第1章 陰謀 5
同年長月。常陸国石田、貞盛居所。
国府にて為憲から将門や石井営所の様子を聞いて帰宅した貞盛は、自室にて一息ついた後に、さて、と考え込んだ。
(……これで布石は打ち終わった。後は常陸国府より圧力を続け、将門奴に音を上げさせるだけじゃ)
将門と興世王の謀反の疑いが晴らされた後、京に滞留していた介経基は、偽りの訴えを起こし都を騒がせたとして重い処罰を受けることとなった。尤も、経基の場合は勝手に職務を離れ上洛したことも分の悪さに加わったのかもしれぬが、いずれにせよこの流れでは同時に訴えを起こした自分も恐らく罪に問われるであろう。
何としても将門には何らかの事を起こしてもらわねばならぬ。
何も起こさぬようならば起こさざるを得ぬよう仕向けねばならぬ。
(常陸国府に対しスカシでも武力に及んでくれれば十全なのじゃが。……まあ、玄明を匿っているだけでも罪を着せることが出来る。たとえ今から玄明を突き出して見せたところで、今まで罪人を匿い続けていた事実は消えぬ。それにしても、不動倉を襲ってくれるとは思いがけず良いことをしてくれたものじゃ。これで何とか某の首も繋がってくれそうじゃ)
事の成り行きの順調に、貞盛は一人ほくそ笑む。
(将門。……父上の仇とはいえ、正直に言って憎み切れぬ男であった。だが、このままのさばらせておいては一門において某の顔が立たぬし、都での出世の望みも立たぬ。何より某の立場が危うい。どうしても彼奴には御上の敵になってもらわねば困るのじゃ)
貞盛の念頭にあるのは只々自身の立身出世、ひいてはその先に待つであろう己を筆頭とする平氏一門の栄華繁栄である。
そこへ、傍仕えの者が部屋の外から声を掛けてきた。
「殿、下野より平維扶様がお見えになっておりまする」
「おお、珍しいのう。広間に通すがよい」
貞盛と維扶は旧知の間柄である。久しぶりに顔を合わせた両者は暫し親しく談笑した。
「実はこの度陸奥国守に任じられてのう。これから任地へ向かう所を、丁度貴公の屋敷を通りかかった故、顔を見ておこうかと思ったのじゃ。何しろ、暫く坂東に戻れぬであろうからな」
「それは大変なご出世、おめでとうございまする。それにしても随分と遠い所へ赴任されますな」
我がことのように喜ぶ貞盛に気を良くして笑う維扶であったが、
「正直申すと心細いよ。何しろ俘囚の跋扈する、坂東以上の未開の地じゃ。気の置ける者は誰もおらぬしのう」
そこで、と維扶が話を持ち掛ける。
「どうじゃ、貴公さえよければ某と共に陸奥へ参らぬか? 貴公は未だ陸奥へ足を運んだことはないであろう。住まう者らは野蛮じゃが、なかなか風光明媚で退屈せぬ所と聞くぞ」
突然の誘いに貞盛は暫し考え込む。
(……まあ、ほとぼりが冷めるまで都の音沙汰の聞こえぬ異国で遊山を決め込むのも悪くはあるまい。それに、将門が感づいて何か仕掛けてこぬとも限らぬ。戻る頃には全てが片付いているであろう)
やがて笑顔で顔を上げた貞盛が答える。
「喜んでお供させて頂きまする!」
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