うんこ
ロク
うんこ
校門を抜け、ちらほらと蕾をつけはじめた桜の木をみるとどこか寂しく、胸が締めつけられる。
2年生もあと少しで終わり、高校受験の年になってしまう。
結局ちゃんとした告白もできないまま……。
そして今日も窓際の一番後ろの席から、廊下側の一番前の席に座る彼女を見つめることしかできないでいる。
見蕩れているうちに、もう6限。
隣の席に座る
こいつは高校に入学してから最初にできた友達で、今では親友と言っても過言ではない。
「おい、
「見てへんわ! 黙ってノート取っとけ」
「あーこわっ。今日の
「中野がいつも同じことしか言わんからや」
「若松がいつも新堂のことを見てるからやろ」
「だから見てないって」
「素直じゃないなぁ。でもあんだけ可愛かったら見るのもしょうがないよな。転校生って言うのがまたいいよなぁ」
「そうそう、しかも東京からの……っていうかお前、新堂はタイプじゃないって言ってたやんけ!」
「タイプじゃないよ? ちょっと太ったし……」
「お前は人の体型に文句言えるほど大したカラダじゃないぞ。しかも、ちょっと太って更に可愛さに磨きがかかったやろ! 大阪のうまいもんいっぱい食べてくれたんやろ。俺はたとえ100キロになっても好きなままや。隣の席の時はよう喋ったんやけどなぁ……今の隣の席はなぁ。」
「手厳しいなぁ。好きとか言って、ノってきてるやん」
「う、うるさいなぁ。もうなんも言わんわ」
「冗談やん。ごめんごめん。ほんで、新堂となに喋ったん?」
「そりゃ、『おはよう』とか『また明日』とかやんか」
「ただの挨拶。それ会話じゃないから……」
「これも立派な会話ですわ! 俺にだけ挨拶してくれるし」
「挨拶って認めてもうてるし……でも確かに若松にだけ挨拶してる気がする。なんか若松にだけ愛想もいいし」
「そうやろ? あの子、消しゴムしょっちゅう落とすねん。俺の方にだけ。ほんで拾った後にちょっとだけ喋るねん」
「それはたまたまやから」
「いやいや、あれは狙ってたで。好意を抱いていると感じた」
「ほんなら告ったらええやんか」
「いや、ただの勘違いでした。一回、会話の流れでさりげなく『好きなんやけど……』って言うたんやけど、道端に落ちてるうんこを見るような目で『なんて?』って言われたから適当に誤魔化してもうたわ」
「気色悪い言い方……そりゃそんな目されるわ」
「もう、あんな目は見たくないわ。このまま会話することなく、クラスも離れて卒業して、もう二度と会われへんのやろな」
「あぁ、情け無い。もう一回ちゃんと告ってみいや」
「もう告白は無理やわ。はっきり断られたらもう生きる希望が無くなっちゃう……。そういうお前は好きな子おらんの?」
「究極の質問なんやけど、無人島に一つだけなにか持っていけるとしたらなにを持っていく?」
「また、そうやって自分の話になったら……」
「ほんで、なに持っていく?」
「お前はなに持っていくん?」
「質問を質問で返すな! まぁ発電機かな」
「あほか! 電化製品なしでなんの役に立つねん」
「それもそうか。ほんじゃあ可愛い女の子! 2人でおればなんとかなりそうやし、子どももできたら賑やかで幸せそうやろ」
「お前、自分なりの正解もなしに言うてきたんやな。女の子まではわかるけど、子どもは無理やろ! 無人島で出産も子育てもできるわけないやんか」
「おぉ、それもそうか。ほんでお前は?」
「そんなもん一択や。頭が良くて強靭で面白くて俺に従順な男。」
「オプション付けすぎや! ほんで自分に従順ってのが卑しさ満載できしょいな。新堂と2人っきりの無人島とかええんちゃうの?」
「やかましいわっ! 俺、頭悪いし体力もないから新堂に迷惑かかるやろ……」
「いや、好き過ぎやし、これ、そこまで真剣に考えるやつちゃうから! ほんじゃあ次、崖に両親がぶら下がっててどっちか1人しか助けられへんとしたら、どっち助ける?」
「それは母親一択! 俺マザコンやから」
「いや、こっちの方が真剣に悩めよ。親父可哀想すぎるわ!」
「お前は?」
「いや、俺、両親殺したやん」
「そうやったな……。ほんじゃあ俺からも! カレー味のうんこか、うんこ味のカレーやったらどっち食べる?」
「うわぁ、どっちも嫌やわぁ。でも、どうしても食べなあかんなら、うんこ味のカレーやろなぁ。」
「なんで?」
「さすがにうんこは食われへんで。なに味やろうと、汚すぎるわ。お腹壊すで。お前はどっち食べるん?」
「そんな簡単には答えられへんよ。まずカレー味のうんこのうんこは人間のうんこ?」
「まぁ、そうやろな」
「うんこの状態は?」
「1番健康な時のとれたてホヤホヤ」
「もしかして、誰のうんこか俺が決めてよかったりする?」
「まぁ決めてもいいけど……。そんなこと真剣な顔で聞いてくんなや」
「じゃあ一択ですね! カレー味のうんこ!」
「なんで!?」
「新堂のうんこに設定しました。素のカレーより食べたいかも」
「いや、きしょすぎるわ! 好きとかじゃないでそれ」
「いやいや、究極の愛ですよ」
「違います。ていうか、カレー味のうんこのうんこを新堂のにするなら、もう一方も新堂のうんこ味のカレーになるで?」
「おいぃっ! そんなん卑怯やろ! 選べるかぁ!!」
「卑怯でもなんでもないし、これはそういう遊びやから。」
「この糞みたいな遊び考えたやつ連れてこい! ってか、新堂のうんこ味のうんこを食べるのはあかんの?」
「それ、普通にうんこやから。ていうか俺が親殺した言うたのつっこめよ! ほんまに殺してるみたいやろ! パパとママに申し訳ないわ」
「あぁ、うん。ほんで、やっぱり新堂のうんこ食べたいわ」
「もっと俺に興味持てよ! 頼んでみたら食べさせてくれるんちゃん?」
「中野もそう思う? 帰り道捕まえて頼んでみるわ! 告白はできひんけど、これならいけそう!」
「どう考えても難易度上がってるやろ! どう言う思考回路してんねん。でも言ってみたらええんちゃん? 斜め上をいって逆に上手いこといくかもしれへんし」
「お前ならそう言うてくれると思ってたわ! 俺はこれに全ての愛を込めるわ」
「愛って……。ただの変態発言やで」
「愛そのものや! ほんまに食べたい気持ち半分で、残りの半分はあなたの汚いところも含めて全てを愛します。って言う深い理由があるのよ」
「大分無理あるけど……まぁ頑張れよ」
「ありがとう! 俺頑張るわ!」
そして6限の終わりを告げるチャイムが鳴り、下校前のホームルームを終えて、生徒達がぞろぞろと教室を出て行く。1番出口に近い彼女は真っ先に教室を出て行った。
「中野。いってくるわ」
走りはじめながら神妙な面持ちで一言。
「とんでもない黒歴史が刻まれる……」
「おいっ、聞こえてるぞ!!」
さっきまでの表情は崩れ、いつも通りの自分で新堂のもとへと走り出す。生徒達をかき分け、ひたすら走った。彼女は下駄箱で靴を履き替えているところだった。
「あ、あの! 新堂さん! ち、ちょっといいかな?」
「うん」
「今日、途中まで一緒に帰ってもらえないですか?」
「いいよ! でも若松君自転車じゃなかった?」
「押す押す!」
「じゃあ、帰ろっか」
彼女は可愛いえくぼを見せ、歩きはじめた。
「久しぶりだね! こうやってちゃんと話すの」
「そうやね! 隣の席やった時以来やんな」
「隣の席の時でも会話は少なかったけどね」
彼女はこちらをみて少し意地悪い顔でニヤリとした。
「確かに。俺シャイやから。ほんまはもっと喋りたかったんやけどな。クラスももうすぐ変わってまうし」
「私ももっと話したかった! クラス替えもちょっと寂しい。話したくて今日誘ってくれたの?」
「あ、いや、ちょっと大事な話というか、お願いっていうか。そう言う感じで……」
「やっぱりかっ! いきなりだから、絶対なにかあると思ったよ。 私にできることならなんでもするよ?」
そう言った彼女の微笑みは聖母マリアのようだった。知らんけど。
「じゃ、じゃあ思い切って言いますっ!」
「はいっ!」
「新堂さん! あなたのうんこを食べさせてくださいっ!」
…………。
引きつった顔で一歩下がりつつ彼女はゆっくりと口を開いた。
「あ、えぇーとぉ、そのぉ……私はあまり恋愛経験がなくて、大阪のことも全然詳しくないのだけれど……それは、大阪特有の告白ってことでいいのかな?」
「あ、告白というか、そのままの意味というか……。新堂さんのどんなところも全部まとめて好きって感じです! だから食べさせてください!」
「あ、ありがとう。実は私もほんとはずっと好きだった。だから、私も若松君のうんこを食べたいです!」
これ以上ない汚い言葉のはずなのに、『愛してる』と僕の脳にダイレクトにそう響いた。
あの時の道端に落ちているうんこを見るような目は僕の被害妄想で、結局、本当に聞こえていなかったのだろう。
そして、願ってもない形で僕の恋は実を結んだ。
僕に春の訪れを知らせてくれたのは桜ではなくうんこだった……。
うんこ ロク @pierou
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