第10話

 僕はそっと剣を抜いて、何者かが暗闇の奥から出てくるのを待ち構えた。次第に確かな足音が聞こえてくる。あちら側は僕らの気配には気づいていないのか、それとも奇襲をかけるまでもないほどに自分の実力に自信を持った者なのか。前者であれば助かるが、後者であればリリを叩き起こすしかなくなる。


 その者は闇から突然這い出るようにして現れた。見たことのある顔だった。それも今さっき夢の中で。刃に映っていた同じ年頃の女が現実に僕の前に現れたのだ。


 女は戸惑いながら僕とリリを交互に見る。そして、僕の持っていた剣を見て明らかに怖がった。僕はすぐに剣をしまった。女は丈の長いスカートを汚さないようにつまんでいて、大事に育てられている村娘のようだった。林の中に入ってくるような人がする格好ではまずなかった。


「君、名前何て言うの?」


「凪野一道。あなたは?」

 

 彼女は僕の名前を聞いてそれどころじゃなかったようで自分は名乗らなかった。


「苗字と名前?」


「そうだけど」


「出身はどこ?」


 僕はどう答えようか迷った。僕が薄々感じているこの予感は果たして合っているのだろうか。いや、それについては初対面の彼女が警戒もせずに僕に質問責めをしている時点でほとんど明らかなことだった。


「………千葉」


 彼女はそれを聞くと大きく目を見開いて口を手で覆い隠した。彼女の目はみるみるうちに潤んでいき、留まり切れなくなった涙が頬を伝った。


「まさか私以外にもいたなんて」


 僕も驚いている。まさか僕以外にも転生者がいたなんて。


「どうやってこの世界に来たの?」


 僕は聞いてみた。


「多分同じだと思う。ゼロに殺されて、だよ」


 彼女は指で涙を拭いながら答える。僕らは互いの境遇を共有した。彼女は篠宮あおいという名前で高校一年生だった。僕の一つ下だ。篠宮は寝ているリリが気になっているようだった。僕の命の恩人でとても優しい人だと説明すると二回頷いた。起こしてしまっては悪いので、僕らはリリから離れたところでしばらく話した。


 どうやら僕と篠宮はほとんど同じ内容の夢を見たらしい。5人のゼロに刺されて、刃には自分を含めた5人の顔が映っていた。しかし、刺された場所や夢を見た時期は異なった。篠宮は学校の教室で刺され、夢は1ヶ月以上も前に見たのだという。


 篠宮は2か月以上も前からこの世界で暮らしているという。殺されて、神々しい女にゼロに復讐しろと告げられて、気付いたらこの林にいたというのだ。そして、今ではここからほど近いロワン村でお世話になっているらしい。


 僕も篠宮にここまでの経緯を全て話した。篠宮と同じように異世界に飛ばされ、ニアに助けられ、リリとともに花人に会いに旅をしている、と。


「すごいね。ほんとにすごい。私にもそんな勇気があればな」


「どうしたの?」


「いやね、私ね。ウーハン様によるとこの世界の救世主らしいのよ。あ、ウーハン様って方は村の長老で予言者ね。私、困っちゃって。救世主だなんて言われたってそんな力持ってないし世界救う気だってさらさらないんだもの。私は平和に暮らしたいだけ。なのに、村の人は私を変に持ち上げるし、そんな予言の救世主って肩書を利用して村に居座ってるのも最近辛くなってきちゃって。村を出てみようかなとも思ったんだけど、怖くてできなくて」


「こんな林の中まで来たのは勇気がいることなんじゃない」


 僕は励ますつもりで言った。篠宮は首を横に振る。


「海の方から凄い音が聞こえたから、ウーハン様の予言を信じてみただけよ。私自身の力で一歩を踏み出したわけじゃない」


「予言ってどんなの?」


「自分の生まれた場所に行けばある男に出会うだろう、その仲間との出会いが世界を大きく変えるっていうような内容の」


「すごい壮大だね。僕らの出会いが世界を変えるだなんて」


「でも、確かに私の世界は変わった」


「僕も」


 僕らはそれから日本での暮らしをお互い思い出に浸りながら話し合った。気が付くと、日が出てきて林の中は薄く照らし出された。


 リリが起きると篠宮に対して身構えたので、僕が必要なことだけ説明した。


「同じ世界から来た転生者か。やはり信じがたいが、同じ境遇の者が二人いるとなるとこれはいよいよ真実ということになってくるな。そんなことが起こり得るのか。シノ、ミヤ。……シノで良いか? 呼びづらい」


 篠宮は一瞬戸惑ったが、すぐにそれを了承した。二文字の名前というのはどうやら樹人の奇妙なルールの一つらしかった。3文字以上の名前は馴染みがなくて違和感があるのだろう。


「シノ、お前の暮らすロワン村まで案内してくれ」


「うん、分かった」


 篠宮は周囲をぐるりと見回した。それをもう一度繰り返す。


「ごめん、迷った」


 僕らがこんな林の中で出会えたのは本当に奇跡だったようだ。リリはいつものようにそれで怒ることも焦ることもなく、黙って歩き出した。何も言わず表情も変えずに歩き出すので、篠宮は怒らせてしまったと思ってあたふたしている。


「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝る篠宮にリリは「ああ」としか言わない。


 篠宮は少し後ろに下がって僕の横に来る。


「どうしよう。どうしたら許してくれるかな」


 僕は思わず笑って、怒ってないよと教えてあげる。


「リリは独特な人なんだ。いずれ慣れるよ」



 それから、篠宮はリリと色々な話をしていた。リリは特に嫌がるようなこともなく淡々とそれに応じた。それで篠宮はもう慣れてしまったようで樹人についてやリリの年齢についてなど多くのことを質問していた。約700歳と聞いて、篠宮は仰々しく驚いていた。あんなリアクションをしてくれると、会話している相手はきっと楽しいだろう。僕は少し後ろから眺めながら篠宮の社交性に圧倒されていた。


 ずっと喋っている篠宮のおかげで感覚的にすぐに平原に出た。辺り一面ゴルフ場のように綺麗な芝生が広がっていて、いくらか先のところに少し盛り上がった丘がある。丘の更に向こうにそびえ立つ山から流れてきた川が緩やかに平原を通っている。丘の上に何軒かの人家が建ち並び生活の匂いがあった。いきなり得意げになった篠宮は僕らの先頭に立ってずんずんと歩き出す。


 


 ロワン村はとてものどかで、自然豊かなところだった。まるでイギリスの田舎町のようで、透き通った川が流れ綺麗な花が咲いていた。


 各々の仕事に従事している村人は僕らを見て警戒する様子もなく、「おはよう」と笑顔で挨拶してくれた。初めて普通の人間と会えた気がして僕は安心感を覚えた。村の子供たちは篠宮を見かけると嬉しそうに集まってくる。


 やがて、一軒の赤い屋根の家に着いた。入り口の植え込みには丸型に整形された草木が茂っていて、石の壁には蔦がびっしり絡まっている。他の家と同じような造りだ。


「ここがウーハン様のお家」


 篠宮は二回ノックして予言者ウーハン様の家へと入った。リリは躊躇ったが、篠宮が手を引いて半ばむりやり中にいれた。


 家の中には落ち着いた色合いの絨毯が敷かれていて、そこに光沢のある木机とふかふかのソファと揺り椅子が置かれていた。ひざ掛けをした姥がその揺り椅子で眠っていた。姥は目を閉じていただけで、「いらっしゃい」と僕らを歓迎してくれた。


「おや、客人を連れてきてくれたんだね、あおい」


「うん、ウーハン様の言う通り林の中で会ったんだ。私と同じ転生者」


「凪野一道と言います」


 僕は名乗った。


「もっと近くに来てくれるかい?」


 僕は従ってすぐ目の前まで近寄った。ウーハン様が僕の太ももあたりに手を伸ばすので、僕は自分から手を差し伸べた。手だと分かるとそれをじっくり点検するように両手で触る。ウーハン様は盲目であるようだった。しばらく僕の手を触ってから、それを両手でぎゅっと包み込んだ。


「一道はどこで生まれたんだい?」


「サファーマです」


 ウーハン様は柔和に微笑む。


「優しい子だねぇ。誰かを守るために嘘をついたね? そこの……おや? 懐かしい匂いがすると思ったらそういうことかい。久しぶりだね、私のこと覚えているかい? リリ」


 ウーハン様はその閉じた両目をリリに向けた。リリはフードを取って近づいていき、ウーハン様に手を差し出した。


「覚えている、ウーハン。久しいな」


「嬉しいねぇ。もう二度と会えないと思っていたんだ。こんなことってあるんだねぇ」


 僕と篠宮は目を合わせてぱちぱちと瞬きした。篠宮もウーハン様がまさか樹人と交流があるとは思っていなかったようだ。僕にしたって僕以外の人間と樹人が関わり合いを持っているとは知らなかった。樹人の特性からしてもそんな可能性はほとんど考えなかったのだ。


「ニアは元気かい?」とウーハン様がリリに聞いた。


 リリはどう答えようか迷った果てに真実を伝えた。呼吸が細くなっていき、僕は今すぐ家の外で深呼吸がしたかった。ときどき自分の性格が嫌になる。僕はあまりに誠実すぎるのだ。そのことは世間的に見ればよい事なのだろうけど、僕からすればこの上なく疲れる性格だった。


 




 











 

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5人の転生者と特異点 霜月霜 @pipvivi

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