心のそばに

なかなな

第1話

「ゆっくり安全運転で帰ってこいよ。お前の運転、それでなくても落ちつきないんだから。」それが僕の祖父の口癖でした。これは僕の大好きだった、祖父の話です。

祖父は、僕が生まれた時からずっとそばに居てくれました。それが僕にとっては「当たり前」だったのです。家に帰ると決まってソファーに寝ているか、テレビを見ながらコーヒーを飲んでるか、僕が帰ってくるのを玄関先で待っている日もありました。その「当たり前」は簡単に崩れるものとは知らなかった自分の無垢さを呪いたくなるのです。

去年の7月、祖父は肺がんの診断が下りました。「もっても1年か、半年というところでしょう。」医者はドラマや映画で聞くようなありきたりな雰囲気で話し、抗がん剤のリスクなどを説明してくれました。

僕はその話を聞いた覚えがないくらい、ショックを受けたのを今でも覚えています。病院から帰る車の中で号泣したのも。

母はもっと苦しかった筈です。泣き叫びたかったと思います。自分の父がそうゆう立場に置かれたのにも関わらず、すかさず明るく振る舞い、「じじなら大丈夫だ!ガンなんか克服してまた偏屈垂れ流してるって!」と、その言葉に安心し、涙を止めた自分の心の弱さがつくづく嫌になるのです。

祖父はその後入院し、何回も、何回も抗がん剤治療を続けました。あんなに生えてた髪の毛は中途半端に抜け、中肉中背だった体はみるみる痩せ細っていきました。その姿にかつての元気だった祖父の面影はありません。

抗がん剤治療を続け、2ヶ月後に「祖父が病院で暴れていて、手が付けられない。」と電話が入り、すぐに父と母と僕で向かいました。病院に着き中に入り、祖父がいた西病棟に行くと看護師が「充さん、居ないんですよね。」と笑いながら話してきました。患者が抜け出しその患者が居ないのにも関わらず笑いながら話してきたその看護師には今でも怒りを覚えます。僕と母は祖父を手分けして探しました。5分後くらいに、別の看護師が「いました!!非常階段に。」と叫んだのが聞こえました。向かおうとしたその瞬間、「あいちゃん!!助けてけれ!!。」僕の母を愛称で呼ぶ祖父の弱々しくも悲しい声が階段の隅々に広がりました。

祖父は階段の隅で箒の棒を強く握りしめたまま、何かに怯えた表情でガタガタ震えながら僕と母を見つめていました。今まで平然と振舞っていた母も周りも気にせず祖父を見つけると抱きしめて泣きました。僕もまた泣いていました。なぜ泣いたのか?と言われたら分かりません。祖父が可哀想だったからか、かつての面影が全くない祖父に哀れんだのか、本当に分からないのです。

その後、「一旦がん治療をストップし、家に帰って落ち着いてからまた再開しましょう。」と医者の提案により退院の手続きを行うため、待合室で待つことになりました。

待合室に着くのと同時にようやく父も祖父と顔を合わせました。すると祖父は今まで怯えていた顔を安堵の表情に戻し、まるで赤ん坊の様に泣きました。僕や実の娘である母が顔を合わせても泣かなかったのに、父の顔をみた瞬間に猛烈な勢いで涙を流したのです。

どうしたの?と母が祖父に問いかけると祖父は泣きながら「良之がくるのをずっとまってた。本当に安心した。」とその言葉を発すると更に泣きじゃくりました。その状況に対し、僕は父のことを尊敬の眼差しで見つめていました。祖父からみたら父は義理の息子なのにらここまで心の支えになるような存在であるのだなと。父の心に惹かれました。

祖父は病院を一時退院しましたが、その後病院に戻るのは嫌とゆうことで自宅での療養が始まります。自宅療養というのは簡単なものではありません。祖父はそれでなくてもあまり言う事を聞くタイプの人では無かった為、薬を飲みたくないと駄々を捏ねたりする日はザラにありました。それが何日も続くともちろん家族の僕達にもストレスは溜まります、母は自分の父の身体の事を思って薬飲んで?と言っても飲まなかったりと怒る時もありました。でも今思い返すとそれも思い出です。

ある日、自宅療養中に体調を崩した祖父はそれ以来、寝たきりの状態になってしまいました。今までのように食べ物や飲み物も口で補給出来ない状態になり、酸素マスクも手放せないのです。その状態の中でも、頑張って僕たち家族に目を合わせ笑顔をくれた祖父を僕は今でも忘れません。

祖父はそれから2週間後、夜中の4時頃に僕達に見守られながら、この世を去りました。

死というのは残酷なものです。僕は未だに祖父の死を受け入れれません。母も同じだと思います。現実がそうだとしても、まだ家に帰ると祖父の部屋をいつもの感覚で覗いてしまいます。いつもそばにいた祖父はもういない。分かってはいるのです。もちろん分かります。ですがやっぱり寂しい、何より唯一のおじいちゃんと呼べる人物が居なくなったのが本当に悲しいのです。

だから祖父は肉体としては亡くなったとしても、僕だけでなく父や母、妹達の「心のそば」に今でもソファーの上に寝っ転がってたみたくそばにいると思います。そう僕は思いたいです。

僕は生まれ変わっても、大好きだったあの人がおじいちゃんになって欲しいと、心からそう願っています。

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心のそばに なかなな @Naiki1202

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