第55話 すれ違う思い

 ……これは、一年の頃の記憶か……。


 そうだ……俺が一人でいると、時折静香さんが話しかけてきたんだ。


「ねえ、篠崎君」

「うん? ……って、中村さん!?」


 この時は驚いたなぁ……男子に自分から話しかけるタイプじゃなかったし。

 まあ、今となっては理由はわかる。

 誰も言わないし聞いてもいないけど、俺の人柄を確かめたかったんだろうと……。


「え、ええ……少しお話しできる?」

「い、良いけど」


 俺は馬鹿だから舞い上がってしまって……。


 なにを話したか、あんまり記憶にない。


 何より……今となっては黒歴史だ。


 そんなことも知らずに、彼女に惹かれていってしまったのだから。


 もちろん、見た目だけじゃない。


 ふとした時に見せる寂しげな表情……。


 話していると楽しくて、それでいて落ち着く感じ……。


 そして……俺にだけに見せる笑顔があった。


 あぁ、こんな子が彼女だったら……そんな夢をみてしまったんだ。






 ◇



 ……どうしよう!?


「は、春馬君?」

「……スゥ」


 ちょっと拗ねてたら、いつの間にか春馬君が寝てしまって……。

 そしたら、少しだけ頭が肩に寄りかかってきて……。


「動けないよぉ……」

「クスクス……」


 なんか、周りからは暖かい視線を感じるし……。


「そういえば……前にも似たようなことあったよね。今とは状況は違うけど」


 私の脳裏に、半年前の記憶が浮かんでくる……。






 あれは、母親から再婚の話を聞かされた時だ。


「あのね……再婚しようと思うの」

「えっ!?」

「だ、ダメかしら?」

「え、えっと……」

「男の子もいるって言うし……やっぱり、やめとくかしらね」


 この時の私には、はっきり言って恐怖しかなかった。

 男の人すら怖いのに、男の子までいるなんて……。

 でも……お母さんが幸せなら良いと思った。

 ただ、その前にどうしても確かめたかった。


「ううん、反対はしないよ。お母さん、今まで頑張ってきたから。だから、幸せになって欲しいもん」

「静香……ごめんなさい、自分勝手な親で……」

「そんなことないよ。ただ、どんな人か確かめても良い?」

「ええ、それはもちろんよ。あちらの方も、静香がダメだっていうのなら……その、いくらでも待つって言ってくださったし」

「……良い人だね」


 母の嬉しそうな顔……そして、そう言える男性。

 その時点で、私の中ではダメという選択肢はほとんどなかった。

 そして、実際に何回か会ってみて……この人にならお母さんを幸せにしてくれると思った。





 でも、肝心なことが残っていた。


 その男の子は、何と同じクラスの男の子だったから……。


 隙を見て話しかけたりして……すぐに、驚いた。


 何だか……緊張せずに話せたことを、今でも覚えている。


 空気感? 何だろ? とにかく、落ち着く感じかなぁ。


 私はすぐに彼が気に入り、お母さんに報告したんだよね。


 その後も、春馬君とはこっそり交流を続けた。


 そして、こうして電車の中で一緒になったこともある。


 というより、私がひっそりとつけて行って……勇気を出して話しかけたんだよね。


 読んでる本の話、たわいもない話も多かったけど……。


 この人となら、上手くやれそうって思った。


 まさか……告白されたり、好きになるとは思ってなかったけど。


「ふふ、懐かしいね」

「ぅ……」


 もう起こさないといけないけど……どうしよう?

 あどけない表情で寝ている彼は……可愛い。

 そっか、私は……彼が好きなんだ。

 お母さんが言ってた。

 カッコいいではなく、可愛いと思えたら……それは、好きな証なんだって。


「春馬君はどうなんだろ?」


 私のこと、まだ女の子として好きなのかな?


 それとも、妹として好きなのかな?


「……焦っちゃダメだよね」


 その時……春馬君の頭がずり落ちる。


「へっ? ……っ〜!!」


 春馬君の頭は……そのまま私の胸に乗っかってきた!






 ◇




 ……あれ? なんか、柔らかな感触が……。


「ひゃん!?」

「うわっ!?」


 なんだ!? なにが起きた!?


「は、春馬君……」

「し、静香さん? 何で顔赤いの?」

「も、もう! 知らない!」


 えっと……何がどうなってる?

 今は帰り道で、確か隣で座ってたら……意識が遠のいて。

 そっか……寝てたのか。


「うん? もしかして、寄りかかってた?」

「そ、そうよ」

「ごめん! 重かったよね」

「べ、別にそれはいいの……むぅ」

「へっ?」


 じゃあ、何に怒ってるんだ?


「も、もう、いいから」

「そ、そうですか」

「それよりも……もうすぐ着くよ」

「あっ、ほんとだ。十分くらい寝てたのか」


 電車は、降りる駅の一個前まで来ていた。

 それにしても……懐かしい夢を見た。

 彼女になったら嬉しいと思ってたら……偽装彼女になったか。

 あの時の俺が聞いたら、何のことやらと思うに違いない。

 というか、今の俺だってよくわかってないけど。


「懐かしいね」

「うん?」

「一年の時も、何回かこうして帰ったよね?」

「……そうだね」

「ふふ、初めて話しかけた時……驚いてたわ」

「そりゃ、そうだよ」


 そして、当時の話をぽつぽつと話す。


 まさか、彼女からその話題が出るとは……。


 俺が振られたことも含めて、そのあたりの話は自然としないようにしていた。


 もう、完全に過去の出来事ということだろうか?


 ……それで、いいじゃないか。


 ——自分で望んだことなのだから。







~第一部完~











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【第1部完】俺を振った女の子と義理の兄妹になった件について おとら @MINOKUN

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