第72話 知らない人
そしてあっという間に次の日曜日。
俺は遥、音原と待ち合わせをして乃々華の試合会場へと向かう。
電車で一駅。そこから歩くことしばらく。見えてきたのは大きな総合運動場。
今日の試合が行われる場所だ。
俺達は事前に乃々華から貰った、試合のスケジュールと各高校の陣営の場所が書かれた紙を頼りに俺たちの高校を探す。
「あ、あっちですわ! 行きましょう!」
音原が一番先に見つけたのか、遥の手を引いて歩き出す。俺はその後ろをついて行くだけ。
本当はこの試合を見に来るのも乗り気じゃなかったからな。
それでも来たのは約束したのもあるけど、それ以上に先週の日曜日に海琴さんを送っていった帰りの乃々華の言葉。それがどうしても頭の中でひっかかる。
それにこの一週間、乃々華は今までのが嘘みたいに普通だった。迫ってくることも必要以上に近付くことも無く、まるで以前みたいに俺をからかい、クラスの友達とふざけ合っていた。
まるで何かの余裕を感じでいるかのように。
それもなんだか不気味だったんだ。
何もなけりゃいいけど……。
そんなことを考えているうちに、うちの高校のテントの近くまで来ていたみたいだ。
視線を向けるとちょうど乃々華が他の選手達と一緒に、試合をするコートに向かうところだった。
「杏太郎。華原いたぞ」
「ん、そうだな」
「声かけませんの?」
「いや、今声かけたら邪魔になるだろ。集中も途切れさせちまうし」
そう思って見ているだけにしていたんだが、ちょうどその時、乃々華が俺達の方に顔を向けた。
乃々華は俺と目が合うと、近くにいた人……この前の練習試合の時に会った人だな。名前は確か蝶野先輩。脳筋美女の。その先輩に何かを言うとこっちに小走りで近づいてきた。
「みんな来てくれたんだっ♪ ありがとぉ〜! ノノ感激っ!」
そう言いながら右手をピースにすると目元に当て、左手は腰に置いてポーズを取る。
可愛らしいシュシュがピョコンと揺れ、スカートがヒラリと靡いた。
それは俺たちがよく知る乃々華の姿。だけど乃々華が作り出した姿。
あの、俺に対する愛欲全開の姿とは全然違う姿に目眩を覚えた。
「ん……約束したからな」
「えぇ、ちゃんと来ましたの! しっかり応援しますわ!」
「頑張れ。ところで、最初の試合相手はどこなんだ?」
俺、音原、遥の順で返事を返すと、乃々華は何故かとんでもなく嬉しそうにニコッ笑いながら俺の目を真っ直ぐに見つめてこう言った。
「あのね? ノノ達の通う久鳴丘の姉妹校の久鳴谷学園だよっ♪ ノノも試合出るからねぇ〜♪」
久鳴谷……海琴さんの母校か。
海琴さん、大学でテニスやってるみたいだからもしかして応援に来てるのかな? 今日の用事ってもしかしてソレだったとか? だけど何も言ってなかったんだよな。ただの用事としか。なら違うのか?
「…………? ……ョウ? キョウってば!」
「っ! な、なんだ?」
いつの間にか、目の前には乃々華の顔があった。
「なんだじゃないでしょ〜? ぼ〜っとしてないでちゃんとノノの事応援してよねっ!」
「あ、あぁ。わかったってば……」
俺がそう返事をすると、乃々華はさっきまでのニコッではなく、怪しくフフっと笑うような顔になって更に顔を近付けてきた。
そして──
「──あのねキョウ? 今から試合する久鳴谷のマネージャーね? 私が言うのもアレなんだけど、きっとキョウの好みのタイプだと思うのよ。だから……ちゃんと見てね?」
「な、何をいきなり!?」
「あはっ! それじゃあ……応援よろしくね?」
乃々華はそれだけ言うと、コートに向かって走っていった。
なんでいきなり対戦相手のマネージャーの事を? 意味不明にも程がある。
「杏太郎、華原はなんだって?」
「いや、特に……。応援ちゃんとしろってよ」
「ふむ。それだけの割には浮かない顔をしているが……まぁいい。さぁ、俺達もコートの近くに行こう。観客席とか無いから、あそこのフェンス裏からならちょうど両チーム見えるだろう」
「そうだな」
俺は遥の言う通りの顔をしていたのか? そんな事を考えながら遥達の後ろを歩く。
そして、試合を見るのにちょうど良い場所を見つけると、そこに三人で並んで立った。
コートを見ると、ちょうど選手同士の挨拶。
それが終わると早速試合みたいで、乃々華がラケットをくるくる回しながらコートの中に入ってきた。少し緊張しているのか、表情は固い。
不安そうな顔でこっちを見てくる乃々華に対して、さっきの事は一度忘れて口バクでガンバレと言って親指を立てると、乃々華は一瞬驚いたような顔になると、力強く頷いて対戦相手を見据えた。
どうやら緊張は少し解けたみたいだな。
「さすがだな」
「さすがですわ」
「は? 何が?」
遥と音原が同じことを俺を見ながら言ってくるが、さっぱりわからん。とりあえずは試合だ。
──そして試合が終了。
結果は乃々華の勝利。乃々華は嬉しそうにはしゃいでいた……らしい。
らしいと言うのは、俺はその姿を見ていなかった為、後から遥から聞いたからだ。
俺が見ていたもの。
それは乃々華達の対戦相手のベンチ。
久鳴谷学園の選手が集まっている場所。
その中の一人。
そこに居たのは俺の恋人で、昨日も電話して、先週俺の部屋でキスをした相手。
大学生の歳上の彼女。
「…………海琴……さん?」
この距離で俺が小さく呟いただけの声なんて聞こえるはずも無いのに、その人はまるで声が聞こえたかのようなタイミングでこっちを見る。
瞬間立ち上がり、酷く狼狽したような顔になってこっちに来ようとするが、近くにいた同じ学園の生徒に呼び止められて再びベンチに座る。
しかし視線はずっと俺に向かっていた。
試合が終わり、結果的にうちの学校は負けてしまった為、今日はもう試合がない。
選手達は他の試合を見学するらしく、これでもう応援することも無くなった俺達は帰ることに。
三人で出口に向かっていると、久鳴谷学園の女生徒が四人ほど向かいから歩いてくる。
その中には、海琴さんらしきもいた。
そしてすれ違う時、
「あ、あのっ! 杏太郎くんっ! あの……」
「……杏太郎、知り合いか?」
あぁ……やっぱり海琴さんだ。だけどなんで? わからない。全然わからない。頭が回らない。
だから俺は遥に聞かれた事に対してこう答えてしまった。
「いや、知らない人だ。行こう」
と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます