第1章 陰謀 1



 ――常陸国に居住せる藤原玄明等は、素より国の乱人たり。民の毒害たり。


「まるで群盗の如く良田良畑の収穫を掠め、官納の貢米さえも怠っている有様。その督促の為に官吏を遣わせば、これに暴力を振るい追い返し、更に弱者を見つけてはこれを虐げること目に余る振舞いである。『公に背きてはほしいままに猛悪を施し、私に居てはあながちに部内くにのうちを虐ぐ』――というとんでもない極悪人だから、庇い立てせず直ちに常陸国府へ送還されたし。……ここまで言葉を極めた官庁からの書状もなかなかありませぬな」

「一体何をしでかしたらこれほど悪辣に書き連ねられるものやら……」

 書状を読み上げる遂高も、傍で聞いていた将頼も呆れたように肩を竦める。


 玄明の寄寓を許して幾日も立たぬうちに、右のような内容の書状が連日のように常陸国府から舞い込むこととなり、石井営所一同の頭を悩ませているのであった。


「事の真偽は別として、なぜこれほど早く玄明殿の居所が常陸に割れたのか。追捕令を受けて逃亡したのであれば、逃げる方も捕まらぬよう余程慎重に動いたはず。おかしいとは思いませぬか?」

 経明もまた首を傾げる。

 一同の疑問に将門も険しい顔で腕を組む。

「本人は事実無根と言い張っておるが、こうも矢継ぎ早に隣国の官庁から直接書状が届くようでは無視を決め込むわけにもいかぬ。改めて玄明殿に問い質すのは勿論、事の背景を探ってみる必要もあろう。……いずれこのまま捨て置くことは出来ぬ」

 そういえば、と遂高が思い出したように口を開く。

「この追捕令を下した介維幾という人物、確か以前に武蔵にて国守を務めていたことがあったとか。興世王殿なら如何なる人物か知っておるかもしれませぬぞ」



 程なくして、元武蔵国権守である興世王が皆の前に呼び出された。

「おお、維幾様なら以前の身共の上司じゃ。よく存じておるぞ」

 とニコニコと笑顔で答える様子に、「世間は狭いのう」と経明が一人苦笑を漏らした。

「貞連様が赴任される前の武蔵国司であったが、今は常陸国介を務めておられるな。常陸国府は武蔵と仕組みが少し異なっていてのう。国介が国司に代わって政務全般を実質取り仕切っておってな、呼び名も「国府長官」としておるのじゃ」

「その維幾殿という国介はどのような御方なのじゃ?」

 しかし、将門にそう問われた興世王は、なぜか「うーむ」と悩ましげに眉を寄せた。

「さて。……改めてそう問われると、ちと悩むのう。これと言って何か印象に残るような御人ではなかったが。ほれ、何しろあの介経基のような男が幅を利かせておるような荒んだ職場であろう? まあ、強いて申せば、とにかく影が薄かったのう」

 興世王の話に、皆はますます困惑を深める。

 そんな印象の薄い、部下である経基の狼藉を前に手も足も出ぬような男が、果たして隣国一の有力者の元へ毎日のように罵詈雑言に満ちた書状を送って寄こし、玄明を引き渡せと恫喝じみた態度を取ってみせるものだろうか。

 一同の空気に、興世王も申し訳なさそうな顔をする。

「あまり役に立たぬ話であったようで済まぬのう。……それと、これもあまり関係ないかもしれぬが、将門殿の御身内で、ええと、何といったか――」

 暫し考え込んだ興世王が、ぽん、と手を打った。


「――おお、そうじゃ。石田の貞盛殿と縁を持っておられたのう。生前の国香殿とも大層仲が良かったそうじゃ」


 その名を耳にした一同が、一瞬息を飲んだ。






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