第71話 はじめまして

 乃々華は俺の姿を見つけると、ニコッと微笑んでこっちに向かって歩いてくる。



「あ、やっほーキョウ。デート? もしかしてその人がこの前言ってたエムエヌの彼女さん? ノノも最近行った事あるよ〜?」



 なんて白々しい。この前わざと海琴さんのバイト先に行った癖になんだそれは。

 しかもつい最近だぞ? 働いてる海琴さんの目の前で俺と会話してんだぞ? さすがにわかるだろ。

 そう思っていたけど、海琴さんは俺の腕をクイクイ引っ張ると小声で言ってくる。



「(ねぇ、杏太郎くんのお友達?)」


「(へ? あ、はい)」



 あ、覚えてないのか。まぁそりゃそうか。余程の事でもない限りいちいち客の顔なんて覚えてないよな。乃々華なんてたくさん来る客の一人なんだろうし。

 ましてや今の乃々華の格好はいつもと雰囲気が全然違うもんな。



「ねぇちょっと〜? なにコソコソ話してるの〜? ノノ気になるなる〜!」


「なんでもねぇよ。海琴さん、コイツは俺の幼なじみの華原乃々華です。乃々華、俺の彼女の澤盛海琴さんだ」



 とりあえずは、何も知らない海琴さんに乃々華を紹介しておくことに。変に関わらせないようにしても不自然だしな。

 乃々華が何かしようとしたとしても、俺が気を付けていれば何とかなるはず。



「やっぱり彼女じゃん♪ ノノは乃々華だよ〜! よろしくね!」


「あ、えと……はじめまして。澤盛です。こちらこそよろしくお願いします」


「おい乃々華、海琴さんは歳上だからな? ちゃんと敬語使えよ」



 その辺の礼儀はちゃんとしたい俺は、乃々華にもそう伝える。だけど乃々華は何故かキョトンとした顔で海琴さんを見ている。

 やがて小さく微笑むと、海琴さんを見つめたまま口を開いた。



「……そっか。なのね」


「えっ!? どこかで会ったことありましたっけ!?」


「いいえ、そんな事ないですょ〜♪ はじめましてですょ〜♪ だってですもんね。ノノ、学校以外に歳上のお姉さんの知り合いとかいないもん♪ じゃあノノは行くね〜。キョウも彼女さんもバイバ〜イ」


「え、あ、おう」


「あっ……」



 乃々華は俺たちの返事も聞かない内に、足早に歩き去ってしまった。

 一体なんだったんだ? 今のといい、この前のといい妙に思わせぶりな事言いやがって。

 店で会ったのを覚えてないからか? さすがにそれは無理があるだろうに。



「じゃあ……行きますか?」


「あ、うん。そうだね。……ねぇ杏太郎くん、私なんかしちゃったのかな?」


「何もしてないですよ。気にするだけ無駄です」


「それならいいんだけど。それにしても、杏太郎くんって、友達相手だとあんな喋り方なんだね?」


「え? あーまぁ、大体あんな感じですかね〜。変でした?」


「ん〜ん、そんなことないよ? なんかねぇ〜、カッコよかった! だからね? そろそろ私への敬語も無くして欲しいかなぁ〜? って。ほ、ほら! 恋人だし……ね? 名前も、付けなくてもいいんだよ?」



 実はそれは俺もちょっと思ってたんだよな。敬語ってなんか距離を感じるようなさ。そんな感じをさ。

 だけど年下の俺から言うのは気が引けて言えなかったんだけど、海琴さんの方から言ってくれたんなら……。



「わかりました。いや、わかった。じゃあ、今からはいつも通りの俺の話し方ってことで。名前の呼び方は……だんだんに頑張るかな?」


「うん! うんうん! へへっ、やった♪」



 そう言って喜ぶ海琴さんの手を握り、俺達は再び駅に向かって歩き出した。


 そして別れ際のホームで──



「杏太郎くん、またね。バイトのシフトとか確認したら、後でまたメッセ送るね!」


「おっけ。待ってる。じゃあ……気を付けて帰ってな。


「〜〜〜〜〜〜っ!?」



 ちょっと頑張って呼び捨てにしてみると、海琴さんは顔を真っ赤にしてしまう。何か言いたそうだったけど、そこで発車のベル。

 海琴さんは慌てて電車に乗り込み、こっちを向いて何かを言おうとした瞬間にドアが閉まり、ガーン! とでも言いたそうな顔のままで電車は走り出してしまった。

 その直後に来たメッセージは、『こ、今度もう一回さっきみたいに呼んでっ!』だってさ。

 俺はそれに対して『考えておくよw』とだけ返して、スマホをポケットにしまうと、家に向かって歩き出した。



 そして家までもう少しって所の十字路。そこに差し掛かった時、乃々華が目の前に現れた。



「……帰ったんじゃなかったのか?」


「私、帰るなんて一言も言ってないわよ?」



 いつものふざけ合ってるノノじゃない。また何かする気か?



「何を警戒しているの? さすがにこんな道端で迫ったりはしないわよ。ただ一つ言いたい事があっただけ」


「言いたいこと?」


「ええ。私ね、あの人にはじめましてって言われて驚いちゃったの」


「なんでだよ。そりゃそうだろ。店員と客として会っただけなんだから」


「違うわ。その前にも会ってるもの」


「は? どこで?」


「それは教えない。あ、話は変わるけど、来週の試合見に来てくれるのよね?」


「……あぁ。遥や音原も行くみたいだからな」


「そう。それならいいの。じゃあね」


「あ、おい! なんなんだ最近のその思わせぶり言葉は。なんかあるならはっきり言えよ」



 俺がそう言うと、乃々華は何かを考えるような顔をした後、俺に向かって歩いてくると目の前で止まり、俺の胸に手を当てるとこう言った。



「はっきり言うなんて嫌よ。思わせぶりな事を言えばキョウはその事を考えるでしょう? そうすればキョウが考えることの中にいつも私がいるじゃない。そうやってずっと私のことを考えていて。……ね?」


「んなっ……お前……」


「ふふっ、キョウ大好きよ。何よりも誰よりも。キョウが望むなら私はなんでもしてあげるから。今ここで服を脱げって言われても脱いでみせるわ」


「そ、そんなこと言うわけないだろ!」


「そうよね。今は……ね? ただ、もしに裏切られてそのストレスをぶつけたくなったらいつでも言って。どんなことでも私が受け止めてあげるから」



 乃々華はそう言って俺から離れ、何度か振り返りながらゆっくりと自分の家の方へと歩いていってしまった。



 ホントなんなんだよ……。

 ついこの前までは友達として楽しくやってたのに、なんでこんなことになってんだよ……。







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