対に在り得ぬという確信があった。


 そこへ、火急を知らせる従卒が慌ただしく大将の前へ駆け込んで来た。

「御大将! 北側の山裾より新手の一群が現れましてござる!」

 驚いた為徳と幕僚達がそちらの方を見やると、従卒の指さす彼方に平氏の朱幟を掲げた一群が蹄で山を鳴らしながら本陣へ向けて駆け下りてくる様子が見えた。


 将門叛乱の知らせを聞きつけ駆け付けた、新治郡の平真樹の軍勢であった。



「おお、見よ。親爺殿が加勢に来られたぞ! 皆よ、いよいよ我らの意気の見せ所じゃ!」

 歓喜に顔を輝かせる将門の激励に、応っ! と高らかに刃を天へ突き上げる配下の将兵らは、ますます気焔を吐きながら及び腰の国府兵達を斬り倒していく。



 その様子に、為憲は小馬鹿にしたように鼻を鳴らしながら寄せ来る真樹勢の方へ指揮杖を指し示して見せる。

「何を慌てておる。新手とはいえ小勢、雫が垂れた程度のものじゃ。騎馬隊を差し向けて追い散らしてしまえ。官にたてつこうと大それた目論見を抱く者共に思い知らせてやるがよい!」

 今尚以って平静さを見せる指揮官の様子に、浮足立っていた国府本陣の空気も落ち着きを取り戻しつつあった。


 しかし、その後方――国衙城内より、まさに寝耳に水の如き法螺の音が鳴り響いたのは、騎馬隊の出陣とほぼ同時の事であった。

 予期せぬ号砲に思わず腰を浮かせて振り返る本陣将兵の視線の先で、大きな鬨の声と共に国府の城門が開け放たれた。

「な――⁉」

 予想外の事態に為憲らは思わず言葉を失った。

 唖然とする本陣将兵らの目前で国衙の櫓に平氏を示す朱幟が高々と掲げられ、立ち尽くす一同目掛けて城柵から一斉に矢が降り注いだ。

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