幼い王女の覚悟
…コンッ、コンッ…
「入れ。」
「「お邪魔いたします、父さま。」父さん。」
「『はぁ~』」
応接間の扉から入ってきたのは白髪で長身の青眼で真面目そうな顔立ちの男性と、その男よりやや低めな身長で髪が白に金色が混ざったような色な青眼の女性だった。国王も青眼で白い髪を持っていたので、リャイは『やっぱり親子だな』と感心し、女性の白混じりの金色は王妃の髪譲りなのだろうと思いを馳せていた。また二人は入ってきて国王に向かって『父』と言ったことも、一つの要因であったが。
その二人を案内して来たであろう、執事服を身に纏った男は二人の挨拶を聞くなり、
「お前たち、夜以外は陛下と呼べと言っているだろう?それに今は客人が居られるのだ。少しは礼儀を弁えろ!」
「「は~い」」
「はぁ。リャイ殿、申し訳ない。これは私の息子のシェニアと、歳が一つ違いの娘のレーナです。二人とも、我が王国の恩人であられるリャイ殿だ。挨拶しなさい。」
「初めまして、陛下に紹介して頂いたシェニアと申します。リャイ殿、以後お見知り置きを。…さあ」
「はっ…、はい!私はレーナと言います。その…シェニア兄様の妹です!…リャイ様。よっ…よろ…しく、お願いします!」
「ええ、よろしくお願いします。それで陛下、この紹介で終わりでしょうか?他にはありますかな?」
「はい、実は…」
その後、国王から王命が下った。王命というよりかは、国王の父としてのお願いであったが。内容としては、「隣国であるイグリュー王国で
国王にはすぐに判断が難しいため、後日改めて来ると伝えて帰宅を選んだ。しかし王子であるシェニアが「男として、王子として、リャイ殿に仕えたい!」と顔を近付けて言われてしまったので、リャイの家である教会があった場所に建てられた小屋にやって来ていた。始めこそシェニアは質素な建物に軽蔑する視線を建物に向けていたが、リャイが小屋の前でテンポの悪いノックを複数回すると、小屋の中から十人以上は居るであろう大男が出てきたことに顔が引きつっていた。
大男たちは顔を引きつらせた王子に始めは視線を向けていたが、すぐにリャイへ視線を向け、肩膝を地につけ、頭を下げる光景を見てシェニアも考え直そうとリャイへ向くが、リャイには無視された。そのことで肩を落とすが、リャイは大男たちに向けて口を開いたのだった。
「報告っ!」
「はっ。イグリュー王国に向かった者の伝言では王都で内乱、暴動が起きています。」
「各地に点在する拠点からの報告では、襲撃を受けたため、拠点を廃棄してこちらに向かって来ているとのこと。」
「また貴族内では静観を決め込む輩もいるようで、静かに情報収集に当たっています。ただ気掛かりなのが、かの王女が反乱を起こしたとして幽閉されたと、報告が上がっています。王女の反乱ですが、調べたところ裏で
「うむ、預かろう。それと頭じゃない、今は"ボス"だ!良いな?」
「はっ。 すみません、ボス!」
「それじゃ、引き続き情報収集に当たってくれ。それとアレは、この国の王子と王女だからな。粗相のないように気ぃ付けておけ。」
「「「はっ、肝に命じます。」」」
リャイの忠告を素直に聞き、大男たちは小屋に入って行く者、路地に向かっていく者に分かれていった。その後ろ姿を見ていたシェニアはリャイに質問を投げた。
「リャイ殿、あの者たちは仲間…なのですか?」
「ええ、そうです。頼りになる家族達ですよ。」
「そう…ですか。」
シェニアはリャイの言葉に俯き、妹であるレーナはそんな兄の顔を覗いてクスクスと笑っていた。レーナは小屋の周囲を見ており、レーナの位置から話が聞こえないことを確かめ、シェニアに視線を向ける。
「あの者たちがリャイ殿の言う家族、であるというならば、私もその中に入れてはくれないだろうか!どんな雑用もこなそう、どんな荒事でも手伝うから入れて欲しい。」
「それが王子の、いやシェニアの言いたいことか?もしそうなら入れてやっても良いだろう、…「なら、これから何を…」…しかしだ。それを選んだ結果、お前が大国の王子という肩書きが失われることに繋がり、家族、陛下を説得して許可を貰ってこい!それが条件であり、最初の仕事だ。」
「必ずや!必ずや、吉報を届けましょう!許可を貰ったら、どうすれば!?」
「そうだなぁ。では成功しても失敗しても、陛下に王命書を届けに来させろ。そして儂が話しても許可が出るならば、鍛えてやろう。しかし説得も説明もダメだったら、諦めろよ。 仮に許可が出たとしても、片脚を入れたら戻れんことを覚えておけ。いいな?」
「はい!」
「よし、では説得しに行ってこい。レーナは後で届けに行くから、安心して良いぞ!」
「分かりました!門限を過ぎてしまったら、兵を送りますので。では!」
そういうや否や、シェニアはレーナに何も告げずに王城へと走り去ってしまった。後ろ姿が見えなくなってくると、部下から呼ばれた。どうやら目を離しているうちに、厄介事に巻き込まれたようだった。
「おい、小娘! 貴族の娘っ子が彷徨いてちゃ、ここでは生きてけないぞぉ?」
「そんな!さっきまで叔父さん達の側にいたのに、なんで!?こんなところに向かってなかったのに…」
「そりゃあ、一人で歩いていたら迷っちゃうよなぁ?」
「キヒヒヒ」
「そんな事して唯で済むと思っているのですか!私はレーナ・ルナ・ヴァルサスです!私に何かあれば、父が助けるために兵を挙げますわ」
「おお!王女様かぁ、なら身代金が沢山貰えるなぁ!まぁ間に合えば、の話だがな」
「え?」
「そりゃあ、そうだろう?このスラム街は国が何も出来なくて、手が着けられないから、あるんだよ!なら、そこに荒くれ者がいても可笑しくはないだろう?」
そう言葉を綴りながら、男達はレーナに近付いてくる。レーナは逃げようとするが、足が震えて動けず、涙が頬を伝って地面に落ちていく。とうとう顔が崩れていき、悲鳴を上げる。そんなとき…
「ひっ!来ないでくださいっ。」
「で?」
「あん?なんの用だ、オッサン!今、良いとこだから黙っててくれ…よ?」
「お前ら、お
「お前ら!この男達を教会のあった土地まで連れてきたら、メシを食わせてやろう!連れてこなくても、俺らは困らねえがな!…ほら、行くぞ!」
「………え!」
「「「「縄を縛れええ!連れて行くぞー、教会のあった所まで行けば、今日のメシはご馳走だ!!」」」」
大男たちはレーナを背負って帰路に着き、後ろを振り返るレーナの瞳には、汚れた薄い布を着込んでいる男女が先ほどの男達を紐で縛ったりしている光景が写った。それを見えなくなるまで見続けていたが、そんな事に大男たちは無視して家を目指す。
レーナは大男たちに待つように言われたが、先程の光景を思い出してしまい、小屋の隅に背中を預けて休もうとした時、話し声が聞こえてきた。小屋の前にはリャイが居たが、レーナは声を出せなかった。リャイの側には黒装束を身に纏った大勢が膝を付き、リャイと話していたからだ。周囲は大男たちが歩き回り、この小屋に繋がっている道を塞いでいた。もちろん、近衛が向かってくる道も、狭い道も全てを。
「…それで?」
「はっ。ヴァルサス大国のイグリュー王国との国境で昔の伝手で入国を求めているのを確認しました。ボスに取り入ろうと、王女誘拐や奴隷の勧め、更には暗殺にまで手を出していた商会が、です。イグリュー王国との国境にいる伝手を掃討している間に、商会の手の者が入国させてしまいました。申し訳ありません!」
「ああ、それなら先程の事故の時にガキどもを使って捕らえました。夕刻には着くと思われます!」
「よし、後で会おう。…では次だ。ヴァルサス国内のこと、それからスラム街の孤児のこと、はどうなっている?」
「(え…? "孤児"って?それに"スラム街"って一体…)」
「はい、どちらも対応を間違えると危ないですね。」
「で、あるならば、まずスラム街から来るであろう孤児達は我々の客として招け!食事は地下で作らせている。そして師事してきたら忠告をし忘れないように。それでもってのが居たら、儂の前に連れて来い、丁重に…な。」
「分かっております。それで、ヴァルサス大国内ですが、頭に疑問を持って情報を集めている貴族が階級の上下なく、競っているようです。既に国内の情報屋の手綱は握っていますので、情報が漏れ出ることはありません!」
「他は?」
「他というと、王子が我々の側に行くという報せを聴きつけて貴族が王子に会いに行く始末です。あの王子、わざわざ謁見の間を使ってまで行うようです。幸い、国民に知らせないため、貴族に箝口令を出しているようです。」
「そうか、やらかしたか。」
「…国王は王子の対応に追われ、つい姿を見せたのがキッカケに頭を謁見の間へ呼ばれてしまっています。」
「良い、それまでに孤児達を料理で持て成そう。それと、孤児から取れる物なんか無いんだ。決まった食事と寝床を条件だ。あとはお前達の采配に任せる。」
「「「はっ!」」」
話し合いが終わってからの行動は早かった。小屋を開くと、中から大鍋や食器を出してきた。あらかじめ来るであろう孤児の人数を確認し、席を用意する。男達を連れてきた孤児達は予測通り、リャイの側まで来て、困惑した表情で男達を渡した。それから料理を配り終え、孤児に何も言わせないように配慮しながら、料理を振る舞った。
その光景に魅了される者が一人。王女であるレーナであった。レーナは裕福に食事をし、風呂に入って身を清め、王城内にいる司書に頼んで調べていた。しかし王城の本には歴史や土地柄について書いてあっても、国の現状を知れる情報が無かったのである。
その疑問に使用人も答えられず、国王の側に常に居る宰相に聞いても答えはない。勿論、国王による王命によって情報を与えないようにし、城下町に行く際にも、複数の兵士が平民の服装で歩き回っている。今回はリャイが居ることで監視の目が届かなかっただけだが。
「レーナ王女。」
「ふぇ…、あっ、リャイ様!その…あの…」
「王女、誘拐されそうな時に駆け付けできず、申し訳ありませんでした。陛下には穏便に伝え、処罰を頂く旨を送りました。」
「えっ!そ…そんなこと、ありません!私が勝手に歩き回ったりしたから行けなかったんですから、そう弱気になられぬよう。」
「王女自身がそうでも、陛下にどう思われるかまでは分かりませんから。それに…『ガシャッ、ガシャッ』…」
レーナに話をしていると…
「へっ? なぜ兵士がこんなに…」
「王命である! 英雄リャイが王女の誘拐未遂に加担したとして、捕らえてくれる!」
「いやあ良いところに来てくれた、先程未遂犯を捕まえたんだよ。それを見てからで良いか?」
「良いだろう、案内してもらおうか。」
「では、こちらに来てください。…ぐほっ」
「よし!この者を捕らえ、王女の場所を聞き出すのだ。『私はここに…むぐ!?』 ん?気のせいか、王女の声が聞こえた気がするが…」
「何を寝ぼけているんですか、さあ行きますよ!早く食事に行きたいですからね。」
「よし、行くぞ!」
「「「おおお!」」」
そして気絶させたリャイを引きづって、兵士たちは小屋から去っていく。小屋の陰にはリャイの部下である大男に、口を手で抑えられて黙らせられている王女・レーナである。そのレーナの瞳には、ただただ気絶させられたまま引きづられるリャイの姿が写し出されていた。
元マフィアのボスは隠居したい。 青緑 @1998-hirahira
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