他所の幼馴染がざまぁされそうで胃が痛いので、敗北者の僕はどうにかしたい
@hucyou
他所の幼馴染がざまぁされそうで胃が痛いので、敗北者の僕はどうにかしたい
幼馴染の距離感というのは、恋人同士のソレに近くて遠い絶妙なバランスで成り立っている。
小さな頃に一緒にお風呂に入った思い出でがあって、中学生になってもお互いの部屋を行き来して遊び、両親もおらず二人きりの時もあったりなんかして。
そんな幼馴染に告白して敗北したのがこの僕、宍戸遥人である。
「はぁ……」
中学二年生の頃の話を、高校になっても引きずっているとは情けない。だけど、たまに思い出して憂鬱になってしまうのだ。
考えてもみて欲しい。
中学生になり、エロへの情熱が下半身への熱いパトスとなって色気付いた友人連中に「宍戸の幼馴染可愛くね? 紹介してよ」なんて言われたら。
幼馴染がどこか自分の手の届かない所に行ってしまう前に――自分のそばにずっといて欲しいと思い、焦って行動に移してしまうのは仕方ない。
芳野――僕の幼馴染は顔が良く贔屓しなくても美人だし、発育が早く中学の頃から巨乳であった。なおかつ、朗らかで誰にでも優しいとくればそらぁモテる。
異性からのアプローとが鬱陶しいという愚痴りながら「遥斗くんと一緒の時がやっぱり落ち着くよ」とはにかむ彼女の笑顔は未だに印象に残っている。
実際、幼馴染の僕といるときの芳野が一番笑っているという自信があった。
――そんな、確実に両思いだと思っていた状態の幼馴染に告白しても「生理的に無理」とジェンダーの違いで振られるというんだから人生はままならない。
人間関係が壊れて寝込む羽目になるし、もうどうしようもない。
さらには今でも好きなままなのだから本当にどうしようもない。
だからこそ、同じクラスで幼馴染同士という腐れ縁を続けている彼ら――耕平くんと石井さんの関係を見ていると、ヤキモキしてしまう。
それが代償行為だとしても――余計な世話をして、くっつけてやりたいと思ってしまうワケだ。
「どうしたの、ため息なんて。それよりさ、遥人くん、昨日のアレ見た?」
「見た見た見た、3回見たよ。やはり主役が鞭を使うのは素晴らしい」
「蛇腹剣は実質鞭、だっけ」
「そう。蛇腹剣は剣の切断力に鞭の柔軟性が融合された最強の厨武器といっても過言ではなくてさ――」
彼――相良耕平くんは座席が前という理由でよく話す間柄だ。
前髪を伸ばしてだらしない服装をしているので、アニメという趣味もあって典型的な気持ち悪いオタクに見える。
だけども、よく見るとなかなかに良い顔をしていらっしゃる。話してみると性格も優しく、家は金持ちという隠された優良物件である。
「はぁー、きもきも。空気が汚れる話をしちゃってさ」
そこに、よく割って入ってくるのが彼女、石井心咲さん。
耕平くんとは正反対な、アクティブ感溢れるパリピギャルである。こっちはよく見なくても中身から姿までパリピってる。
身長が低く普通に可愛いけど、オタクに厳しいギャルなのでクラスのオタク連中からは敬遠されている。
「そんなことよりさー、耕平宿題やってきてんの?」
「……いや、アニメ見てたし、やってない」
「はぁー、知ってたけど。あんた、馬鹿じゃない? もう少し勉強ぐらい頑張りなよ」
「……別に、いいだろ」
「なーにその口の聞き方、見せてあげるから、あたしを崇めなさいって。なんなら手取り足取り教えてあげよっか」
石井さんは幼馴染の生態をよく知っている。
耕平くんの好きなアニメを見ている日付やら、買いそうなゲームの発売日など――自分はまったく興味がないのに、しっかりと調べているストーカー気味の策略家だ。
耕平くんに何か非がある、弱みがある、話すきっかけがある――そんな日は他の誰かにフォローされないようにツンツンした態度で周囲を牽制しながらやってくるのだ。
「耕平さんよ、そこのパリピに頼らなくてもこの僕が教えて」
「宍戸は黙って」
「はい」
そして、戯れに他人が口を挟もうことなら、こんな感じに二人の世界に入ってくるなオーラを出してくる鉄壁感。
入学当初はモテ感があった彼女だが、耕平くん以外への塩対応から男子人気は急落してしまい、今では積極的に彼女へ話かける男子生徒はまったくいない。
いたとしても、それは罵倒されたい趣味を持つ紳士だけだったりして――
「ほらぁ。お礼はお弁当でいいから、ね」
「またかよ、自分の弁当あるじゃんか」
「それは別枠。耕平の料理おいしいし、いくらでも食べられるから!」
そんなことを言いながら、石井さんは耕平くんの肩を満面の笑みを浮かべながらモミモミとさすり――しばらくさすり、名残惜しそうにしながら、手を離し、慣れた手付きで鞄を漁る。
――ああ、今日も良い天気だなぁ。
仲よさげな幼馴染カップル(予定)の様子に癒やさながら浴びる日光はいいぞ。
石井さんは僕に生暖かい目で見守られていることを知らぬまま、アニメ柄のクソキモ巾着に巻かれた耕平くんの手作り弁当を鞄から取り出す。
「お弁当、ありがとね!」
弁当を胸の前でぐっと抱えると、そのまま器用に手をヒラヒラさせ、嬉しそうに去っていた。
――こうして今日も耕平くんの弁当は持ち去られるのだ。
「ボクの弁当……」
「じゃねー、宿題の答えはメッセで送っておっから。質問あったら何でも聞いて! あたしへの質問でもいっからねー」
「はいはい……はぁー、今日も購買かあ」
そんなやり取りをみて、僕の心は暖かくなる。
知ってるよ、耕平くんの弁当、実は石井さんが食べるように作られているんだって――僕、知ってるよ。
「いやあ、今日も可愛いですね。幼馴染属性は最高です」
「……遥人くんとは女性の趣味だけは合わない」
いいぞ、男の幼馴染のツンデレも! 幼馴染同士のカップリングは至高。
僕の言葉は二人に対してのことだけど、わざわざ訂正することはないだろう。
「耕平くんも幼馴染好きじゃんか、さっき話してたアニメのヒロインとか」
「アレはハーレム要員だし、そもそもアニメであって三次元ではない、惨事の幼馴染とかタヒ」
彼はそういうと、鞄から財布を取り出し席を立った。
「購買行ってくるよ」
「あと5分で4限目始まるよ?」
「ダッシュすれば間に合うでしょ、まあ別に遅れてもいいよ」
「昼休みは混むもんな、頑張って。ドゥエ!」
廊下に駆け出した――けどすぐに早足に切り替わった耕平くんを見送ってから、件の石井さんにほうに視線をやる。
何事もなかったかのように女性友達と話している彼女を見ると、もう少し上手いこと幼馴染にアピール出来ないもんかと思ってしまう。
彼女は典型的な”幼馴染で可愛い私が構ってあげているんだからもっと喜べばいいのに”という世話焼きツン属性持ちで、耕平くんは”女の子に囲まれたい”という二次元かぶれのハーレム願望を捨てきれずに持っている青少年なので、若干うまく性癖が噛み合ってないのだ。
お互いの仲は良いので、このズレが非常にもったいない。
石井さんが耕平くんの世話を焼く際にもう少しそこにデレがあればイチャイチャが捗り、僕も安心して砂糖を吐くだけの簡単な作業ができるんだが――そこにたどり着くのは容易いことではないということか。
恋のキューピットをしたい気持ちもあるけど、自然に任せたほうが良いよなぁ。
焦って玉砕はいかんいかん。
それに、もしもくっつけようとして駄目だったときの責任が取れない。
僕は保守派なのだ。古きものには巻かれるしかない。
+ + +
「遥人くん、折り入って相談があるんだ――」
とある日の放課後、そんな誘いから僕は耕平くんの家にお邪魔していた。学校以外ではオンゲーでしか繋がりがなかったので、何気に初めての自宅訪問である。
耕平くんの家庭は金持ちと聞いていたけど、意外と普通の家だな――そう思った三分前の自分にバカヤローと言いたい。
住宅街にある他より少し大きな程度の家という外観は偽装で、調度品やら何やら豪華絢爛な内装がすごい。
どこかで見たような抽象的な絵が飾ってあったり、鹿の生首が壁から生えていたり、家政婦さんがいたりすると我が家との金銭的格差を感じで乾いた笑いしかでない。
「どうぞ、お茶請けです。なにかご入用ならまた呼んでくださいね」
「ありがと」
「ありがとうございます」
僕らは家政婦さんが置いていったお茶を飲み、無言で饅頭を食べて――くっそ美味いんだけどこの饅頭――少し今季のアニメについて雑談をしてから本題に移る。
「――さて、そろそろ僕が呼ばれた要件を聞こうじゃないか」
「そうだね」
耕平くんは深呼吸をしてから、言葉を続ける。
「石井をどういかしたいんだ」
僕は唾液を飲んだ。
――これは、恋愛相談。なんだっていい、二人をくっつけるチャンスだ! 幼馴染同士のカップリングを成就させるチャンス!
保守派でも攻めていいよな? 攻め時だよな!
「うおおおおおっ!」
「なにそのテンションの上がり方」
「キミの意見を! 聞こう!」
みなぎってきた、滾ってきたぞォ!
なんでも言ってくれ、この僕が全身全霊で応援しようじゃないか。
恋愛経験はないけど、幼馴染経験はそれなりにある。
少しは有益なアドバイスができると思うので、何でもござれだ。
「石井をどうにかしたいので遥人くんのアドバイスが欲しいというか、相談に乗って欲しいと思って……」
「任せてくれたまえ! 今日の僕はタイタニックすら凌駕する存在だ!」
「それ、沈む感じに聞こえるんだけど」
「沈むけど先端はエロスが進行する、それは間違いなく勝利の方程式」
あの映画のような感じは無理だけど、陸地でもドラマチックなシチュエ―ションを作りたい。現実的に可能な案をひねり出さなければ。
僕は頭を必死で回転させる。これが螺旋、コレがスパイラル――考えるんだ、幼馴染に告白してうまくいく最高のシュチエーションを。
イメージするのは常に最強の自分――ではなく相良耕平だ――!
「馬鹿なこと言ってないで、石井とうまく距離を置きたいんだ」
「……ん? なんだって? 距離を……置く?」
「だからさ、石井をどうにかして――あんまり関わりないようにしたいんだよ、幼馴染だからって、構ってきて鬱陶しいし」
「………なん、だと……」
え、恋愛相談じゃなかったというか、コレあかんやつか? 幼馴染ざまぁの流れなのか? ありえないだろ、普段の二人を見ていると、気兼ねなくコミュニケーションをしているような雰囲気なんだけど、錯覚だった、だと……
「こんなこと、相談できるのは遥人くんしかいないんだ……」
確かに、耕平くんとクラスで一番仲が良いというと僕になるのか。
他にもオタ属性の連中はいるけど、あんまり話しているのを見かけない。
「圧倒的に幼馴染属性、次点で妹属性が好きな僕に幼馴染と距離を置く相談するのは何か違う気もしなくないかい。耕平くんも僕の性癖は承知してるだろ?」
「それは……うん。知ってる。でも、本当に頼れるのが遥人くんしかいないんだ」
これはやばい、まさかのシリアス展開でやばい。
耕平くんのことを普通の友人くらいに思っていたのに、相手からは親友と思われている感も出て、これもやばい。罪悪感やばい。
「高校でアイツと一緒のクラスになってから、周りから距離を置かれて嫌なんだ。誰かかと話してると、心咲――、石井が話しかけてくることが多くて……」
「確かに、まあ、僕と話していても結構グイグイ来るよね」
「うん。そうなんだよ、うん……アイツの態度がキツくてさ……愛想がない、男に冷たいんだ! 森本くんとか、オタク系で話ができそうなのに! 石井を避けるせいで僕も一緒に避けられるんだ!」
耕平くんの表情は真剣で、目尻に涙が浮かんでいた。
石井さんのあれはツンデレのツンが顕著に出ているだけだとか、とてもじゃないけど言えない。
やばい、これは胃が痛くなってきたぞ。
幼馴染敗北イベントをフォローするとか最高にキツイんだけど……
今まで両片思いだと思っていた幼馴染が一方通行だったとか洒落にならん。石井さんに対して悪感情はないようだけど、恋愛感情自体はかなりフラットな気がして僕の胃が痛い。
「森本くんは女性全般避けるから。別に、石井さんもクラスメイトの男子と話してないワケじゃないやん、僕とか亮平とか、佐々木くんとか」
「それは……遥人くんはマゾだから何を言われても平気だし、他は陽キャでコミュ強じゃん。僕は、リア充となんて話せないんだよ! 闇の世界の住人なんだ!」
声を大きくして言う耕平くん。彼にマゾと思われていて、ちょっとショックである。この局面でそんなことには突っ込めないが……
僕の性癖はマゾではなく、サービス嗜好同士がせめぎ合って雌雄を決するのこそ至高だと主張したいが……
僕も耕平くんも黙ったまま喋らない。時計の針の音が聞こえる。
シリアスになってしまった空気がキツイ、ネタを差し込みたい。
マゾじゃなく陰と陽を兼ね備えた健全な一般人である僕が考えるに――
僕が周囲との間を取り持てば、石井さんを適度に牽制しながら他のクラスメイトと話す機会なんてどれだけでも作れると思う。
耕平くんもいいヤツだし、男友達が欲しいなら簡単にできると思うんだが……石井さんとの問題に対しては根本的な解決にもならないよな。
そもそも、コレはアレだ。耕平くんが石井さんからの好意を自覚していないのが不味いのではないか? 僕は二人の仲をお似合いだ仲良しだと散々煽っていたつもりだけれど、この様子だと冗談と受け止めてたみたいだし。
「光の世界の住人の僕が思うにさ、耕平くんはなんで石井さんが話しかけてくるか考えたことはある?」
「……僕をからかって遊んでいるから?」
考えたことがない、今考えた、もしくはそういう認識なのか。
「これは、ネタ抜きに聞いて欲しいけどさ、石井さんは耕平くんのコトが異性として好きで、男同士で話すのにも嫉妬してるんだよ」
「す、好きぃ!?」
僕がそう言ったときの耕平くんの表情はなんて言って良いのか――。
取り繕うようにお茶を飲んで話を続ける。
「じゃなきゃ、わざわざ用事を作ってまで話しかけてきたり、アニメ嫌いとか言いながらアニメ柄の巾着に包んであるキモオタ幼馴染の手作り弁当を持っていったりはしないさ。本当に、本当に不器用だけど耕平くんのことが好きでやってるんだと思うよ」
さらに続けてお茶を――、ない。空になったコップの中を見ても、ないもないので出てこない。
コップをテーブルに戻し耕平くんの返事を待つも、無言で俯いたまま。
この空気を耐えきれる僕ではないので、さらに言葉をひねり出す。
「たまには、耕平くんから話しかけてみたらどうだい? 石井さんの性格だと邪険にはするだろうけど、内心は嬉しくてたまらない、はず」
「それは……だって、アイツは……クラスでは女子のグループとしか話さないし、無理」
「そっか、無理かぁ」
なら現状維持で。そう、言いそうになった。
今まで好意を自覚していなかった耕平くんが、僕の言葉で少し疑心暗鬼ながらも石井さんから好意を持たれていると認識したというだけで成果はあると思うんだよ。きっと時間が良い方向に導いてくれる……ハズ。
耕平くんはレベルの高いオタクなので、石井さんの毒混じりの言葉遣いも脳内副音声でツンデレ語的な何かに翻訳されるようになる……ハズ。
弁当とかでも、マンガの影響でハイクオリティすぎるのを作れるようになったぐらいスペック高いんだし。
本人のやる気と認識次第で、簡単に現状改善できると思うんだ。
――都合の良すぎる解釈だろうか。
「それと……いや」
「何?」
余計なコトが口から出そうになり、僕は慌てて言葉を濁す。
しかし、耕平くんの視線が沈黙を許してくれなさそうだ。頭をかき、出そうになる溜息を殺し――言わなければいけないことを整理して話を続ける。
「僕は、今日この相談を受けるまで、石井さんと耕平くんはお互い素直になれない仲の良い幼馴染だと思ってたんだ」
非常に言い難い。なんで他人事でこうも気をもまなくてはならないのか。
今日は帰る前にコンビニでお高いプリンでも買って帰ろう、自分へのご褒美って奴が必要だ。
「耕平くんさ、石井さんに対して怒らないでしょ」
「昔から心咲はあんなだし……」
「……そうか。なら、今の関係は昔から……耕平くんさ、隙がありすぎるんだ。例えば、宿題をやっていない、忘れ物をするとか――」
――僕は、耕平くんの生活態度を、石井さんに世話を焼いてもらうためにワザとやっていると思っていた部分があった。そうでなければ基本スペックは高いハズなのに駄目人間すぎる。
ノルマが厳しい訳でもない授業の課題を忘れる、提出物を忘れる、襟が曲がっていたり、ブレザーのネクタイのバランスが悪かったり、ベルトをしてこなかったり、他にも色々……
あまりにも、あまりにもあんまりな生活態度で自己管理ができていなさすぎて、幼馴染の気を引くための何かだと勘違いするのは当然だろう。
――そんなことを、オブラートに包んで長々と指摘したからだろうか。
「ぅ、あ、ごめん、吐きそう」
耕平くんの表情が徐々に曇っていき、返事には嗚咽がまじり、最後には両手で口を抑え、部屋から走り出ていった。
その背中はすぐに見えなくなり、階段を軽快に駆けていく音が聞こえる。
僕は開けっ放してある扉を閉め、床へ「よっこいしょ」と座る。
今頃、彼はトイレでヴォエ(嘔吐)だろうか。ドゥエ(加速)していったからな。間違いないだろう。
「……はぁ」
クラスメイトの男の子を泣かせてしまうとは、なんとも。
手持ち無沙汰なので耕平くんの部屋へ視線を這わせると、ものすごくきれいに片付けてある印象を受ける。学校の生活態度からは同一人物だと思えない。
カッターシャツもアイロンをかけてハンガーに掛けてあり、洗いざらしのうちとは大違い。それがどうして――そう考えたところで、家のことは家政婦さんが処理しているのだろうという単純な事実に行き着いた。
そういえば、耕平くんはゲームが発売してから攻略して僕に貸してくれるまでの速度が尋常じゃなく早い。この攻略速度は睡眠時間だけではなくて、私生活が犠牲になりすぎていたのか……
「犠牲の犠牲にな」
家では家政婦さん、学校では石井さんに世話を焼かれるとかそりゃあ甘えた性格になる。慢心、環境の違いだよなぁ、完全にコレは。
しばらく戻ってこない耕平くんに思いを馳せていると、『ごめん、今日は帰って欲しい。今度埋め合わせする、ごめん遥人くん』というメッセージが届いた。
「はい」
僕は、お茶請けの饅頭――きっと高級品だろうから残すともったいなさすぎる――を食べ、残っていた耕平くんお茶を飲み干すと早々と帰宅することにした。間接キッスすいません、喉の乾きに耐えられなかったので……
ちなみに、メッセージには……『ちんぽっぽ』と返信した。
すぐに『ぼいん』と返信がきた。
「……実は意外と余裕あるよね」
吐いて楽になったのだろうか。そうだと良い。
+ + +
翌日、耕平くんは学校を休んだ。
彼からはメッセージで『石井さんに話を付けた、今日は疲れたから学校を休む』と聞いている。
それと、登録した覚えもないアドレスから僕宛に『放課後、屋上』という簡素なメッセージが届いていた。
送信者は考えるまでもなく石井心咲――件の幼馴染だろう。
石井さんは学校に来てからやけにイライラした様子で、僕のことを露骨に睨んできていた。耕平くん、どう話したのさ……
おかげでクラスの空気が悪く、男子連中からは当然のように僕のせいにされ「宍戸ならいつかやると思ってたぜ」とか「とうとう本気で怒らせたか」だとか「やっちまったなー」とか、すれ違う振りをしながら小声で散々煽られ、亮平に至っては「遥人、昨日は何してたよ?」と皆に聞こえるような大声で聞いてくる始末だ。
「耕平くん関係で、ちょっとな」
と、やけくそ気味に返事をすると「ああ、遥人のせいで相良は休んだのか、あーあ」とか最高に煽ってくるのはやめて欲しい。事実ではあるが。
石井さんが机を蹴る音でクラスが静まり返ったぞ。
休み時間はトイレへ、昼休みは図書館へと逃げ、時間は放課後。
僕は指定された通り屋上に向かうと、仁王立ちした石井さんが既に待っていた。
「久々にキレちまったよ」
修羅のような顔をした石井さんを見て、思わずそう呟いてしまったのは仕方がないだろう。それが癪に障ったらしく、思い切り舌打ちをされた。
これ、百年の恋も冷めるヤツだろ思うんだ。
耕平くん、キミの幼馴染は超怖いんだけど……
空を見上げるとあいにくの天気模様で、雨が降ってきそうだ。まさに泣きたい気分の僕の心情を表しているといえるよう。早く終わって欲しい。
「ねえ、あんたさぁ――耕平になにしたの?」
「何もしてないけど」
とりあえず、しらばっくれてみる。
すると、石井さんはずずずいと距離を詰めてきて、僕の胸ぐらを掴んだ。身長差があるので少々服が引っ張られているだけの状況だが、かなり迫力はある。
なんという可愛い顔が台無し感。
僕は石井さんのことをパリピギャルだと思っていたけど――どうみてもヤンキーです。本当にありがとうございました。
「何もないハズないだろうが! なんであたしが耕平から構わないで、なんて言われなきゃならねーんだよ!! 余計なことを言うのは! オマエしかいねーんだよ!」
生命(ライフ)で受け止める!
僕は平手打ちを回避せず、素直に頬にもらい――
「これで貸し借り無しでよろしく」
右、左とスナップを効かせて――腕を鞭のようにしならせて、石井さんの頬に往復ビンタでお返しをしておいた。紳士なので弱めの威力で。
「なめてんじゃねーぞ、宍戸ォおおお!」
鼻血がでると不味いかな、とか思って手加減したのが悪かったのか。石井さんは逆上してさらに僕へと殴りかかってくる。
迫力があって怖いけど、性による力の差もある、普段から鍛えてもいる。ここであしらうのは簡単なんだけど、さすがに女性相手に取っ組み合いをするのは気が引ける。
なので、僕は逃げ出すことにした。
屋上の扉から、階段へ。誰かとすれ違ったけど気にしている余裕がない。
「まてええええ!」
後ろからホラー感ある何かが追いかけてきている。
「色即是空」
僕は般若心経の一文(ここしか知らない)を唱えながら華麗なステップを踏み、前へと進む。たまに振り返りながらシキソシキソ色即是空。
階段を途中で飛び降り若干のショートカットを決め――
「まあああ――あっ」
続くように飛び降りたらしい石井さんの悲鳴と、グシャリという音。
振り返ると、足を抱えるように蹲った女子高生が一人――
「ドゥエ」
やってしまった感。
昨日の耕平くんではないが――僕は吐きそうになった。
とにかく、保健室へ連れて行かないと!
そう思い石井さんを担ごうとした所で、焦ったような友人の声がした。
「遥人!」
亮平と、委員長だ。
なんというタイミング、本当にありがたい。
「折れているかもしれません、足は慎重に」
「俺は前、遥人は真ん中、委員長は足!」
「了解!」「はい!」
亮平の指示に従い、僕らは三人がかりで石井さんを担いで保健室へと直行した。
僕のせいで石井さんが骨を折ったかもしれないという罪悪感は――
「宍戸ォ、オマエのせいで耕平に嫌われた、嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われたどうしようどうしようどうするんだ!」
痛みをそっちのけで呪詛を吐く存在への恐怖心に上書きされた。
亮平は「これがリアルヤンデレ」とか無駄にテンションが上っていたが、僕と委員長はドン引きである。
すれ違う同級生たちに二度見されならが保健室に到着すると、残念ながら先生は不在だった。
「こっちのベッドに寝かせます」
「はいきた」「よっしゃ!」
二台のうち、空いているベッドに石井さんを寝かせる。
この間に彼女は「どうしようどうしよう、うう」なんて言いながら泣き出したので、心労が僕らに重くのしかかる。亮平、委員長、付き合わせて本当に申し訳ない。
「耕平に嫌われたら死ぬ。でも、耕平があたしを嫌うハズないだろう? 宍戸、宍戸が悪いんだ、宍戸が悪い宍戸が悪い……助けて、耕平……」
目の焦点が合ってない、情緒も安定していない。
保健室に到着した安堵と、これだけ喋れるなら放置しても大丈夫だろう感、これからどうしようという思考のせめぎ合いでしばらく三人の間に沈黙があった後――
もう一台のベッドに寝ていた学生が、気まずさのあまりに早足で退室していく姿を見て、固まっていた僕たちの時間も動き出す。
「せ、先生を呼んできます!」
「あ、ずりぃ!」
委員長が上ずった声でそう言い、職員室のほうへ走っていった。
亮平、本音が出ているぞ……
再び、沈黙。
亮平を見て、目を逸らされて――石井さんを見て、目があった。
目をそらしたら負けな気がして見つめ合っていると、徐々に彼女の目が理性を取り戻し初め――
「あたしの醜態は忘れて。じゃないと宍戸も叉木も殺す」
ボソっと、彼女はそう呟いて布団をかぶってしまった。
再び、亮平を見ると、亮平は口を「やっちまったな」と動かし、直接の会話を避けメッセージを送ってくる。
『この空間はさすに俺も喋れんわ、うぇwwww』
『胃が痛い』
『ドンマイ! とりあえず、どうするよ?』
『しょうじき、僕は悪くないと主張したい所であるが……ひとまず、捻挫? 骨折? の対処方法調べる』
『オッケー、こっちでも検索かける』
二人して、インターネットで調べ物をする。
捻挫の場合は足を挙上、骨折の場合はうかつに触れないという結果が出てしまい判断に迷った挙げ句、二人して現状維持を選んだ。
『氷あてとかね?』
『あの布団をめくる勇気はない。亮平さん、頼んだ!』
『俺も流石に相手を選びたい。エロティカるチャンスではあるがな!』
『いいえ』
『はい』
先生もすぐに来るだろうし、問題は先送りだ。氷をすぐに当てなかったからといって、死ぬわけでもない。
痛みも自制内のようで、唸ったりとかそういうのもないし。
『……で、なんで亮平と委員長はあの場にいたんだよ』
『俺は物見遊山、委員長はトラブったときの対処というステンバイ』
『ついて来てたの? 全然気付かなかった』
『楽しそうだったからな! 俺、意外とストーカーの才能あるかもしれんw』
『亮平さんのクズムーブ』
『あんなに平然と煽っていくスタイルの遥人パイセンには及ばないからwww委員長ドン引きやったでwww』
『いや、それは石井さんのヤンデレっぷりにドン引きしてただけだろ、僕は何も悪いことしてないから』
『 』
『なんか言えよ』
「ねぇ」
『はい』『はい』
「なんで二人共無言なの?」
僕と亮平は視線を合わせ、同時に答える。
「保健室なので静かにしてた」「石井のせいだろ」
気が合わなかった。
というか、亮平さんね、その答えはあかんだろうに。
「普通、こういうときは女の子を労らない?」
「いいえ」「いいえ」
「いいえじゃねーから! うッ……だから、おまえら、女の子にモテないんだよ、耕平と違ってさぁ……くッ」
大声を出したのが怪我に良くなかったのか、石井さんは痛みに喘いだ。惚気を差し込んでくるあたり元気そうでなにより。
そんなどうでも良いやり取りをしていると、委員長が先生を連れて戻ってきた。
「えっと――」
「石井です、石井心咲さん」
「そう。石井さん、ちょっと足を見せて貰うわね。あんたらちょっと外にでてなさい」
「はい」「はい」
こうして僕と亮平は保健室の外に出され、しばらく待った後に氷すら当てなかった無能を怒られ、おそらく捻挫だけど念のために病院へ行くという石井さんを見送って帰路についた。
+ + +
帰宅後、夕食の場で今日のことを両親に話し、しこたま怒られた。
少しは僕も悪いけど、少ししか悪くないのに理不尽だと思う。
先方にすぐ電話で謝罪をし、どうやら逆に謝罪をされている父を見ながら考える。
耕平くんへの連絡はどうしよう、と。
しばらく悩んだ結果『僕のせいで石井さんを怪我させてしまった』と簡素なメッセージを送るに留める。
必要なら、折返し電話でもかかってくるだろう。
疲れた様子の父を謝りながら見送り、日課の筋トレを消化。台所でプロテインを飲んでいると、バスタオルを巻いた妹が顔を出す。
「さきにお風呂いただきました」
「了解」
妹と代わるように風呂場に行き、僕は温めのシャワーを浴びて身体をリフレッシュさせる。精神的には……しばらく思考の片隅に残ってしまいそうな感があって、ちょっとしんどい。
頭、身体と洗った後、湯船に浸かりながら動画でも見ようかと端末を手に取ると、耕平くんと石井さんからメッセージが来ていることに気がついた。
「これは、どっちから内容を確認するか――」
悩んだ後、きっとマイルドなコトが書いてあるだろう耕平くんのほうを先に見ることにする。
『家が隣なので様子を見てきたけど、元気そうだったから安心して。むしろ元気すぎてもう少し怪我しても良かったぐらいだよ。遥人くん、昨日は本当にごめん。生活態度を見直して、ボクも頑張っていくから、また仲良くしてくれると嬉しいです』
「耕平くん、素直で善良なイケメンなんだよなぁ」
努力のベクトルが趣味に向きすぎていただけで、これから彼はリアルも頑張っていくのだろう――負けないように、僕も頑張っていこう。
そんな思いを込めて『ちんぽっぽ』と返信すると、すぐに『ぼいん』が戻ってきた。この安定感、大好きです。
続いて、開くことすら気が重い石井さんからのメッセージだ。
『宍戸、ごめんねー。あんたのこと誤解してた。幼馴染に振られたとか噂で聞いてたから、愛し合っている幼馴染のあたしと耕平の仲を引き裂くために画策しているとか勘違いしてたんだよねー、本当にごめん、許してね。今日のこと水に流すからさ! さっき耕平があたしの家にお見舞いにきてさ、松葉杖使うならボクも一緒に登校するよ、だって! 災い転じて福となすとか、マジでコレじゃん! 宍戸サンキュー! 大した怪我じゃないけど、それなりに振る舞うから黙ってろよ。叉木と委員長にも言っといて。それと、耕平が変わるから見てて欲しいって! 構わないで欲しいて、そういうことだったのかー。あたしに相応しい男になるよ! 的な。もう、今でも十分にイケメンなのにさ。あたしを意識してイメチェンとか、最高かよ! もう、恥ずかしい勘違いして怒ってたのが馬鹿みたい! でも、これもう実質の告白だよね。こ・く・は・く! 宍戸のトコの幼馴染と違って、ほら、私達には長年築いてきた愛があるからさぁ、順調に時を刻んできた的な? 今日みたいにトラブルがあっても、なんだかんだですぐに解決するんだよねー。幼稚園のときなんか――』
あまりの長文、長々と続く惚気。途中で読むことを放棄し、ついでに着信もメッセージもブロックしてしてしまった。
こういう手合に関わって良いことはないのだ。
友人の幼馴染の闇など知りたくなかった……でも。
「雨降って地が固まった感があるの、か……?」
おそらく、耕平くんと石井さんの中でおそろしい解釈違いが起きていると思われるが触れないことにしよう。
他人の恋愛に首を突っ込むとろくなことにならない。本日の教訓である。
+ + +
翌日。
「せっかくの目隠れが台無しじゃん! 耕平は本当にわかってない!」
僕がクラスに顔を出すと耕平くんは無事登校しており、仲良さそうに石井さんとじゃれ合っていた。世界は平和なようで良かった。本当に良かった。
耕平くんの目にかかっていた髪はさっぱりなくなっており、オシャレボウズといった風情で爽やか系にイメチェンしている。
石井さんには不評だけど、僕的にはものすごいあり。
「やはりイケメンか……」
遠巻きに耕平くんに手を振ると、それに気づいて手を上げてくれた。
目ざとくその仕草を見て、視線の先を追った石井さんとも――目が合う。口パクで「死ね」と言われた。
僕は「生きる」と返したが既にこっちを見てすらいない。
「よ」
「おはよ、亮平」
肩を叩かれ振り返ると、親友の姿があった。
「いやあ、なんとかなったみたいだな」
「はい。めでたしめでたし」
「遥人の身の安全も確保されたしな!」
「それは間違いない。ああ、生きているって素晴らしい」
亮平のやつ、いつもにましてニヤニヤしているが……これは、二人を祝福している感じではないな。何か他に良いことがあったのだろうか?
「遥人さ、今日のニュース見た?」
「何の?」
「アレしかねーだろ、Maid Butler Online! もうすぐサービス開始だってさ!」
彼女が欲しいとか言いながら、話題のゲームに飛びつく亮平さんさぁ。いつもはそんなにゲームやらないのに。笑顔が輝きすぎている。
オンゲーなんてやってしまったら、夏休みとか平然と暇なしで潰れるぞ……リアルとしては確実に曇る。
だが、それは言わぬが花か。僕は、この友人の自由な気質が好きなのだ。
亮平がMaid Butler Onlineのココがすごいという話を熱く語るので、相槌をしながら適当に聞く。
鞭が不遇武器じゃなければ僕もやっても良いかもなぁ、とか見事に布教されかけたので少し聞き流せなかった感があるが。
+ + +
放課後。
教室から出て帰ろうとすると、僕の幼馴染の姿があった。
「遥人くん」
「お、おう」
久々に呼ばれた名前に、少し動揺してしまう。
幼馴染とは――僕が告白して玉砕してから疎遠だったので。
「たまには、一緒に帰ろっか」
「いいけど――いいの?」
「うん。異性としての宍戸遥人は好きじゃないけど、友人としての遥人くんは好きだから――ってことで。私こそ、いいかな?」
少し不安そうな表情で、上目遣いに僕を見てくる幼馴染。
これは卑怯ですよ。選択肢は実質一択じゃないですか。
「いいですとも!」
僕の返事に、芳野の顔に花が咲いた。
それが最高に可愛くて、思わず顔をそらしてしまう。
落ち受け、落ち着け落ち着け宍戸遥人。まだ慌てるような時間じゃない、落ち着け落ち着け、異性と思っていないような態度を取るんだ。敵に接近するな、迂闊な動きは死。慢心してはいけない、環境の違いを考えるんだ落ち着け落ち着け落ち着け――
「なんかさー、昨日色々トラぶったみたいじゃん。叉木くんから、連絡があってさ……ちょっと気になって」
亮平め、余計な真似を……ありがとう。
「まあ、無事解決したので問題なかったということで。結論から言えば大事なのはお互いの歩み寄りってな話しなんだけどさ――」
幼馴染と話しながら、岐路を歩く。
昔は二人の間に距離はなく、今はひとり分の間がある。
でも、いつか。
昔のように歩けるときが来ると良いなと願いながら――――
Fin.
他所の幼馴染がざまぁされそうで胃が痛いので、敗北者の僕はどうにかしたい @hucyou
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