番外・稲荷のいた祠「二匹のキツネ」

コンコン

これはこれは、お嬢さん。

こんな森の中でいかがいたしましたかな?

わたくしめは見た目も鮮やかな黒いキツネ。

手足の先だけ、ほれ。このように。白という、お洒落なキツネでございます。

なぜわたくしめがこのような所にいるのかと? それはですな。


コンコン


あちらをご覧くださいな。鳥居が見えるでしょう? あそこには稲荷が祀られていたのです。

石像が見えますか? あれはキツネの石像でございます。真っ白で手足の先だけ黒い美しいキツネでございました。

なんでそこまで詳しいのかと?

そのキツネはわたくしめの兄弟でございます。なかなかに気のいい奴でした。


コン


わたくしめらは、ずっとずっと向こうのお山に住んでおりました。

ある時どこぞの住職が巣穴に来て。なんと。頭を下げたのです。

「どうか一緒に来てある土地を鎮めてもらいたい」

大量のいなり寿司につられて、あの兄弟はこの様なところへやって来たのです。

しかも、おかしなことに。

その住職はこうも言うのです。

「祠が小さいので、一匹しか祀ることができない」


コンコン


ちゃんと祀るならば、二匹を向かい合わせにして祀るのが常識。しかしその者は、一族の中でもとりわけ神通力の強い兄弟だけを連れていきました。

おかしいでしょう?


そこで、わたくしめはしばらく経った後でここを訪れたのです。兄弟の様子を見るために。

しかし、そこには兄弟の尻尾の影も形もありませんでした。


おかしいと思って周りを見渡すと、異様な気配を放つ家が一軒、あるではないですか。

こう見えてもわたくしめとて一族の中でも一、二を争うほどの神通力の持ち手。それが善きモノではないことくらいすぐにわかりました。

そう。鎮めて欲しいモノはこの土地に棲むアヤツだったのです。


コン


わたくしめはアレをよくよく見ました。すると、無数に生えた腕の中でただひとつ。よく知った黒い獣の手を見つけたのです。


ケーン


そう。わたくしめの兄弟でございました。

ああ! なんという姿に!

もう一緒に魚を狩ることも、ネズミを追うことも、柿を盗むこともないのです。共に酒を舐めて油揚げにかぶりつくことも、もうないのでございます。


ケンッケンッ


兄弟を喰らったアレがナニかはわかりませぬ。

しかし、アレはこの土地にてつくられた怪しなるモノ。すべてをぐちゃぐちゃにまぜ異形なる姿になった『神』なのでございます。


おやおや、憐れにも逃げられなかった人の子がまた一人。アレに喰われたようですな。

コンコン


おお、そうそう。この下には昔の戦で使われた防空壕なる穴が掘られていますが。

ケーン…

そこの奥はアレの根城に続いているようでございます。


お嬢さん。ここらで遊ぶのは結構でございますが、あの穴には入ってはいけませぬぞ。

戦の火から逃げようと駆け込み、奥に進んだ人の子は皆。

一人として帰っては来なかったのですから。




コン


さて。

お嬢さん、もうすぐ日も下るでしょう。そろそろお帰りになられては。


わたくしめ?

わたくしめは祠にお供えされたいなり寿司を拝借してから帰りませう。

なあに。兄弟も許してくれるでしょうに。


もしもこの地が忘れ去られ、再び森に還ることがあればそれもよきかな。

そのときは、白き毛皮の我が兄弟に代わって、わたくしめがあの祠に住もうかと考えております。




コーン




わたくしめとて、懐かしい兄弟の近くにいてやりたいのです。




そのときは、また美味しいいなり寿司をお供えにおいでなさいませ。

お嬢さん。







そう言った黒いキツネは、六本の尾をなびかせて森の奥へ消えていった。


此処は遥か遠い未来、大きな森になるだろう人ならざるモノたちがすむ分譲地。

最近、誰かがここに新しい名前をつけた。近づいてはならないと、警告を兼ねて。

地図にはこう記されていた。


『皆五六四番地』


小さな子どもは、誰も入っていない祠にいなり寿司を二個、置いて鳥居を潜っていった。そして、駆け足で家路に着くのだろう。




どこかでキツネの遠吠えが響いていた。

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