第5章 二人の訪問者


 公雅の来訪から一月と経たぬうちに、またもや二人のおもわぬ珍客が、再び石井営所を騒がすことになった。


「済まぬが、暫くの間貴殿の元に厄介になりたいのじゃ」

 そう言って遠慮がちな笑顔を見せるのは、なんと以前武蔵国足立郡との調停で関わることとなった武蔵国権守、興世王であった。

「元・権守じゃ。つい先日、新しい国守が着任したが、早々に目を付けられてのう。国府に居られなくなってしまったのじゃ」

 頭を掻きながら苦笑いを浮かべる様子に、臨席していた将頼と遂高は思わず顔を見合わせる。

 件の騒動から程なくして、前上総介の百済貞連という男が武蔵国司に就任した。恐らく予め政府から言い含められていたのだろう。彼が将門と共謀し謀反を企んだという疑いは晴らされたものの、発端となった足立郡の騒動を起こした張本人として、国司より常に監視と警戒を受けることとなり、執務もままならぬ状態となってしまった。余りに強い府内の風当たりに堪らなくなり、将門との縁を頼りに国府を飛び出してきたのである。

 ちなみに興世王と貞連は姻戚関係にあったというが、そのような身内繋がりが何のかすがいにもならぬというのは将門自身が良く知っていることである。

「あれから随分と御苦労をされたようじゃのう……」

 将門も思わず溜息を漏らす。先の一件において、その人柄に悪からざる印象を抱いていた一同も、彼の陥った境遇に一様に同情を寄せた。

「恥ずかしながら、他に依る術もなくてのう。……心苦しいが、何卒、貴殿の元に寄寓を許されたい」

 そう言って深々と低頭する興世王の傍らに目を向けると、もう一人の人物が控えていた。こちらは全く初見の男である。

「某、藤原玄明と申しまする」

 見るからに腹の読めぬ男であった。射竦めるように鋭い眼差しが、一筋縄ではいかぬ相手であることを匂わせる。人相からして人の好さそうな興世王とはまるで対照的であった。

「某、常陸国にて聊かばかりの所領を治めておりましたが、突如、常陸介藤原維幾より身に覚え無き不当な追捕を受けましてな。妻子郎党共々故国を追われた次第にございまする。貴殿は今やこの坂東に於て並ぶ者無き威勢を持っていられる御方。貴殿の亡き父上、良持殿の事も某よく存じ上げておりまする。どうか何卒、貴殿の庇護に縋らせて頂きたい!」

 そう述べると、玄明は興世王と並んで平伏した。

 突然降って湧いたような二人の珍客の寄食の申し出に、一同は当惑の面持ちで上座の主を見つめる。

「玄明殿と申されたか。貴殿は我が父を良く知っているとのことであるが、自分はこの場が初対面じゃ。失礼ながら、貴殿の申される国介の不当な追捕とやらはどのような罪状なのか?」

 将門の問いかけに玄明は顔を上げる。

「某の身の潔白を誓った上で申し上げまするが、故国における領民への略奪、公権に対する妨害など、狼藉三昧を働いたというものでござる。いずれも全く根も葉もない無実にございまする」

「ふむ……」

 暫し考え込む将門であったが、やがて決心したように口を開いた。

「……寄る辺なき貴殿らをこのまま追い出すわけにも参らぬ。何よりもこの将門を頼ってわざわざ訪ねてこられたのでは、猶更じゃ」

 将門の言葉に、興世王が目を輝かせて顔を上げる。

「貴殿らの寄寓、承ろう。寓居が用意できるまでは、狭苦しいであろうがこの営所にて過ごされよ。大したもてなしは出来ぬが、遠慮なく我が家と思いくつろがれるがよい。……皆も、それに異存はないな?」

 上座の声に、一同揃って低頭した。

「有難い! これからは貴殿を兄と慕い、身を粉にしてお仕えいたしまするぞ!」

 大喜びする興世王の傍らで、玄明もまた深々と額づき、

「忝い。この御恩、神仏に誓って必ずお返しいたしまする!」

 と、涙を浮かべながら礼を述べた。


 

 ……しかし、この珍客の来訪――玄明の寄寓を許したことにより、やがて将門、そして坂東の運命は、最も恐れるべき方向へ舵を向けることになるのである。



                           第二部 終

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