【短編】乙女ゲームの悪役令嬢さん、バグに触れてこの世界の理を知ってしまう

夏目くちびる

悪役をナめるなよ

「……何かしら、これ」



 それは、今までに見た事も無い、極めて『幾何学的』なオブジェだった。形の至る所には、見た事の無い文字が張り付けられていて、それが現実に存在している事があり得ないというのが、頭ではなく心で分かった。

 これ以上はいけないと、体の全てが警告している。しかし、どうしては私は伸ばす手を止められず、そしてとうとう、その文字に触れてしまったのだ。



「きゃ……っ!」



 すると、そのオブジェは消え去り、後には電流のような線が残っていたが、それも間もなく消えてしまった。一体、何だったと言うのだろうか。



「……いっ、はぁ……ッ!」



 瞬間、私の脳裏に、この世界の全てが流れ込んできた。抑える事が出来ない。その量は明らかに私のキャパシティを大きく超えて、それでも尚、洪水のように知識が頭の中へ入ってくる。



「うっ……」



 嘔吐が、止まらない。あまりの衝撃に体が震えて、しかしようやくそれが治まったのは、誰かが言葉を呟いた時だった。



「α・コード?」



 口にした時、ここがどんな世界であるのかを理解した。

 私は、明日から入学する 絶海の孤島にある『ライトブルグ学院』で徒党を組み、とある一人の女生徒を酷い目に合せるためだけに作られた存在。しかし、最後にはこの国の王子たちに悪事を暴かれて、屈辱と恥辱にまみれた後世を生きる、『悪役令嬢』であると言うのだ。



「ふざ……けるな」



 もし、最後にその罪を謝らなければ、誰も知らない場所で殺されてしまう。そして、関わり合いのないように生きたとしても、必ずどこかで交わるように仕組まれている。

 唯一、無事に生きる方法は、その女子生徒にへりくだって、お情けの恋愛を享受する事だった。



「ふざけるなッ!」



 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!私よりも格下の連中にへりくだって、お情けの恋愛で生き延びるなんてことは絶対に嫌だ!

 どうして、そんなクソみたいな人生を生きなければいけないの?恋愛にうつつを抜かすような小娘に、私の生殺与奪を握られなければならないの!?



「私は、侯爵家第一公女、レイラ・フローズラインよ。そんな事、絶対にあってはならない」



 絶対に、認めない。もし、これを仕組んだのが神だったとしても、私は絶対に抗ってやる。私が最後に死ぬとしても、お前の言う『きゃらくたぁ』とやら達を、私よりも深い絶望のどん底に叩き落としてやる。



 覚悟しておけ、『ぷれいやぁ』とやら。私の執念か、仕組まれた運命か。どちらが勝つか勝負だ。



 × × ×



 入学して、すぐに解った。あの如何にも性格が良さそうで、平民の出の女が、α・コードの言うユウ・エリサワだ。なるほど、私が一番嫌いなタイプの女だ。

 あいつは何故かずっとオドオドとしていて、優しければ報われる等と甘い考えを持っているだけで、ただ授業を受けているだけだ。魔法の才能だってなくて、自分からは何ひとつ行動する事は無い。

 その癖に一人で居ると、王子やら学年主席やらクラスのアイドルやら、おまけに私の許嫁のカミナまで。……奴は、誰かしらに構われる不思議な奴だった。なるほど、そういう風に出来ていると言うのは、間違いないようだ。



 ならば、私が悲惨な運命を辿るのも、やはり間違いのない事なのだろう。ユウ・エリサワ、恐ろしい女だ。



「レイラさん。最近、あのユウ・エリサワと言う女が……」

「知ってるわ。ムカツクから、痛い目に合してやろうと言うんでしょう?」

「そ、そうです。流石、情報が早いですね」



 そう言ったのは、私と同じ、どこかの貴族の令嬢でユウ・エリサワを目の敵にしているメーベとシャナ。フローズライン家とは昔から縁のある家系の娘であるらしいが、私にとってはどうだっていい。重要なのは、彼女たちが私の命令を聞く優秀な駒であるという事だ。

 神とやらも、存外脇が甘い。私が貴様と同じ立場なら、こんなチャンスなど与えなかったわよ。



「では、早速……」

「待って。あなたたちは、あいつの周りに居る者を知っているかしら」

「もちろんです。ハヤタ王子から始まり、トッド様、スロウス様、カミナ様と。いずれも名家の出であり、才色兼備の美男子です。そんな殿方を集めているから、気に食わないという話になっているのではないですか」

「落ち着いて。今ユウ・エリサワに手を出せば、連中の権力や人間力に圧殺されてしまう。まずは、私たちもあいつらに匹敵する仲間を集めるのよ」



 どうやら、そんな些細なきっかけが『フラグ』とやらになっていて、連中の仲はそこから親密になっていくと言うのだ。

 α・コードによると、それは近いうちに必ず訪れる。ならば、最大限に期限を引き延ばして、準備をしておくべきだ。



「しかし、ちょっと足を引っかけたり、水を掛けてちょっかいをかけるだけのつもりですわよ?」

「生ぬるい。やるんなら、徹底的によ」



 反抗する気も起きない程に、一撃目で徹底的に叩き潰す。戦いとは、そういうモノだ。



「わ、分かりましたわ。差し当たって、どちらさまへ声を掛ければよいでしょうか」

「確か、ハヤタの許嫁とやらがこの学園に居たわね。そいつを味方に付けるわよ」

「王子を、呼び捨て……。レイラさん、誰かに聞かれでもすれば大変な事になりますわよ」

「構わない。私は、ユウ・エリサワの恋愛が終わるまで死ぬ事は無いもの」

「……?」



 それからと言うモノの、着々と大きくなっていくユウ・エリサワの取り巻きの横で、私たちは仲間を集め続けた。件のハヤタの許嫁、エルメス。学園の女子に不貞を働く事になる、用務委員のセルヴィス。イマイチ権力に掛ける貧乏貴族の息子、アレクなど。いずれも、これから先に、ユウ・エリサワの恋愛を盛り上げる為だけに作られた者たちだ。



 そして、遂にその時は来た。

 廊下の向こうからほのぼのと歩いてくるユウ・エリサワは、私の横を歩くメーベに引き寄せられるようにして、足に引っ掛かって廊下に転がった。



「いた……っ」



 反応まで、あざとい女だ。きっと、三人で歩いている私たちは、周りからは悪役に見えている事だろう。



「あなた、どこを見て歩いているの?」



 言って、しゃがみ込む。メーベとシャナは、手筈通りに私とユウ・エリサワを囲むように立つと、周囲に対してにこやかにお辞儀をした。



「ご、ごめんなさい」

「まぁいいわ。ほら、掴みなさいな」



 言って、手を差し伸べる。すると、奴はヘラヘラと笑いながら、か弱く私の手を握った。



「あ、ありがとうござ……」

「おい、ぷれいやぁ」



 ユウ・エリサワの目を見て、宣戦布告を告げる。



「聞こえているんでしょう?貴様が、私を殺すのは分かっている。しかし、覚えておけ。必ず貴様を絶望の淵に叩き込んでやる。最後にユウ・エリサワが幸せになれるなどと、絶対に思わない事ね」

「……えっと、レイラさん?」



 声を掛けられ、私はユウ・エリサワの頬を思いっきりビンタしてやった。その音に驚いたようで、周囲の生徒たちはざわざわと集まってくる。その中には、めいんきゃらくたぁで私の許嫁であるカミナがいて、「何をしているんだ!」と私とユウ・エリサワの間に割り込んできた。

 なるほど、敵はあんたか。



「その、カミナ様。すみません、私がメーベさんにぶつかってしまって」

「違う。その女が気に食わないから、ビンタしてやったのよ。何か、文句がおありで?」

「ふざけるな!ユウはこうして謝っているのに、ここまでやる必要があるというのか!?」



 この男は、いわゆる正義の味方だ。子供の頃から、弱い人間に力を貸す、誰からも好かれるような性格をしている。

 想像していた、一番最悪の展開だけど、だからこそ他のめいんきゃらくたぁよりもより綿密に計画を立てる事が出来る。神に作られた存在とは言え、私は確かにあなたの事が好きだったから。



 さよなら、カミナ。



「そんなに気に食わないなら、四六時中その女に引っ付いて、ずっと守ってあげればいいんでなくて?そうしなければ、私は顔を見るたびに顔をビンタしてやるわ」

「ひ……っ」

「レイラ、一体どういう理由でそんな歪んだ事を言うんだよ」

「何にでも、理由があるなんて思うなよ」

「……は?」



 そして、私はしゃがんでユウ・エリサワを支えるカミナの顔面に、思い切り蹴りをぶち込んでやった。パワーは足りていないみたいだけど、驚かせるには充分だ。



「行きましょう、二人とも」

「は……はい」



 踵を返して、その場を後にする。どうやら、ぷれいやぁはカミナの『るぅと』とやらを選んだみたいだ。このるぅとによって、ユウ・エリサワと恋愛をする男が変わるらしい。ここで奴が助けに来たという事は、つまりそういうことだ。



「レイラさん、あそこまでやる必要は……」

「メーベ、シャナ」

「……はい」

「用務員のセルヴィスの所へ行くわよ」

「何を、するつもりなのですか?」

「あの女をレイプさせる。セルヴィスは、心の性根が腐った下種の権化のような男よ。カミナがまだ状況を把握できていない今、けしかけるチャンスだわ」



 遂に、二人は返事をする事すら忘れてしまったようだ。



「どうしたの?」

「あの、レイラさんはユウ・エリサワに何か恨みがあるのですか?」

「さっきも言ったでしょう?理由なんてないわ」

「なら、どうして……」

「気に食わないなら、ここでやめてもらって結構。どうせ、あなたたちは死なないもの」



 そう。どうせ、私以外に死ぬ人間はいない。だから、私以外の人間は、あのα・コードを見つけられなかったのだろう。



 だからこそ、彼女たちは私に従う以外の生き方を知らない。なんて、滑稽なんだろうか。



 × × ×



 正義なんて、ゴミだ。下々の人間が清廉潔白を掲げて偉そうな講釈を垂れる事が出来るのは、私たち貴族が泥を被っているからに過ぎない。力のない弱い奴らが、ただ自分たちを正当化する為に口する都合のいい言葉。それが正義だと、気が付かないからそんな目にあうんだ。

 何が、悪役令嬢だ。悪いのは、弱いお前たちだ。そして、そんなモノに感情移入するお前だ、ぷれいやぁ。



「あ……っ」

「へっへっへ。恨むなら、レイラ・フローズラインを恨むんだな」

「やだ……っ!だれか……っ!」



 運命に定められているのなら、私はこの世界で誰よりも弱い。そして、この世界は所詮、弱肉強食だ。例え作られた世界だったとしても、それだけは絶対だ。



「あぁ……っ!か……カミナ様……っ」



 だから、私は、この世界を喰い散らかす事にした。この行動は、確かに私が考えて実現させたことだ。それだけが、私がここに居る証明。私が思う故に、私の世界はここにある。それだけは、絶対に嘘じゃない。



「ひっ……、どうして、こんなにひどい事を……。あっあっ……っ」



 軋む音が、一つずつ、私の心にあった良心を殺してくれる。その度に、私の抗いたいと思う気持ちが強くなっていく。

 しかし、そんな時はすぐに終わりを告げた。何故なら、どこかから異変を嗅ぎつけたカミナがこちらへ向かって来たからだ。でも、それはお前の仕組まれた行動だ。お前なんて、お前じゃない。



「カミナ」

「レイラ。そこをどいてくれ。その部屋に、ユウがいるんだろ?」

「どうして、分かるの?」

「いなくなる前に、彼女をここらで見たという生徒が居たんだ。頼む、そこを退いてくれ」



 部屋からは、声が漏れている。それを聞いて、カミナの顔面は血の気が引いたように青くなっていた。



「レイラ、どけ!」



 言われ、腰からナイフを取り出し、私はカミナに向けて構えた。私では、こいつに勝てない事など分かっている。しかし、目的は、別の所にある。

 想像通り、カミナは私を突き飛ばした。当然だ、正義感の強いこいつが、それも自分が好きな女が危険な目に合っていると言うのに、余裕をこいていられるワケが無い。



 ザシュ。と、鈍い金属音が響く。しかし、それはカミナを切り裂いた音ではない。これは、突き飛ばされた瞬間に、私が自分の腹を突き刺した音だ。



「な……っ」



 じんわりと、シャツに血が滲んでくる。突き刺さったナイフが床に落ちて、続いて血がボタボタと流れる。それを視界の端に移してしまったカミナは、足を止めて私を凝視していた。



「選べよ、カミナ」



 全てが決められた世界で、救いなんてあってたまるか。

 私は、自分が幸せになりたいだなんて、ひとっ欠片も思っちゃいない。全ての記憶を作られた、そんな私に必要なのは、ここに私が居ると言う証明だ。



 ぷれいやぁは、ユウ・エリサワを見ているのだろう。ならば、ここにあるのは、誰にも語られる事の無い、本物の私とカミナの物語だ。



 ……ふふ、楽しい。



 × × ×



 どういう訳か、この世界の時間は止まってしまったらしい。夜は、いつまで経っても明ける事はなく、ただ永遠に月が真上にある。

 カミナは、私を選んだ。血を流して倒れる私を、あいつは見捨てられなかったのだ。その結果、セルヴィスは最後までユウ・エリサワを蹂躙する事に成功したようだ。



 当然、その後にはあの下種をめいんきゃらくたぁ達が懲らしめて、ボコボコに叩きのめされた。きっと、明日になれば、私は同じように懲らしめられるのだろう。だから、この傷の痛みに耐えながら、それまでに何か方法を考えておかなければならない。



 ……しかし、それはきっと、随分と未来の話になるんだと思う。時間が止まっている中で未来と言うのは何とも奇妙だけど、とにかく未来は未来だ。



 恐らく、この物語のぷれいやぁは、物語を勧めるのを止めてしまったのではないだろうか。もしくは、決められていた行動を逸脱したせいで、この世界の理が壊れて、進行を続ける事が不可能になってしまったのではないだろうか。

 だから、いつまで経っても月は動かず、夜が明けない。だとすれば、一先ずは私が勝ったと言えるはずだ。



 ざまぁみろ、クソッたれ。もし、またこの物語が動き出したとしたら、再び連中を地獄の底へ叩き落としてやる。その時を楽しみにしている。



 悪役を、ナめるな。

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