閑話 クリスマスぱーりぃ!
クリスマスの起源については諸説あるが、最も有力な説の一つに古代ローマ宗教の一つミトラ教において一二月二五日は「不滅の太陽が生まれ変わる日」とされ、太陽神ミトラを祝う祭りがあった。
やがて聖なる四文字の子が生まれ、神の子の予言通り地上に天使たちの生まれ変わり『聖人』(大和における神代と同一の存在)たちが降臨するようになると、悪魔(禍ッ神)を祓うだけの古き神々よりも、病気や怪我など、日常の災いにも寄り添ってくれる聖人と、その出現を予言した神の子へ信仰が集まり始める。
神の子は
やがて時代は進み聖人ニコライの逸話が十字教会を通じて民衆に広まると、いつしか冬至の生誕祭には子供にプレゼントを送るという風習が生まれ、その後いくつかの変遷を経て今日のクリスマス文化が生まれたと言われている。
大和へクリスマス文化が持ち込まれたのは、皇歴二八五〇年のこと。
当時の皇太子がローマ留学から帰国した際に持ち帰り、元々の由来が太陽神の復活祭であったことから、大和においては皇室の権威拡大を図る狙いで大々的に広められた歴史がある。
……と、前置きが長くなったが、今日は一二月二五日。
冬休み期間に入ったここ天原島でも、クリスマスの時期は島中が華やかに彩られる。
年中温暖な気候で冬場でも最低気温が一五度を下回ることは滅多にないが、それでもクリスマスツリーを飾りつけ、教室を華やかにデコレーションすれば気分は俄然クリスマスだ。
「じゃあ、みんな一緒に────!」
『メリークリスマ────ス!』
猛の音頭に合わせてSクラスの面々がジュースの入ったグラスを掲げる。
今日はアリーの発案によるSクラス全員で親睦を深めるためのクリスマスパーティーだ。
「しかし見事にカボチャづくしだな」
輪になるよう繋げた長机の上に並ぶご馳走の数々に目移りしながら、司がカボチャのミートパイを『もきゅもきゅ』と幸せそうに頬張る。
これらの料理はすべて学食の厨房を借りて自分たちで作ったものだ。
「まあ冬至の祭りだからな。こっちのかぼちゃのあんかけも美味いぞ」
ミートパイを美味そうに食べる司に微笑ましい目を向け、風花がかぼちゃのそぼろあんかけを器によそってやる。
ちなみに大和にクリスマス文化が広まる過程で冬至にカボチャを食べる風習と混ざり、クリスマスはカボチャ料理という謎文化が定着したが、それはさておき。
「んむ……ごくんっ! ありがとう。ん、こっちも美味いな!」
「ふふん。そうだろう」
自分が作った料理を褒められ風花が得意気に鼻を鳴らす。
長年の因縁に決着がつき心に余裕ができたおかげか、風花は最近料理に凝り始めた。
近くに美味そうに食べてくれる人がいるだけでやりがいもあるし、何より自分の食生活のクオリティーも上がるので一石二鳥だ。
「はい、風花も。あーん」
そこへすかさず睡蓮がカボチャプリンを匙で掬い風花の口元へ近づける。
相変わらずの無表情だが、纏う雰囲気は以前よりも随分と柔らかくなっていた。
「こ、子供じゃないんだからよしてくれ。その……姉さん」
無表情でプリンの匙を口元にぐりぐり押し付けてくる姉には流石の風花もタジタジだった。
互いに今までのことは水に流して歩み寄ろうと決め、ひとまず風花は姉のことを昔のように『姉さん』と呼ぶところから始めたのだが、この姉、想像以上にグイグイくる。
「あーん」
「んむむっ。……あ、あーん」
匙の腹で唇をツンツンされて仕方なく風花が口を開く。
口当たりなめらか。カボチャの優しい甘みとカラメルソースの苦味がふわりと広がる。
「どう? おいしい?」
「……おいしい」
「そう、よかった」
花が綻ぶように睡蓮がうっすらと微笑む。
この笑顔を向けられてしまうと、子ども扱いするなとも言えなくなってしまうから参ってしまう。
「二人の仲が改善してよかったですわね」
カボチャプリンの優しい甘さに顔を綻ばせたアリーが隣に座る猛に微笑みかける。
「そうだね。僕が長いこと待ち望んだ光景だ。司君には感謝してもしきれないよ」
感無量といった様子で姉妹を眺める猛の
この光景をどれほど待ち望んだことだろう。
自分一人では決してたどり着けなかった最高の結末。
その鍵となった少年が背負う運命がどれほど過酷なものか猛は知らない。
だが司が力を求めるなら、猛は全力で協力しようと心に誓っていた。
「あー! おい暁! そのチキンは俺様が取っておいたやつだぞ!」
「へぇ、そうだったんだ」
わざとらしく肩をすくめて、暁がローストチキンに心底美味そうにかぶりつく。
楽しみにしていたチキンを盗られて三日月坊ちゃんが涙目になっていく。
「おまえーっ! 喧嘩売ってるのか!」
「欲しかったなら自分の皿に取っておけばよかったのに」
「ほい隙あり」
正論でマウントを取ろうとしていた暁の横から邪魅が手を伸ばし、暁の皿の上からチキンナゲットをごっそりと奪い取っていく。
「あーっ!? なにすんだよ邪魅!」
「いひひ! 皿をガードしておかないお前が悪い」
「隙あり!」
意地悪に笑う邪魅に暁が気を取られている隙に、三日月が暁の皿からカボチャのミートパイをかっさらっていく。
「あーっ!? 三日月てめぇーっ!」
「もごもがもご!(チキンのお返しだバーカ!)」
ここぞとばかりに変顔で煽り返す三日月。
暁と邪魅の二人が転入してきてから二ヵ月余り。
歳の近い三日月はまるで本当の兄弟のように二人と仲良くなっていた。
二人の影響で若干お行儀が悪くなったのは内緒である。
「あの二人もすっかりクラスに馴染んだな」
「ケケケケッ! 坊ちゃんに新しいご学友ができて何よりだぜェ」
「ご学友ってよりは悪友……いや、ありゃもう兄弟だな」
「キヒヒヒ、違ぇねェ」
茂利雄と来人が皿に山のように盛った料理を手品のように吸い込みながら、坊ちゃんたちのやり取りを温かい目で見守る。
「はーい! みんなちゅうもーく!」
「お待ちかねのプレゼント交換タイムだよー!」
円形に並べられた長机の中心に立った斗亜と紫雲が注目を集めると全員から待ってましたと拍手が起こる。
「じゃあ私たちが歌うから、リズムに合わせて持ち寄ったプレゼントを時計回りに隣の人へ渡してね!」
「三曲歌うから、一曲終わったらプレゼントをその場に置いて、今度はみんなが動いてね!」
「三曲目になったらまたプレゼントを動かして、最終的に持ってたものが今年のプレゼントだよ!」
「「じゃあ、いっくよー!」」
伝説のアイドル神たちの生歌に合わせてそれぞれが持ち寄ったプレゼントを時計回りに回していく。
結果、こうなった。
「おっ、マグカップか」
「あ、僕のプレゼントだね。普段使えるようなものをと思ってマグカップにしたんだ」
「ありがとうございます! 大事に使います!」
司は
質実剛健な猛らしいチョイスである。
「綺麗なマフラーだな。艶々で肌触りもいい」
「あ、それは私ですわ! 運命の糸で編み込んだんですのよ。身に着けていれば不運を退けてくれますわ」
「想像以上に凄いものだった!? ありがとうアリー、大事に使わせてもらう」
風花は運命の糸で編まれたマフラー。持ち寄ったのは当然アリーである。
運命の糸を具象化させたままにするのには一苦労したが、その分色々と勉強にもなったアリーの自信作だ。
「……食事券?」
「あ、すんません先輩。それ、おれっす」
「ありがとう。卒業するまで使わせてもらうわ」
睡蓮はメガフロートのショッピングモールに店を構える洋食屋で使える無料券。持ち寄ったのは茂利雄だ。
グルメな茂利雄らしいプレゼントだった。
「ははは、随分と可愛らしいプレゼントだね」
「あ、それ私でーす! 中のスピーカーに私たちの歌を録音してあるから夜寝るときに流すとぐっすり眠れると思います!」
「それはいいね。可愛いプレゼントありがとう。部屋に飾らせてもらうよ」
猛は小さなテディベア。持ち寄ったのは斗亜だ。
少々可愛すぎるが、安眠効果もあるようなので何かと忙しい猛にはありがたい品だった。
「まあ! 映画館のフリーパスですわ!」
「ケケケ、俺っちからのプレゼントだぜェ。好きな映画でも見てくれや」
「ありがとうございます! 明日から早速使わせてもらいますわね!」
アリーは映画館のフリーパス。来人のプレゼントだ。
誰に渡っても喜ばれるチョイスは流石と言う他ない。
「なんだァ、こりゃ?」
「石。海辺で拾ったの」
「そ、そっすか……。あざす」
来人は不思議な力の波動を感じる拳大の赤い宝玉。持ち寄ったのは睡蓮だ。
拾ったものをそのままプレゼントに出すのはどうなのかとも思わなくも無いが、これだけ見た目が綺麗ならそれなりに価値はあるに違いない。
「キ、キラカード……」
「俺様のプレゼントだ! 喜べ茂利雄、プレミアものだぞ!」
「はは、大事にします」
茂利雄はトレーディングカードゲームのプレミアキラカード。三日月坊ちゃんからのプレゼントである。
何気に末端価格で百万以上の値が付くお宝である。
それを うるなんて とんでもない!
「なんだこれ? 指輪?」
「あ、それ私のだ! お守り指輪だよ! 私たちの歌の力を込めてあるの」
「あ、ありがとう。……えへへ。やった!」
三日月はガーネットの指輪。紫雲からのプレゼントだった。
推しからの思いがけないプレゼントにこれには坊ちゃんもガッツポーズ。
「……ねぇこれ、門外不出の秘伝書とかじゃないの?」
「おお、暁に行ったか。俺からのプレゼントだ」
「なんだろうな、この微妙に管理に困るものを押し付けられた感。まあいいけどね、ありがとう」
暁は阿部流祓闘術天の巻。司からのプレゼントである。
管理に困ってプレゼントという名目で放流したわけではない。……多分。
「お! ヘッドホンか! いいじゃん誰のだよこれ」
「あ、それ僕だ」
「なんだオメェかよ。けど、いいセンスしてんじゃん、あんがとな!」
邪魅は最新式のワイヤレスヘッドホン。暁からのプレゼントだった。
ラジオも聴ける多機能タイプ。これも誰が貰っても嬉しい一品である。
「じゃあ最後は私たちだね」
「いえーい御開帳!」
斗亜と紫雲が同時にプレゼントの包装を開ける。
「あっ可愛い! イアリングだ!」
「私はペンダント!」
斗亜は色ガラスのイアリング。紫雲は天然石のペンダントだった。
「そ、そのイアリングウチのっす! 一応気休め程度の魔除けのまじないもかけてあるんで!」
「ありがとう! 今度のライブで着けるね!」
「そ、そそそそんないいっすよ! どうせ安物だし」
「そんなことないよ。邪魅ちゃんからの初めてのプレゼント、とっても嬉しい。大事に使うからね」
「ひゃい……」
推しから両手を握り返されキラキラの瞳で見つめられ、赤面してフリーズする邪魅。
まさか自分のプレゼントが推しに届くとは思っておらず、しかもここまで喜んでくれるなんて完全に予想外なので
「ペンダントは私からだ。石の裏に周囲の神気を集める術式を刻んでおいたから、身に着けておくと疲れにくくなるぞ」
「すごーい! ありがとうございます風花先輩!」
「どういたしまして」
可愛い後輩に喜んでもらえて風花の表情が穏やかに和らぐ。
その身を焦がす憎しみが無くなったからか、風花も最近は随分と表情が柔らかくなってきていた。いい傾向である。
「プレゼント交換も終わったし、ゲリラライブやっちゃうよー!」
「よっ! 待ってました!」
神器を具象化させ双子たちがアイドル衣装に変身すると、茂利雄が合いの手を入れる。
「邪魅ちゃんも一緒に歌おうよ!」
「はへ……? え、ええ────ッ!?!?!?」
「ふふふん、知ってるんだからねー? 邪魅ちゃんがいいシャウトするの」
「ヘイ! 衣装カモーン!」
パチンッ! と紫雲が指を鳴らすと、一瞬でパンクなアイドル衣装に着替えた邪魅がマイクを握らされていた。
突然のことに目を白黒させて慌てふためく邪魅。
いつの間にか教室の隅にいた学園長と双子たちが満足そうにサムズアップし合う。
「衣装は学園長が一晩で用意してくれましたー!」
「おいこらババア! テメェ時止めて勝手に着替えさせやがったな!?」
「ふふふ、ご馳走様」
恥ずかしがってがなり立てる邪魅に学園長がバチーン☆ とウインクで返す。
「ミュージックスタート!」
「えっ!? あ、あっあ、あああ!? ええいもうどうにでもなれ! ヴォォォォ────ッッッ!!!!」
とても女子中学生の喉から出ているとは思えない悪魔じみたシャウトに拍手が巻き起こる。
このとき学園長が撮影していた映像が動画投稿サイトで話題を呼び、後に音楽業界に激震を巻き起こすことになるのはまた別のお話。
禍ッ鎧ノ復讐者《アヴェンジャー》 梅松竹彦 @kerokero011
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