第3章 興世王登場 2
この事件は武蔵国内において大いに反響を呼ぶこととなった。
略奪の限りを尽くした興世王一行が足立郡を去ると、武芝はすぐさま国府に対して猛抗議し、持ち去られた品々を速やかに返還するよう求めたが二人は聞く耳を持たず、そればかりかこれ見よがしに戦支度を始めるなど、郡司の訴えに威圧を以て応じるばかりであったという。
この横暴に国府内外からも非難の声が上がり、また日頃から経基の傍若無人に反感を抱いていた国府書記事務官らの中に武芝に対し大いに同情を寄せる者があり、彼らが匿名の勧告書を投じたこともあって、この騒動は瞬く間に坂東中に知れ渡り、やがて下総の将門らの耳にまで聞こえることとなったのである。
石井営所に主だった者達が集められたのも、この一件についての物議であった。
将門もまたこの事件に大きな関心を寄せ、ならば自分が両者の調停を、と自ら買って出たのである。
「――ただでさえこの乱世で坂東の民らの生活は疲弊しきっておる。その最中にこの一件じゃ。何とか我らが力になってやれぬかと思うのだが」
従類らを見渡しながら上座の将門が意見を問う。
「兄上のお決めになったことじゃ。我らはそれに従うのみじゃ。しかし……」
苦笑いを浮かべ追従しつつも将頼は聊かの難色を含んで口を開いた。
「申し上げるまでも無き事にござるが、この度の介入は常陸野本の調停とは状況を異にしておりますぞ。真樹殿と嵯峨源氏との境界争いは強いて言えば身内としての義理があり申した。しかし武蔵の諍いは我ら一門には何ら関わりなき事。余計な藪を突くことになりはすまいか。少々懸念が拭えませぬ」
然り、と遂高も頷く。
「聞けば武蔵権守並びに国介はまさに周囲に威圧するかの如く戦支度を整え兵を構えているとのこと。これに対し、今は下手に出ているが武芝殿は一円に聞こえし由緒正しき郷士にして豊かな所領を抱えている。いざ兵を起こさば相当な軍勢となりましょう。双方武力大なる火中にわざわざ火の粉を浴びにいくのは聊か分に合わぬようにも思えまする。まあ、余計なお節介では済まぬ事になるかもしれぬと某も懸念する所にございまする」
それに対し、経明は否々、と首を振った。
「しかし、今や我ら御君は坂東に並ぶ者無き威勢を放っておられる御方じゃ。この一件、調停を務め果たすに適するは我が主君を置いて他には居りますまい。それに、もしこのお務めが果たして上手く事を治ること叶えば、八国はもとより朝廷に対しても我らが威を大いに聞こえ示すことになりますぞ!」
と、意見は二つに割れたが、いずれも主君の一存に従う所で考えは一致し、皆が上座へと顔を向ける。
厳かに頷きながら将門が口を開く。
「各々の所見、いずれも尤もなことじゃ。……俺も本音を申せば、かつて我が盟友である真樹殿と源一門との調停について、大変な心残りを残してな。将頼は彼岸の火事と申すが、俺には本件が他人事とは思えぬのじゃ。何とか双方の和睦の力になってやりたいと思うのじゃ」
思い浮かぶのは、真樹、護との境界争いに端を発した野本の合戦。……その果てに将門の目の前に並べられたのは扶ら三兄弟の首であった。
……あのような結末は二度と繰り返してはならぬ。
――彼の武芝等は我が近親の中にあらず。又彼の守、介は我が兄弟の胤にあらず。然れども彼此が乱を鎮めむが為に、武蔵国に向ひ相むと欲ふ。
ここに将門は武蔵国足立郡の争乱調停を決意したのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます