第二章 行方
アスカの通っているS大学と彼の通うT大学は距離にしても1㎞も離れていないため、一方の学生がもう一方の大学へ足を運ぶことは珍しくない。2つの大学は交流が深く、合同講義や共同で行う学祭などもある。ただしS大学は総合大学なので、幅広い学生がいるのに対し、T大学は医科が主な単科大学である。彼は確かもともと教職に進もうとしていたはずだが、曰くどうしても医者になりたい、と進路を変えたのだとか。
「んじゃ、俺行くから。今日一日がんばれよー。」
「うん!じゃーまたあとでね」
時刻は8時20分。すでに何人かの学生たちがキャンパス内にいるのが見える。S大学はいくつかの館に分かれている。計11ある館にはそれぞれの番号から1号館、2号館と名前が付いているのだ。学生たちは学部毎に、講義毎にその館を行き来するというわけだ。元々が広いキャンパスであるため、初めはかなり迷ったものだ。さて、2限の講義室は運よく空き教室であったのですんなり入れたはいいものの、講義が始まるまではまだ1時間以上も時間がある。何をしようか---、考えているうちに瞼が重くなる。実は早起きは得ばかりではない。というのも急に生まれた不思議な習慣のために普段よりも睡眠時間が短くなっていたのだ。とはいえこの講義は一緒に受ける友達もいなかったので、寝るわけにもいかない。仕方なしにバッグから片づけていない課題を取り出そうとした、そのときだった。
「ぇっ!・・・」
入口付近から聞こえたのは上ずった男の声。振り返ってみてみればやはり、一人の男が立っていた。こちらを見たと思えば、いそいそと自分と離れた場所に座る。男のことはよく講義がかぶるために見覚えがある。おそらく同じ1年生で、名前は---、知らない。同じ学部でもなかったはず。妙なことに、この男とどこかで会ったことがあるような気がしていた。いつか友だちになれるだろうか---。
講義終了のベルが鳴り響くと同時に周りの学生たちがワッと動き出す。今日はこれが最後の講義だ。延々と続く心理学の話を、とてもゆっくりとした口調で続けられては眠ってしまうのは仕方のないこと、つまり正当防衛だ。凝り固まった体をほぐすようにグッと伸びをする。頭がうまく働かないままに特に何も考えず窓の外を見ていた、そのときだ。
「ほーら!なぁに腐ってんの?もうすぐ冬休みだよ?」
振り向くとそこには満面の笑みのナミがいた。
「あぁ、ナミか・・・。」
「なに?私じゃダメだった??まぁハルキのほうがいいもんねぇ~」
「んな・・・別に・・・そういうわけじゃ―――。」
「へぇー、そーいうんじゃないんだ!フフフ。」
明るく笑うとその短い髪が踊るように揺れる。マイはよくナミのことを“ギャルが抜けない学生”なんて呼ぶが、なるほどそのとおりである。明るく茶色に染まった髪、肌身離さない携帯にはカラフルなカバーにストラップ、そして色鮮やかな服装。アスカとは正反対のタイプだ。黒髪にロングヘアー、服装はどちらかといえば落ち着いている方で、携帯をよく家に忘れるでしまう。性格は良く言えば明るい、悪く言えばうるさい。それ故にたまにだがうっと惜しいと思うこともある。だがアスカのことを知っていて、いつも信じてくれる。唯一無二の親友であり、彼やマイと同じく、高校からの仲だ。
「でも腐りたくもなるよねえ~・・・はぁ。」
「なにそのテンションさっきと真逆じゃない?」
ナミは感情の移り変わりが激しい。元気だと思ったら急にしょげたり、怒っていると思ったらニコニコしたり・・・。初めはそれに苦労したが、今ではこれはいつもどおりなのだと実感できる。
「それがさぁ~?ユウの奴が―――。」
「俺がなんだって?」
「「あ。」」
同時に声を出す二人の前にはナミの彼氏であるユウがいた。1つ年上の彼は波より一回り大きい。大学に入っても高校からの野球を続けているというだけあってその体は伊達ではない。
「ユウじゃん。なんでここに?」
「俺がここにいちゃわりーのか?」
「そんなこと一言も言ってないでしょ?」
一見けんか腰の二人だが、これはほほえましい光景だ。身長の高いユウと目線を合わせようと背伸びをしながら口論するナミ。二人にとってこれがいつもどおりだった。
「んー・・・お邪魔かな?」
「んな!?そういうわけじゃないし!一緒にいてよ~。」
焦る姿を見て思わずにやり。いつもナミには主導権を握られてばかりだが、こういうときのチャンスは逃せない。今日はマイも出し抜けなかったことだし。
「私はハルキと一緒に帰るわけ、じゃね~。」
そう言って扉に向かって歩き出すが・・・。
「ハルキなら3限前に見かけたけど?」
「えっ?どこでよ?」
「T大とは反対方向だったからもう帰ってるんじゃない?」
今日もいつものように一緒に帰るつもりだったのだが---。どうやら早起きの徳はもう尽きたみたいだ。
「んで?俺がなんだって?」
「んじゃいうけどさ~~!最近なんか冷たくない?」
「つめたいっつぅか、最近は忙しいんだよな。部活に勉強もあるし、レポートも書かなきゃなんねぇし。」
「それでも私と一緒に入れる時間くらい作れるでしょーが!」
「それは---。」
「私やっぱり帰る。じゃね~」
もはやここにいる意味は無い、と扉に向かって歩き出す。二人の痴話喧嘩を見てももう見飽きたものだし。
「ぁーっ、もう・・・じゃぁねー!」
悲しい顔をした後にはすぐに笑顔に、かと思えば、
「で・・・・論文と私と?どっちが大事なわけ?」
ときつくなる。全くどれが正しい感情なのかわからなくなる。それが一緒にいて楽しいところでもあるのだが。
「今は大事な時期なんだよ・・・出来ればも~少しさ---。」
追憶のジレンマ @ya0614ka
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